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十二作目 マドンナリリーに捧ぐ 百合子作り世代継承作品集より

【庭白百合――ニワシロユリ――】
 別名マドンナリリー。西洋の宗教画において聖母マリアの側に咲く白百合。
 アヴェ・マリア、その祈りに添えられる純潔の象徴とされる花であり、ヨーロッパ原生。
 日本国内における原初の野生種のひとつ。
 現在ではテッポウユリに取って代わられているが。
 原種はとある場所で保管されている。
 そう。彼女たちのように……。
 一 百合たちの円環

「瑠衣。つらくないですか?」
「体は重いよ。でも、それは月乃も同じでしょ」
「わたくしは、いいのです。でもあなたは、痛いのが嫌いでしょう」
「そんなことないよ。月乃だって」
「ふふ、おあいこです」
「そうだね」
 月乃と瑠衣。お互いに名を呼び合ったふたりは見つめ合っていた。
 光差すテラリウムの中ベッドの上で。
 地面にはただただ無数のニワシロユリが咲き誇り、この世の物とは思えない光景だった。
 彼女たちの腹部は大きく膨らんでいる。それは次の世代へと繋ぐ証。
 白無垢から覗く、白肌の腹。
 ホワイトチュールのヘッドドレス。
 白、そのすべてが百合の花弁の白に溶けて幻想的な光景を創り出す。
 月乃の表情は穏やかで。腰まで長くのばした白銀の髪は朝日のよう。
 対して瑠衣は涼やかで。同じ長さの黄金の髪は黄昏を携えて。
 始まりと終わり。
 太陽と月の内包。
 陽光の月乃。
 月光の瑠衣。
 それは互いに照らしあう愛想。
 幻想を閉じ込めた白百合邸。
 明治時代の洋館の様相。
 ただただ近寄りがたく。
 そこにはふたりと、お母様。
 新たに生まれるふたつの命しかない。
 白と緑で埋め尽くされた楽園はどこか清廉として。
 まるで何人たりとも寄せ付けぬ聖域である。
 彼女たちが身籠もっているのは互いの子。
 おおよそ人の理を外れて。
 ただただ。そうであったのだ。
 外界とはすべてにおいて断絶されている。
 ここには白百合のみがただ存在している。
「やっと体調が安定してきたのに。まだお預け?」
「仕方がないですわ。お母様の言いつけを疑っても、よいことなどありません」
「そうだけど……私は月乃と、もっと……」
「ふふっ。わがままさんだこと。ずっと隣にいるじゃない。それでも寂しいのですか?」
「うん。キスも、もっとしたいし」
「そうしたらお腹の子に影響があるかもしれないわ」
「うー。だからがまんしてるじゃん」
「そうね。この子たちが産まれたら、ひとつになれますから」
「はぁ。お母様に似てきたね。月乃」
「そうかしら。あなただって。お母様そっくりのお声ですわよ」
「でも、仕草は似てない」
「それでいいのでは?」
「そうかなぁ」
「えぇ。だってそんなあなたを好きになったんですもの。お母様から生まれたわたくしたち。すなわち、お母様をふたつに割ったのだから。似ていないのも当然ではなくて?」
「じゃあ、この子たちも似てないのかな」
「えぇ。その代わり、私たちが繰り返されるのです」
「どういうこと?」
「百合たちはいつも同じのように見えて、花弁の大きさや背丈が違いますね」
「うん」
「されど純潔。私たちも、私たちの子も。すべてはただ繰り返されるのです」
「それは、幸せだね」
「えぇ。わたくしも今。とても幸せですわ。ですから、この子たちも。ね」
「うん」
「ふぁ……ん……少し、眠たくなってきてしまいましたわ」
「ふふ。かわいいあくび。でも、そうだね。私もそろそろ」
「時間、なのですね」
「じゃあ、お母様とはお別れだね」
「悲しい? 瑠衣」
「月乃は?」
「わたくしは、うれしい。という感情に近いかもしれません」
「私も、おなじ」
「そうですね。やっと、すべてがひとつになれるのだから」
 彼女たちは、一度子を産むと繁殖能力を喪失する。
 出産時に当該遺伝子を子に明け渡すのである。
 失うのはそれだけではない。
 個であること。それすらも喪失する。
 つまり、お母様となり、いずれは白百合邸に咲く百合として。世代継承していく。
 すなわちここ、白百合邸では母性幻想が実像化する。
 出産を機に【お母様】という存在に変質するのだ。
 お母様となったふたりの命は次の子の、子が生まれるまで続く。
 そして、ニワシロユリが咲き誇る。
 なぜならその子らの、子らが生まれたとき。
 例外なく、お母様という存在は次の花園の土壌となるからである。
 寿命というものは存在せず。
 ただただその円環において環境的に存在する。
 それは別れではなく一体化であり幸福である。
 これから咲く百合たちとなれる、それは次の世代と共に永遠に生きるということ。
 個の存在を認知し、執着する人間とは遠く離れた概念を持っているのである。
 例えるならば、百合の花。日本各地で存在し。
 それぞれが多少の変質をしたとしても、そのすべてがひとつの百合であるように。
 庭白の血が続く限り、すべてはひとつ。
 であるからして、種の存続こそが彼女たちに幸福であり。
 死という概念はそもそも存在せず。
 ただただ次へと繰り返されていく。
 彼女たちはこれからも変わらないだろう。
 白百合邸は「赦されなかった女性たち」が作り上げた守られるべき器。悲願なのだから。
 ――未完成だった。それの完成は近い。

続きは
百合小説短編集加筆修正まとめ「百合を愛した日々でした」 (百合創作アンソロジー文庫) Kindle版
Lilium Anthems (著), まちろ (イラスト)



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