見出し画像

初デートの思い出

デートとはなにか

世の多くの男性にとって初デートというのは、何年経っても何十年経っても、簡単に忘れられないものだ。僕にとっても初デートは、特別な想い出として記憶に深く刻まれている。

何を指してデートというかは人によって見解が異なるところだと思うが、結局のところ、「何を行ったかではなく、どんな心境になったか」がデートと呼ぶか単なる交遊に過ぎないのかを分ける重要な点であるように感じる。
異性を異性として意識し、更なる交際の発展を望んで距離を縮めようと勇気を振り絞って、約束を取り付けてソワソワしながら会いに行く日のことを、僕はデートと呼びたい。

中でも初デートというのは特別な緊張感があって、あの夜は一世一代の大勝負でもするかのように覚悟を決めて家を出たことを鮮明に憶えてる。今日は10年以上前の初デートの記憶を辿りながら、想い出を拾い上げるように書いてみようと思う。
※需要の有無は知ったこっちゃない(笑)

***

彼女は泥中の蓮のようだった


僕が初めて女の子と二人きりでデートをしたのは成人を過ぎてからだった。
お相手は当時バイトしていた和食料理屋で、一緒に働くバイト仲間の女の子だった。ほとんど同時期に働き始めた彼女とは二人で研修を受ける機会もよくあり、同い年なこともあって比較的仲良く話すようになっていた。
一人暮らしの貧乏生活を続けていた僕が飲食店をバイト先に選んだ理由は賄いがつくから。食費を浮かすために賄い料理をいつもお腹いっぱいになるまで食べていたら、彼女はコテコテの関西弁で「たくさん食べるなぁ⤴︎」「食べ盛りなんやなぁ⤴︎」とよく笑っていた。
華奢で小柄な女の子が使うコテコテの関西弁が持つ破壊力に簡単にやられて、僕は気がつくと好きになっていた。

「○○さんは大阪の人?」
賄いを食べながら聞いてみる。
「うちな、つい最近大阪から出てきてん。ロックバンドやってて、東京進出したい思ってんけど、東京は住むん怖いから横浜にしたんよ(笑)」

ロックバンド!! カッコいいじゃねえか……

ロックをしてるという○○さん(ここではSさんと書く)に俄然興味が湧いてきた。夢を追いかけて上京しようとしたものの、東京は都会すぎて住めそうにないから住まいに横浜を選んだという理由は田舎者の僕と全く一緒だった。
親近感オブ親近感。

そのSさん、一、二ヶ月経つとあんまりシフト入れて貰えないからという理由でバイトを辞めることにしたらしい。
「あ、遠藤さん。うちなぁ、ここ辞めることにしてん」
「えー、寂しいっす……」
「……連絡先、交換しとこか?」
「!? うん!しよう!!」
こうして連絡先の交換ができただけでも僕の心は有頂天だった。

まだSさんが辞める前、Sさんとの記念すべき初LINEをした。
Sさんはシフトが少ないことを辞める理由にしてたけど、僕は僕で職場にクソ野郎が多すぎて人間関係のストレスが限界を迎えてたから、すぐにでも辞めたくなっていた。なんかねぇ、体育会系丸出しのキモい職場だったんだよね。
(当然僕は倣わなかったが)下の名前で呼び合うっていう暗黙のルールがあるみたいで、店長とか料理長みたいな連中はみんな「おい健太郎!」とかデカい声で呼びつけてくるし、なにかミスすると容赦なく怒鳴りつけてくるし、全然仲良くない嫌いなバイト連中も「健太郎さん」とか「健太郎くん」とか呼んでくるし、体育会系を親の仇ほど憎んでいる僕は「馴れ馴れしくすんなよ雑魚どもが」っていつも刺々しい気持ちになっていた。

だからてっきりSさんも同じ理由で辞めたくなってると決めつけて、ちょうどその日Sさんが社員から仕事のミスで怒られてたから助平心でフォローも兼ねて、「あんな言い方ないよね! あれじゃ辞めたくなるに決まってるよね」とか送ってみた。
「へ? いやアレはうちが悪いし、怒られたから辞めるようなヘタレじゃないようちは!w」みたいな返信がきて、フォローで言ったつもりだったのに、僕は怒られるとすぐ仕事辞める人間ですって自己紹介したみたいになって、めちゃめちゃダサい男になっちゃって送ったことを死ぬほど後悔したな(笑)
……まあ実際にSさんが辞めた二ヶ月後くらいには人間関係が嫌すぎて辞めたんだけどね(笑)

今だから時効ってことで言うけど、そこのバイトの奴とちょっと揉めて胸ぐら掴み合って、軽く頭突きを入れちゃったこともある。コツンと当てた程度で全く怪我は負わせてないけど、既にプロボクサーだし、訴えられたり警察呼ばれたりしたらヤバいと思って内心めちゃくちゃ冷や冷やしてたな。大丈夫だったけど。
万が一問題になったら、「殺すぞ!」って言われたから身の危険を感じて正当防衛でやりましたって主張しようとか考えてた(笑)
仕事上のミスに対しても毎回のように語尾に殺すぞとか言われてたからね。しかもそいつは一個下の先輩バイト。それで我慢の限界を迎えたんだよね。
いるよね、先に入ってほんの少し経験あるだけで偉そうにして態度めちゃくちゃデカくなるゴミ。頭突きはもちろんダメだけど、キレたくなる気持ちはわかって欲しい。あと、人生でその一回だけですので(苦笑)

***

特別な彼女に嫌われたくなくて、僕は普通になろうとした

話を戻そう。クソ野郎のことよりSさん、Sさん。
Sさんがバイトを辞めて、僕も程なくして辞めた。でもLINEが繋がってるという心強さったらないよね。LINEが繋がってれば仕事で会えなくたって話したい時に話せるんだから、文明の利器に感謝だ。

僕はその頃、韓国で試合をして判定負けを喫していた。
Sさんには試合のことを話していたから、負けた報告をするのはいつも気が重いんだけどLINEで結果報告をした。

負けた報告の常で、落ち込んでる風の言葉を添えたり、残念だったとかなんとか言ったと思う。
するとSさんから返信で「強さ」について説かれたのを憶えてる。
「あたしはさ、本当の強さって試合に勝つこととか社会で成功することじゃなくて、目の前の壁にぶつかった時に立ち上がる力のことだと信じてる! 大事なのはこれからどうするかだよ! 頑張れ!」
みたいな長文が急に送られてきてびっくりしちゃった。でも嬉しかった。その後のやり取りでも、「信じる力」とか「命のあり方」みたいなワードが何度も出てきて、ロックやってる人は信念が強くてめちゃくちゃカッコいいなって感心したものだ。

目標ができた。Sさんとお近づきになりたい。
僕は勇気を出してLINEでご飯に誘った。面と向かってはなかなか言えないけどLINEなら言えるのは、コミュ障非モテ男性あるあるかもね。
Sさんから返信がきた。
「ええよ! いつにする?」

うおおおお……!!!

僕は舞い上がる気持ちを抑えて日程を決めた。
場所は新横浜にあるイタリアンレストラン。デートの日取りが決まると僕はソッコー美容室に行って髪を切ってもらい、納得いく出来栄えじゃなくて少し落ち込んだ。

あれは12月だったかな。
夜からご飯に行こうということで、Amazonで買った安物のダッフルコートを着た、なんちゃって大学生みたいな格好をして僕は待ち合わせ場所に向かった。

怖い。怖すぎる。
真冬の夜にも関わらず、コートの中は緊張で身体中から汗が止まらなかった。僕はSさんとの約束の時間よりもずいぶん早く到着して一人で喫茶店に入り、昔からの腐れ縁が続く友達数人とLINEで作戦会議を開いた。僕は昔から遅刻癖があるだらしない人間だけど、そういう日は遅刻したりしないものだよね。
「やべえ、会話が弾む気がしねえ」
「いつも通りでいいんだよ」
「どうしよう。もうすぐSさん来ちゃうわ」
「久しぶりー! ってフランクに接すればええねん」
「怖え! 死ぬ! 助けて!」
どんな名軍師でもお手上げするしかないポンコツ兵である僕には、作戦会議は全く意味をなさなかった。
失敗したくないと、ファッションでも会話でも普遍的で当たり障りのないものを選んでしまう。普通になりたくなくて飛び出してきた人生が、誰かに認められる自信はまだなかったんだ。

***

お揃いの格好で、不揃いの心境で

時間の数分前には喫茶店を出て、先に待ち合わせ場所に着いて待っていた。
Sさんが遠くから近づいてくるのが見えると、僕の緊張はピークに達した。
見るとSさんもダッフルコートだった。被った。ペアルックやん。仲良しカップルやん。
「久しぶりやぁー」
第一声に「久しぶり」と言おうと思っていたのに先に取られる。
「あ、久しぶりだね」
「元気やったぁ? まあとりあえず寒いし、早よお店入ろか」
「元気だよ。うん!行こー」

二人でイタリアンレストランに向かう。
お互い住んでる場所は知らないし、働いていた和食屋が新横浜にあったから自然と新横浜付近にある店に決まった。
お手頃な価格帯のイタリアンで、店内は暖色系を基調とした落ち着いた雰囲気があった。忘れたけど平日だったのかな? 比較的空いていて、すんなり座れたのを憶えている。

僕にとっては生まれて初めての異性として意識した女の子と二人きりの食事。緊張しまくって、勝手がわからなくて、焦りすぎて、彼女がまだ注文してないのに一人で外食している時のいつもの癖で、自分の注文を終えると「以上で」と店員に言ってしまった。
「まだ頼んでないんやけど……」と呆れ顔でSさんに言われて、平謝りしとけばいいものを恋愛経験値の低さがバレたくないという謎の見栄とプライドが顔を出してしまって、「あ、まだだったかぁ」と些細なミスみたいな自然な感じを装った。
……もしタイムマシンが発明されたらあの日に戻って、ダサいから辞めろとあの時の自分を全力で引っ叩きに行きたい。

「食べ盛りなんやなぁ⤴︎」と以前言われたこともあって、相手の期待に応えなくてはいけないみたいな謎の使命感に駆られて、ピザとパスタとグラタンだったか、かなり頼んだ。デザートも二つ食った。
腹ははち切れそうに苦しかったけど、死んでも苦しそうにしてはいけない。全然余裕みたいな顔をしてたくさん食べたのを憶えている。
……別に僕のそんな姿を見ても好感が上がることはないと思うけど。
食事の中で、まず当たり障りのない話をしてからボクシングの試合の話に及んだ。
「試合お疲れ様だったねぇ」
「あ、うん。負けちゃったわ」
「次また頑張ればいいよ」
「うーーん、まあねぇ……」
Sさんはいつも前向きだ。言うことがいちいちカッコいい。対して僕は、次また頑張るとかすぐ言うのが苦手だから言葉を濁していた気がする。
「あたしも対バンして負けることもあるけど、でもうちらの音楽を楽しみに応援してくれる人がいるから頑張ってるよ」
みたいなことを言ってたと思う。
いやさすがに、年に数回しかない命懸けの殴り合いのボクシングと、(多分)ちょくちょく開催してる対バン? とやらじゃ負けの重み違くね? って思った記憶がある。
……捻くれてんなー俺(笑)

***

信念の背景、カッコよさの理由

会話の中で構図が定まってきた。
前向きな発言を連発するSさんに応じて、僕は後ろ向きな発言が増えてきた。
「出来ると信じればいつかきっと出来るんだよ」
「でもさ、そんな簡単にはいかなくない?」
みたいな。
伝わるかな。全面的には同意できないことを言われると、どうしても反対側の意見ばかり言うようになっていっちゃって、ポジティブな相手と話してるとネガティブ人間を演じなきゃいけない感じ。共感してもらえるだろうか?
納得いってないのに人に合わせるのは無理だからさ。今も変わらないなそこは。

哲学的な話が増えてきた。僕は哲学とか精神的なことを考えるのが昔から大好きだし、Sさんも好きみたいだ。別に険悪なわけじゃなく、持論や信念をSさんはよく語り、僕も聞き役半分、異論半分という感じで応じていた。
するとSさんが思いついたように言ってきた。
「うーーん。あ、そうだ。遠藤さんに見せたいものがあって、持ってきたんだよね」
Sさんは横に置いたバッグの中から、何やら新聞のようなものを取り出した。
「遠藤さんも色々と悩みがあるように見えるから、きっと合ってると思って」
ん?? これは……

聖○新聞やないか!!!

いや、思わず(心の中で)関西弁でるわ(笑)

「えっと、新聞?」
「あたしね、創○3世なんだ」
「へー! そうなんだ」
断っておくが僕に偏見は全くない。
むしろ(どこか特定のと言うわけではなく)宗教には興味があった。
向かい合わせに座っているSさんはテーブルの上に拳を突き出して、もう片方の手でぐるぐると自分の拳を指差した。

「命、変わるから」

……いや、怖えよ。
目が据わってるやん。拳を命に見立てんなや。
と言えるはずもなく、真面目な顔で話を聞いていた。
そこからはもうSさんの独演会だ。何か異論を唱えようものならすぐさま反論が飛んできそうだし、「なるほど〜」みたいな顔をしながら黙って頷くしかなかった。

「元々あたしのお婆ちゃんが入信してて、お母さんも入ってて、あたしと妹も生まれた時から入ってるんだ」
「へー! そうなんだ。お父さんは?」
「お父さんは入ってなかったから家族で勧めて、あたしが子どもの頃に入信したんだ」
お父さん四面楚歌だなぁ。四面創○か。ガハハ。
でも今までの人生で全く出会わなかった世界だからとても興味深かった。元より僕は帰属意識がとても低く、組織やルールに拒絶反応を引き起こすタイプの人間だから、生まれながらに特定の宗教に入ってる人の話が新鮮だ。
Sさんはいったいどんな価値観で、どんな風に生きてきたのだろう。色々と知りたくなった。
一人暮らしのアパートにも仏像があること、毎日お祈りしてることなども教えてくれた。一人暮らし用の簡易タイプ? みたいなのもあるらしい。
それでロックやってるんだもん、素直にカッコいいとも思った。特定の宗教に熱心な人は過去何人か出会ってきたけど、なんというか生き方に信念がある人は多いよね。善悪観がハッキリしている分、それが思考停止に繋がっている人も多いんだけど、精神的にタフな印象を受ける人が多い気がするな。自分の中にブレない価値観がある人は強いよね。

「じゃあ、出よっか」
「うん。ご馳走様でした」
「ご馳走様でした」
お会計になりSさんは一緒に払おうとしたけど、そこは僕も男の見栄で払いたい。
「いや! もちろん奢るよ、俺が誘ったんだし」
「ええよええよ、あたしも食べた分は払うから」
「いやいや! 払う! 払わせてよ!」
スマートには言えないけど、なんとか強引に全額出した。

食事を済ませて店を出たのは夜の9時くらいだったかなぁ。Sさんが時計を見ながら、「まだ時間あるけど、どっか寄る?」と聞いてくる。可愛い。
「うん! Sさんがいいなら、まだどっか行こうよ」
Sさんがいいなら、とか枕詞をつけちゃうビビリな僕。女の子に嫌われるのが怖いからさ。

喫茶店に入り、「ここはあたしが払うから」と言われてご馳走になった。Sさんは多分強いから、男性に奢ってもらいたい系女子じゃなさそうだ。
……自分が頼りないからとか、コイツに貸しを作りたくないから、という理由じゃなければ。
喫茶店もすぐ閉店時間が迫ってきて、足早に出ると24時間営業のマックに移った。そこでも会話は主に創○の話。熱量がすごいから他の話に切り替えられなかったぜ。

……段々イライラしてきた。

若干の上から目線を感じるんだよね(笑)
宗教は複雑な話だから、いい加減なこと言っちゃうと逆鱗に触れるポイントが多そうだからこっちは気を遣って言葉選んで話してんのに、救いを見出せない可哀想な人を導いてあげてるかのように教えを説くから腹が立ってきてた。
考えを言い合っても対等に聞く気がないんだよね。向こうは高尚な教えを信じているわけで、僕が自分の頭でいくら考えて喋っても、悟りとかご本尊様? の立派な答えをまだ知らない可哀想な人としか見てないから議論にならない。
自分の考えを喋っても、「それは違うよ」とか言ってくるし。うるせー、違うとかねーだろ。

ただ僕も大人だ。一歩引いて、「なるほどね、そういう教えがあるんだね」みたいな感じでお茶を濁した。濁せてたかはわからないけど。
あ、そういえばボクシングの世界チャンピオンでも一人創○の人いるよって教えてもらった。それを聞いてその選手を見る目が少し変わってしまったな(笑)
後援会とか集客の力が凄いみたい。なんか、僕が憧れた格闘技の形じゃないんだよなぁ。そんなのカウンターカルチャーじゃない。
わざわざ裸で殴り合う商売をしてんのに、権力側に回って支援を受けてどうすんねんって思っちゃう。いや、僕の価値観が偏ってるのは自覚してるけどさ。

***

過去を美化してもいいじゃないか、想い出は永遠なんだから

マックを出たのは11時過ぎくらいだった。
僕は疲れ切っていた。あわよくば今日ワンチャンあるのか!? とか妄想していたデート前が我ながらバカすぎる。
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
「じゃあまた!」
「ほなまたね!」
僕は深夜の新横浜を自転車に乗って家まで帰った。

それからSさんとは何度かLINEをしたけど、そのままフェードアウトしたな。この話を当時友達やボクシングの仲間に話すと「最初から勧誘目的で近づかれたんだよ!(笑)」とめちゃくちゃバカにされたけど、僕はそうではないと信じてる。
だってご飯に誘ったのは僕からだし。本気で信じているから、悩んでるように見えた僕のことを優しさで救いになると思って新聞を紹介してくれたんじゃないかなぁ。律儀にちゃんと読みましたよ。

最近ふと思い出して、SさんのSNSを探してみたらすぐに見つかった。まだロックをしてるかはわからなかったけど、元気そうで嬉しいよ。
ありがとうSさん。過ぎ去りし日々を振り返れば、過去の想い出はいつだって美しい。
僕は確かに君に惹かれていたし、明るくてカッコいい君のことが好きだった。それでいいじゃないか。変えられない過去なら、美しい想い出にして胸にしまいたい。
Sさん、今後ますますのご多幸を願っています。

サポートしていただくと泣いて喜びます! そしてたくさん書き続けることができますので何卒ご支援をよろしくお願い致します。