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おでん屋奇譚3

財布を出すと 牧さんは
「今日は記念日だよ。
洋介と俺の。だから、お勘定は
今度来た時に。」と言って
ウィンク。

「ありがとうございます。
マジで旨かったです。」
気を許した証拠に、友人に使う
ような言葉でお礼を言ってしまった。

暖簾をくぐっても
からだがホッコリする。
歩いて帰ってもよさそうな気がした。
キーキーと音を立てて
自転車を引きながら
満足したお腹をひと撫でして
幸せそうな溜息をついた。

白い息が散る

12月だった。


衛星都市
ドーナツ化現象の内円の
円周に位置する柏手市に
僕は住んでいる。

駅前には若者の購買意欲をそそるような
ブランドを扱ったデパートと
昔ながらの百貨店が軒を連ね
居酒屋チェーンに火が灯る頃には
自慰行為ストリートミュージシャンが歌いだす。

典型的ベットタウン。
個性が乏しいので将来僕が
学生時代を振り返ることがあるのなら
サウダージを感じるのかどうか
甚だ疑問だ。

正直、地方から出てきているゼミの友人たちの
お国自慢を聞いていると、うらやましくなるのも度々だ。
僕の住む街は、これといって名物もないし
高度経済成長期と仲の良い、方程式のグラフを描く
人口増加率。揶揄するならば、偽東京。そんなところかな。

だが僕はこの街が嫌いではない。
アスファルトにだって。思い出は染み込めるんだ。

建築学部で建材の研究をする2年生。
僕の大学は珍しく、1年時からゼミがあり
今は、設計に少し傾いたゼミに在籍しているが
3年になったら本格的に、建材の研究に
進もうと思っている。

コツコツやる性分は父親譲りなのかもしれない。

僕の父は電力会社の作業員だった。
小さい頃は、天を突き刺す鉄塔を指さしては
おどけてこう言った。
「お父さんのお仕事場はね、あそこなんだよ。」
盛り上がった肩に絡み付きながら
僕は
「どうやって上がるの?」
「怖くないの?」
「落ちたりしないの?」
と矢次早の質問をした。

父は決まって
「お母さんと洋ちゃんがいるから、父さんは怖くないんだよ
それに絶対に落ちやしないんだ。」と照れたように歯を見せる。

その顔を見てようやく僕が安心する
そんなルーティンを場所を変え
形を変え、繰り返した記憶がこびりついている。

日々の仕事を終えると
父は決まって晩酌をしながら
母と談笑する
両親の高低差のついた声色を聞いていると
いつの間にか眠りについていた。
(今思えば)幸せな人生だった。
家庭崩壊など、ニュースの中の出来事だった。

その父が 転落死した。

事故だった。
どこに怒りをぶつけていいか分からない悲しみ
行き場のない思いを、抱えてる苦しみ
虚無感。焦燥感。危機感。
所在無さ。

中学二年生だった僕に、それら全てが
嵐のように押し寄せた。

振り返ってみると
曖昧な記憶が多い

・・・・・・気がつくと

父の骨を拾っていた
白い 真っ白い骨
長い箸で体のどの部分だか分からない骨を
母と一緒に拾い上げた

まだ若かった父の骨は
健康な死体だったらしく
骨壺に入りきらなかった。
火葬場の職員が、ザリザリと音を立てて
父の骨を潰して壺に収めていた。

職員の白い手袋と
父の骨の色が
似ていた。 そんな瑣末な記憶だけ
澱のように胸の底に溜まっている。

親類達の、思い出話も
教師たちの、慰めの言葉も
近所の人たちの、哀れみの声も
なんの役にも立たない。
ただ、空気を震わせる振動にしか感じられなかった。

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