『邪淫の蛇』1 泣かない少年

はじめに

この物語の舞台は昭和59年、西暦でいうと1984年。
携帯電話はおろか、インターネットという言葉すらほとんどの人が知らなかった時代だ。
テレビはブラウン管。ついに家庭用ビデオデッキが登場して「家でも映画が観られる」と大騒ぎする傍ら、二槽式洗濯機が大地震並みにガタガタとうるさく揺れていた頃である。
学校も荒れていた。「校内暴力」という言葉が社会現象になっていたように、中学や高校では校舎の

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試着室の華

洋服を買う時、誰しも試着室を使って着心地を試すことがあるだろう。しかし、この人は違った。それはまるで、今、自分が手に入れた服であるかのように楽しんでしまうのであった。

私はこの女を知っている。いつもだ、いつもこの女は試着室に大量の服を持ち込んでは、随分と長く私のアパレルショップに居座る。そして、一枚着るたびにカーテンをシャーッと開け

「どうかしらこの服?素敵でしょう。」と言う

うんざりだとい

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パンナコッタ × ブラン・マンジェの擬人化百合

パンナコッタ × ブラン・マンジェ

「一番最初に目が合ったとき、すぐに分かったの。運命だって!」
「ただ見た目が似てるってだけでしょう」

 じゃれつくパンナコッタを手のひらで軽く押し退ける。

 色白で、スッキリした外見。「双子みたい」だとか、「見分けがつかない」とか言われる私達。

「そんなこと言ったら、ブラン・マンジェと杏仁豆腐ちゃんだってソックリじゃん?」
「……まぁ確かに、お姉ちゃんも

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泡沫

夏が出会いの季節だなんて嘘だ。
 気分が開放的になるだとか、イベントごとが多いからだとか、そういうのはそういう人のために誂えられたものであって、わたしにはぜんぜん関係なかった。
 外に出ればすぐに汗をかいてしまうのがいやだし、なにより町をわがもの顔で自分たちの社交場にしてしまう虫たちが耐えられない。後から来たのは人間の方だとはわかっているけれど、ここはもうわたしたちの町なのだ。
 石造りの森の中に

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ミルクティー × タピオカの擬人化百合

ミルクティー × タピオカ

「あなた最近、調子のってるって噂されているわよ」

 その声に振り向くと、ミルクティーが亜麻色の髪を指に巻きつけながら、こちらを見ていた。

「人気者はツライよねぇ。またモテ期きちゃったからなぁ~」

 私は溜息を飲み込んで、わざと軽い調子で答えた。
 自分の魅力は理解してる。
 黒髪に甘い丸顔、ムチムチな体も評判がいい。

 一方の彼女も、品があって優しく、皆に好か

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ひとふで小説|レンガイケッコン(9)

これまでのお話:(第1話)〜(収録マガジン)

(9)

 カン!とした、乾いたチリトリの落ちた音を、エントランスが幾重かに響かせる。
 蓮本は持ってきた書き置き用のメモをくしゃくしゃにポケットへ突っ込みながら東之に駆け寄って、チリトリを拾ったついでに重そうなゴミ袋もやや強引に引き取った。
「あ、いいですいいです!汚いですよ!ごめんなさい!」
「だ、大丈夫ですか?痛かったですよね、今のは。転ばなく

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ひとふで小説|レンガイケッコン(8)

これまでのお話:(第1話)〜(収録マガジン)

(8)

 階段を下っただけだというのに、管理人室に戻った頃には結構息が上がっている。殺虫スプレーの入った戸棚に手を伸ばそうと屈んだ時には、ちょっと圧迫されて、はあはあと息が漏れてしまった。
(はあ、あったあった、良かった)
 東之はスプレー缶をサッサッと上下に振って、中身の重さを確かめた。
(あるよね。良かった。ゴキブリ一匹やるぐらいなら充分かな。

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私とレイの出会い 01

しくった、と内心舌打ちしたのはこの学校の音楽の授業について、だ。
 最寄りの高校を受験したので、音楽の授業があることまで調べていなかった。絶対に出たくないと思っていたのに。僅かでも触れる可能性を捨て去りたかった。隣町の高校は音楽か美術か選択できると訊いたので、そっちに行けばよかったと思ったが後の祭り。

 溜息をつきつつ、まぁ大人しくしていれば大丈夫よね、と楽観視していたのが危機感無さ過ぎて我なが

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サボり、放課後

「サボろーよ!」

 絶対言うと思った。
 何故なら、

 ──今日は『くまたん』の新フィギュア発売日で、
 ──金曜日午後の授業は眠たくて堪らなくて、
 ──そして音楽の授業があるから……。

「サクラ~このままふらっと帰ったらもう超気持ち良いよ~」
「行方不明って学校から連絡来るわ」
「体調不良ってことにして、さ……」
「授業の単位が」「一回くらいサボっても大丈夫大丈夫! ね、この後音楽とかめ

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手を繋ぐと、あなたの声が聴こえます。

昼から降り始めた雨が上がり、黒々とした雲が千切れ、その隙間から夕焼けが差し込む。
 キラキラ零れ落ちるように広がる茜色は、やんわりとビルを照らす。次第に街全体が宝石のように輝き始めた──。

 いつもの放課後。
 電車の窓に映る見慣れた景色のはずなのに、今この瞬間だけは目を奪われた。

「ねぇ……」
「ん」
「ちょっとほら見てよ、綺麗だから――」
「んんっ」

 鈍い反応に顔を向けると、スゥスゥと

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