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宇野昌磨FS~自己満足とチェス世界王者~

フィギュアスケート全日本選手権に向けた国内大会も終盤を迎え、グランプリシリーズも開幕してスケオタの忙しいシーズンがやってきました。

私が応援している宇野昌磨選手は来週末の中国大会に登場。今季初試合前に彼の今季フリースケーティングのプログラムについて長々と語ってみます。このプロには、「観た者をやたら語らせてしまう不思議な力」があります。


「タイムラプス」が持つ”ストーリー性”


一足早く夏のアイスショーで披露していたショートプログラムの「エブエブ」が醸し出す異世界感も強烈でしたが、10月初旬開催のCarnival on Ice(以下CaOIと略)で披露されたフリースケーティング用プログラム「TimeLapse、Spiegel im Spiegel」は結構な衝撃でした。披露されたのはあくまでもショー版であって競技プロの片鱗を見せてもらっただけなのですが、すごく「後を引く」演技で。

宇野選手は競技プロの演技でキャラクターを演じることが少ないです。
シニアデビュー年&平昌五輪シーズンの「トゥーランドット」ぐらいでしょうか?あのプロは元のオペラのイメージもあって若々しいカラフ王子を演じている印象を受けましたが、それ以外のプロは全て「音楽」を全身で表現しているように見えます。

映画音楽を使用したプログラムは「ドンファン」や「ラヴェンダーの咲く庭で」など複数ありますが、本人は「音楽を表現したいと考えているから敢えて映画は見ていない」という主旨の発言を当時はしていたように記憶しています。

音楽の持つ世界観を存分に表現することで映画の世界観が見えてくるーということはありましたが、映画のキャラクターやストーリーそのものを演じているように感じたことはありませんでした。なのに今季フリーにはストーリー性を感じるのです。それは私にとってこれまでにない「変化」でした。

使用曲判明!…本当にこの曲順?


そもそも今季は事前の曲発表が例年より遅く、9月下旬にISU(国際スケート連盟)のバイオグラフィーデータが更新されて初めて曲名が判明するというこれまでにない事態でした。

出典:http://www.isuresults.com/bios/isufs00012455.htm (画像は2023年10月末のもの)
※バイオグラフィー情報は随時更新されます

そこに表示されていた曲名は「Timelapse(タイムラプス)」と「Spiegel im Spiegel(鏡の中の鏡)」。

「タイムラプス」は知らない曲でしたが、昨季フリー後半の「メア・トルメンタ・プロぺラーテ」同様即気に入りました。
(ステファン・ランビエールコーチは本当にいい選曲しますよね~宇野選手引退後でいいから彼のShoma用候補曲リストを公開してほしい)

もう一曲の「鏡の中の鏡」は過去に使っていたスケーターが複数いたので選曲自体は驚くものではありませんでしたが、その並び順を見て目を疑いました。「タイムラプス」「鏡の中の鏡」の順だったからです。

上に表記されているSPの曲名順からいって演技で流れる順番での掲載だと推測できた

いやこんなカッコいいアップテンポな曲から始まって、こんな超静かな曲で終わるって…そんなプロってある?表記ミスだろうか?と混乱。
試しにその順番で曲を連続再生してみたけれど全然ピンときません。

過去に「鏡の中の鏡」を使用したのは米国のシブタニ兄妹とロシアのカミラ・ワリエワがいますが、どちらもプログラムの前半に「鏡の中の鏡」を使って後半に盛り上がる曲を使っています。

シブタニ兄妹の2017年世界選手権FD(この演技で銅メダルを決めました)
※2時間57分30秒あたり~

なので私はCaOIでの初演技映像を見るまで「本当にこの曲順でやるの?」と半信半疑でした。

ファンの「言葉」を奪った初披露演技


CaOI当日、私はライブ配信は見られなかったのですが、少しでも早く情報を知りたくて初披露が終わったであろう時間帯に、たまアリにいたファンの感想をSNSで漁ろうとしました。

…でも笑っちゃうぐらい全然情報流れてこないんですよ!
曲は本当にあの順番だったのか、衣装はどんな色だったのかとか知りたいことが一杯あるのに。あまりに情報が流れてこないから何かトラブルでもあってショーがめちゃくちゃ時間押してるんだろうか?って疑う位。

しばらくしてようやく感想の言葉がポツポツと出てきましたが、「すごかった」というごく短い言葉ばかり。

私は彼の新プロが初披露されるたびに色んな人の感想を漁っていますが、いつもなら素敵!とかステップかっこいい!うまい!新境地に挑戦してる!など様々な反応で盛り上がっていたのに全く違う今回の反応…「一体どんな演技だったんだろう」と想像が膨らみました。


演技が刺激する 観客の「想像力」


私が演技を見ることができたのは翌日のBS日テレでの放送でした。
曲順は「タイムラプス」→「鏡の中の鏡」でしたが、想像とは違う感じでつながっていて、「納得」でした。

私、「タイムラプス」が思いっきり好みの曲調だったこともあって勝手に2分43秒フルで使うと思い込んでたのですが、実際には「タイムラプス」は少し短く編集されていて、後半たっぷり「鏡の中の鏡」でした。

確かに「鏡の中の鏡」は音が少なくゆったりとした曲調ですから、あれぐらいガッツリ聞かせないと「タイムラプス」のおまけっぽくなってしまいます。「タイムラプス」を短くしたことで第一幕・第二幕として双方の曲が引き立てあえる絶妙なバランスだなと感じました。何よりステップシークエンスの最中に曲変更したのには「はぁ~そう来たか」と驚きましたね。

たまアリにいたファンがすぐに感想をつぶやけなかった理由もわかりました。見た時は圧倒されるのみで、自分の心の中に残った感想を消化して言語化するのに凄く時間がかかるんだなと。

翌日以降徐々にネット上に感想がぽつぽつと出始めましたが、その多くは「この演技を通じて自分はどんな印象を受けたか、どんなストーリー性を感じ取ったか」を何とかして言語化しようと頑張っているように思える内容でした。

かくいう私も結構考え込んでしまって、初見時の感想を言葉にすることができずじまい。初披露から1か月近く経過した時点でようやくこれを書いているという次第です(苦笑)。

この演技を見て生まれた感情が思いのほか複雑で、すぐに言語化するのは難しかったんです。使い古した言葉を使うのは何だかすごく陳腐なように思えたし。(…って言っても言語センスの限界で結局陳腐な言葉しか出てこないんですけどw)

CaOIから1週間ぐらい、ネット上に出てくるさまざまな感想に共通していたのは”「焦燥感」に追い立てられつつ苦難を駆け抜けたのち、平安を見出して「悟り」の境地にたどり着き、未来を見つめる”イメージですね。

彼のこれまでのスケート人生を表しているのかな?
様々な焦りを感じる中懸命に前だけを見て走り続けてきて高みにたどり着いた、その中で平安を見つけ、心穏やかに自分を見つめなおしていく中で、これから続く道が見えてきた…という感じ?
と私は受け止めていました。


テーマは彼のスケート人生?


自分の中で何度もフリーの解釈をかみしめているうちにグランプリシリーズが開幕、選手たちのメディアでの露出が増えてきました。そんな中で流れたNHKニュース内のコメントにはすごく驚きました。「今シーズンのフリーの演技では、宇野選手のスケート人生をテーマにした」という文言が出てきたからです。

フィギュア 宇野昌磨が愛知で練習 今季は来月のGP第4戦が初戦(2023/10/25NHKニュース)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231025/k10014237181000.html

宇野選手はこれまで「このプロはこういうテーマです」と説明する類の発言を極力避けてきた印象だったので「?」となったのです。本人が直接発言したわけではなく、アナウンサーのコメント&文字テロップでさらっと断言されたので「ええ?それホント?」と疑ってしまったぐらいです。

まぁでも私をはじめ多くのファンが初演1回見ただけで「これは彼のスケート人生を表現しているんだろうか」と想起した位ですから、NHKの取材記者が「フリーは宇野選手のスケート人生を表しているのでしょうか?」みたいな聞き方をして「ですね~」のように軽く肯定したのかもしれません。あるいは関係者が「ステファンの選曲意図は昌磨のスケート人生らしいですよ」と言った可能性もあります。

今後プログラムについてのインタビュー機会は何度も訪れるでしょうから宇野選手自身が自分の言葉でプロのテーマ性を語ってくれる日が来るかもしれません。それはそれで興味深い変化なので楽しみに待ちたいと思います。

でも「このプロは何を表現しているんだろう」と感性を研ぎ澄ませながら演技を何度も見るという楽しみはもう少し長く残しておいてほしかったな~とはちょっと思います。「この曲のテーマはコレ!」って一言で片づけちゃうのは何だか野暮な気がしちゃうんですよね。深みのある芸術ほど一言で片づけてほしくないというか。「こういうテーマなんですよ」って説明されるのはシーズン後半にしてほしいな…というのは私の独り言です(苦笑)。

「タイムラプス」の背景 
 ~チェス世界王者と宇野昌磨の共通点~


「スケート人生」云々の報道があった直後に、海外のフィギュアスケートファンが集う掲示板で「タイムラプス」作曲の背景についての情報を知りました。

「タイムラプス」はもともと「マグヌス」という天才チェスプレイヤーのドキュメンタリー作品用として作曲されたものなんだそうで。こちらの予告編映像の38秒あたりから確かに「タイムラプス」が流れています。

このマグヌス・カールセンさん、チェスの世界王者として超有名なノルウェー人で私も名前だけは知っていましたが、経歴を改めて調べてみて驚きました。この方、宇野選手と共通点がとても多いのです。

チェスを始めたのが5歳。小学生のころから天才少年とメディアに注目され、十代後半には世界のトップで戦うレベルに成長し22歳で世界チャンピオンになったマグヌス・カールセン。宇野選手がスケートを始めたのも5歳。小学生の頃から天才少年として注目され世界のトップに登り詰めたところまで同じです。(世界チャンピオンになった年齢は24歳なのでチェス王者とは2歳違いますけどね)

このドキュメンタリー「マグヌス」の予告編を見る限り、彼も子供の頃からメディアで注目されたことによる悩みがあったようです。さまざまな葛藤を経て彼が王座を手にして今の王者の地位を築くまでの道のりを表現するために作曲されたのが「タイムラプス」です。

ちなみに「タイムラプス」の作曲家名がUno Helmerssonと「ウノさん」なのも楽しい偶然です(笑)。そのウノ・ヘルマーソンさんの談話を伝えた海外記事を引用します。

”作曲家のウノ・ヘルマーソンは、映画の音楽を担当する際、主人公とともにより複雑に成長する賢い楽器の選択によって、神童の成長を強調することに重点を置きました。彼は次のように説明しています。

私はマグナスの努力とキャラクターとしての成長を表現したかったので、神童からチェスのチャンピオンになるまでのマグナスの歩みを楽器に反映させるというアイデアを思いつきました。
特別な場所の 1 つは、彼が若者に成長するタイムラプスです。
この曲は弦楽四重奏で始まり、その後他のミュージシャンが一人ずつ参加し、マグナスが年を重ねるにつれてピアノとフル弦楽オーケストラが完成します。”

出典:https://moviescoremedia.com/magnus-uno-helmersson/   ※原文英語をGoogle翻訳

・・・つまりこの「タイムラプス」という曲自体が、”スポーツで「神童」と呼ばれた少年が周囲の人々の手助けを受けながら様々な困難の中懸命に走り続けてきた結果、ついには世界王者となる”ーという成長物語を表現したものなのです。
(※チェスはIOCも認める「スポーツ」です)

ステファンコーチはこのドキュメンタリーのことや作曲意図を知ったうえでこの曲を選んだのかどうか、私は超絶知りたいのですが、今のところその手のインタビューが出てきていません。「この曲で彼のスケート人生を表現してほしい」と言い出したのはステファンコーチかもしれないな~と想像したりしています。

今季の目標「自己満足」が持つ意味


しかしあれだけ静かな曲で後半2分以上を持たせる、しかも最後はスピンの連続で魅せる…というのは並大抵の実力ではできるものではありません。

宇野選手は「ここ何年かはジャンプばかりに注力した演技になっていて、自分で過去の演技を見返したいと思わない」という主旨の発言を何度もしています。
(私は去年のGPFのフリー演技何度も見返してますけどね!メア・トルメンタ・プロペラータに合わせた最後のステップ最高です!!ブラボー!!!)

確かに「勝つ」ためには点数を取る必要があり、今の採点システムでは高難度ジャンプをいかに美しく着氷するかを最優先せざるを得ません。美しい滑りや表現力にはジュニア時代から定評があった宇野選手ですが、ジャンプでの乱れが失点の原因となってトップを取れない試合は確かに多かったです。トップを取るためにジャンプに注力してきたこの数年の努力は正しいことだったのだろうと思います。ファンの目からは表現力おろそかにしてたようには見えなかったですしね。

美しい動きをスピンやステップでいくら表現したところでジャンプに比べて配点は低い。何より宇野選手はスピンステップ、PCS、いずれも既に高得点を得ていて、これ以上質を上げたところで得点の伸びしろはさほどない。むしろ細かな表現に力を注いだ影響でスタミナを奪われてジャンプが回転不足になったり着氷乱れが出てしまうと、増やした点数よりはるかに大きい点数が消えてしまう。ジャンプ以外の部分にも全力を注ぐ、というのは非常にリスクの高い挑戦です。

だからこそ彼はそれを「自己満足」と表現しています。今季は表現にも全力を注ぐーという決意を語ったトヨタイムズのインタビューでは、そのリスクの高さ&それでも表現に力を注ぎたいという強い決意を語っていて、胸に来るものがありました。

ワールド連覇を経て、ついにこういう挑戦をするところまで来たんだなという感慨、リスク大きい挑戦に挑もうという決意に対する感銘。表現にも全力を注いだ結果、高難度ジャンプと表現とのバランスに苦しむ前半戦になるかもしれませんが、彼の決意の重さを受け止めて見守りたいと思います。

何だか「ボレロ」を滑り始めたころを思い出しますね~目標は「4回転5本」から「高度な表現力と高難度技術を揃えるという”自己満足”」に変わりましたが、常に難しい目標を掲げて挑戦する宇野昌磨選手の姿勢を心から応援しています。

今季の終わりには凄い作品になっているといいなぁ。

初戦・中国大会を前に


宇野昌磨選手はグランプリシリーズ参戦して長いですが、中国大会参加は初めてなんですよね。表彰台に乗ればグランプリシリーズ全大会表彰台となります。(今季はグランプリファイナルまで中国開催で、年内はアジア以外での国際大会ゼロ。欧米在住の昌磨ファンが嘆いているのでぜひ来年3月の世界選手権でカナダに行ってもらいたいです)

競技プログラムの準備が例年より遅くなったシーズンといえばグランプリ東海クラブを離れた2019年シーズンを思い出します。あの年のグランプリシリーズはフランスとロシアでしたね。それよりは更に1試合ずつ遅いスタートですが、今季はどこまで仕上げてこれるでしょうか。

イリヤ・マリニン選手とアダム・シャオ・イム・ファ選手がシーズン当初から好調だし鍵山優真選手も構成難度抑えめにして確実に高得点を取ってきそうということで、シーズン当初はスコアが離されることもあるかもしれないと覚悟し、シーズン初めから高望みはしないようにと自分に言い聞かせている最中です。
(といいつつ最初っから凄い演技を期待しちゃってる自分もいるのですがw)

おまけ

  • マグヌス・カールセンさんの偉業

ちなみにチェス王者のマグヌス・カールセンさんは2022年まで10年間世界チェス選手権優勝を続け(2023年の世界チェス選手権は出場辞退)、32歳の現在も世界ランキング1位という凄いお方なので、ファンとしてはそこも少し似てくれるといいなと思います(笑)。

  • まさかの「タイムラプス」曲かぶり

宇野昌磨選手サイドは「この曲(タイムラプス)ならかぶらないだろう」と思って今季のフリー曲の発表を急がなかったのかもしれませんが、カナダのスティーブン・ゴゴレフ選手も今季フリーの一部に「タイムラプス」を使っていました。宇野選手のフリーが今後熟成して究極の完成型を披露することがもしできればこの曲に手を出すのは当分難しくなりそうなので、ゴゴレフ選手は滑り込みセーフだったかも?

この曲これまで使っていたスケーターがいないのが不思議なくらいフィギュアスケート向きの曲ですもんね。チェス王者のドキュメンタリー用に作られた原曲は2分ちょっとなのですが、宇野昌磨選手が音源に使っているマリ・サムエルセン(このバイオリニストさんもチェス王者と同じノルウェー人!)の演奏は2分43秒というショートプログラムにピッタリの尺!

願わくば5年ぐらいは誰も使えない曲になった後、また誰かに滑ってほしい素敵な曲だと思います。


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