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おでん屋奇譚17(最終話)

「こんなもの、いらないんだよ。返すよ シズク。」

小銭が溜まったトマト缶を、両手で受け取ると
おやじは子猫三匹を、地面に放った。
三郎の足元でじゃれあう3匹。

それをちょっとしたステップで避けながら
店の中へ戻る三郎
「ちょっと待っていろよ。」

袋を片手に戻ると、無造作に手渡す
「これは?」

中を見ると、黒猫の形をした
美味しそうなパンが3つ入っていた。

「子供に食わしてやりな。」と足元に目を落とす。
応えるようにクロ達が感謝の鳴き声

「ニィニィニィ」

「いいんですか?」

「あぁ。こいつらパンが好きだろ?それだけでいいんだ。
俺は人間以外から、お金をもらうなんて真っぴらだからな。」
初めて三郎がごく僅かに笑った。

新作のパンの黒猫は
香ばしいクッキー生地の首輪をしている。
首輪には ゴシック調のアルファベットで
こう綴られていた。

「for M・S」

“牧村シズクの為に”

そう、牧さんが左手につけている
ブレスレットと同じ綴りだ。


「あの坊やはどうするんだい?もう会わないのかい?」

牧村は首をゆっくりと縦に振った。

「お前のこと親友って言ってたよ。」

「乗り越えてもらわなきゃ困りますから。」

「そっか、そういう生き方、俺は嫌いじゃないけどな。」

「きっと乗り越えられます。洋介なら。大丈夫。
でも、俺が死んでいないことだけは、きちんと伝えるつもりです。」

「死に別れは救いようがいなからなぁ。まぁ、せいぜい手紙書くなり、贈り物するなりしろよ。」

「洋介と私だけに分かる、暗号がありますので。」

「じゃ、元気で。」

「お世話になりました。ほら、行くぞ!」

名残惜しそうに、3匹の子猫は振り返りながら
サブローベーカリー裏口を後にした。


すべてを凍らせる、風
すべてが止まる、空気

洋介はダッフルコートの襟を立てて
歩く。

マフラーの先が翻り
前髪が暴れる。
時間が止まったままのような気がしてきた。

バイトに行かなくちゃ。

父と
親友を失った寂しさを
振り払うかのように
彼はアルバイトと学業に精を出した。

こんな日はおでんが旨いだろうになぁ・・・
牧さん、どこ行っちゃったんだろう?

アパートの自転車置き場
ちょっとした音も際立たせる空気を感じる。

白い息を吐いて
自転車の鍵を開ける


籠の中に何か入ってる

なんだろ?


見ると


少し焦げた餅巾着と
半分読めないくらいにほつれてしまった
商売繁盛のお守りだった。

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