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二十作目 睡蓮の彼女 pixivホラーコンテスト提出作品

「今日もきれいね」
 ささやくように、彼女はシャッターを切った。
 この自然公園には池があった。
 毎年この季節になると睡蓮が咲く。
『ナイルの花嫁』
 この庭園のメインスポットだ。
 ここでは、清掃員をアルバイトで募集している。
 今年は園芸学科に通う女が、それを担っていた。
 さして忙しくもない日常。
 その作業にも慣れ、退屈を感じ始めたところだった。
 毎日このベンチに座る女がいた。
 静かな朝日の中でどこかなつかしそうにほほえむ。
 純白のワンピース姿。
 心の中で「睡蓮の彼女」と呼んでいた。
 話しかけるつもりなどなく。
 このアルバイトは、ただの小金稼ぎと時間つぶし。
 そのはずだった。
 ふと、ふたりの視線が重なった。
 手を振り、ほほえむそのそぶりに。
 清掃員の女は口を開いた。
「なにを撮ってらっしゃるんですか」
「恋人を」
 そう言い、見せられたのは睡蓮の写真。
 清掃員の女は、訝しんだ。
 しかし毎日のように姿を見せる彼女の優しげな雰囲気。
 そしてなによりも、朝の光に照らされた彼女はまるで妖精のようで。
 惹かれていった。
 いつしか、彼女に挨拶をするのが日課になり。
 併設されたカフェの紅茶の香りを楽しみながら、ともに過ごすようになった。
「けっこう長い間咲いているんですね。短命だと思っていました」
「ふふ。それは、蓮ですわ」
「え。そうなんですか」
「えぇ。あの子は、睡蓮。ほら、背が低いでしょう」
「あぁ。たしかに」
「蓮は、葉が背が高い。短命。そして大ぶりな子も多いの」
「へぇ。知りませんでした」
「ふふ。そうよね」
 そう言いながら、睡蓮の彼女はカメラの画面を見せる。
 そっと、よりそう肩と肩。
 華奢で円熟した肉体。
 若きその清掃員は、その魅力にめまいを覚えた。
「ほら、きれいでしょう。こんなに色づいて……あら? どうされたの?」
「あの……あまり、見せるものでは……」
「ふふ。いいじゃない。女同士なんだから」
「い、いえ……」
「あら。それとも、女だから?」
 睡蓮の彼女は、大学生の手に触れた。
 なめらかな肌が、その荒れた手のひらをくすぐる。
「いけません。その……水を使うので」


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