地獄とラブレター

先週地獄行きが決定しました。
僕は早速閻魔様に手紙を書くことにしました。


閻魔様へ

これまで自分はそれなりに幸せになるべき人間だと思って生きてきましたが、そうではありませんでした。自分の誠実さや優しさなどは全て偽物で、皮をめくればドロドロに腐っていました。卑劣で下品でどうしようもありません。1人でそれを処理すれば良かったのに関わらず、美しく終われたかもしれない物語を、1番大好きな人をわざわざ引っ張り出し、そのドロドロで傷つけてしまいました。例えるならば、まだ食べれたかもしれない賞味期限切れケーキを2人で分けていたにも関わらず、僕がいきなりボコボコに潰してしまいました。もうこうなってしまった以上、僕にできることはありません。会って謝りたいなんて言える権利もありません。謝ってもどうにもならないことは察しの悪く諦めの悪い僕でも気づいています。その人の幸せをそっと祈ることしかできません。傷つけたいなんて思うはずもなかったし、大切にしたいとたしかにずっと思っていたはずなのにどうしてそんなことをしてしまったのか、考えているのですが、わかりません。いままで、僕がその人と関わることは、その人の助けになっていると思っていました。しかしそれは大きな勘違いで、僕がずっと救われていただけでした。僕がずっと救われてきました。今まで生きてきて誰にも何にも埋めてもらえなかったところがあるからか、このひとなら!!!と勝手に期待し救いを求め落差に溺れてしまうのでした。でもそのひとは自分のために存在してるわけではなく、他の人との関係もあり、その人に救いを求めすぎることは相手からするとただの負担でしかないことにやっと気がつきました。そう考えると自分はただ自分に都合のいい人間を求めているだけのような気がしてきました。こんなにも愛してるというのに。そして自分は何かを悩んでいる人、助けて求めている人を救えるほど、強くもなく優秀ではないということにも気づきました。健康でなければ人は救えない。26歳になってやっと気付きました。今まで傷つけられる痛みは何度も経験してきましたが、好きな人を傷つけてしまうのはこんなに痛いのかと初めて知りました。でもそれは相手からしたら知ったことではないし、自業自得のオナニーです。その人との過ごした日々や会話は僕の人生の中で最も美しいもので、そしてその人に卑怯なことをしたことは僕の中で1番の恥です。それでもなおまだどこか期待してしまいます。また会ってくれるのではないか、許してくれるのではないか、嫌われてはないのではないか、軽く声をかけたら返事をしてくれるのではないか、なんと哀れなことでしょうか。どうか全て受け止めて地獄へ行かせてください。おれより


2日後、閻魔様から手紙が届きました。
「ちわーーーーーっす。下見する?」



僕はバスを2台乗り継ぎ地獄へ下見に向かいました。
地獄の入り口は森の深くにある井戸の中にありました。井戸を覗き込むと暗闇の中にノイズのような光が空間を乱し、不定期にうめき声が聞こえきました。

僕は井戸にかけてあった梯子に足をかけ一歩ずつ井戸の奥へと進んでいきました。井戸の中は空間が歪んでいて、僕が動いているか梯子が動いているのか、あるいは僕が登っているのかわからなくなるほどでした。卒業生代表答辞くらいにゆっくりと確実に歩みを進め、やっと地面にたどり着きました。それからしばらく待っても何も起こらなかったので、前に進んでみると、何かにぶち当たりました。手で探ってみると、それはドアであることがわかりました。僕は2回トントンとノックをしました。すると中からちわーーーーっすという声が聞こえ、ガチャとドアが開きました。そこには手書きで「えんま」と書かれた名札を付けたおじさんが立っていました。おじさんはメガネをぐいっとあげてから「どもども、わたしが閻魔と申します。本日予約してくれた方ですね、ささこちらにどぞ」とびっこをひきながらそそくさと奥の方へと歩いていきました。僕は少し戸惑ってその場に立ちすくんでいると、閻魔様は振り返ってニコッと笑いひとつ頷きました。僕は閻魔様の後ろについて歩いていきました。そこは何もない空間でした。説明が難しいですが、空間すらないという感じでした。地面も空も壁もなくただなにかがある。そこを長い間歩き続けました。閻魔様は時々、足首のあたりを手でギュッと揉み、そしてまた歩き続けました。その間、僕と閻魔様は何も言葉を交わしませんでした。

僕が考え事に夢中になっているとき、突然閻魔様は歩みを止め振り返り、「ささここがあなたの地獄です。どぞドアを開けて入ってください」と言いました。僕が閻魔様に感謝を告げると、また閻魔様はひとつうなずき同じ空間をまた戻っていきました。さて、僕はそのドアを開けました。


ドアの先にあったのは僕が愛していた彼女の家でした。いつもと同じ匂いがして、玄関には僕が描いた彼女の絵が飾られていました。襖を開けると彼女がいてテレビを見ながら独り言をぺちゃくちゃと喋っていました。僕は間違って天国にきたのかと錯覚し、テレビと彼女の間に立ち全力で謝りました。でもその言葉は彼女には届かず、どうやら彼女は僕のことが見えていないようで彼女の目線は僕を通り抜け、またテレビを見ながら独り言をぺちゃくちゃと喋っていました。僕は彼女の肩に手をかけようとしましたが、その手は彼女の肩をすり抜けてしまいました。そのとき誰かがドアを開けて入ってくるのが聞こえてきました。そこにいたのは僕と同じ背格好、同じ服を着た顔のない僕でした。彼女は顔のない僕にやっほーと声をかけてご飯を作ろうと言い台所へ向かいました。彼女と顔のない僕は一緒に餃子を作り始めました。それは僕の美しい記憶のひとつでした。ですが隣にいたのは僕ではなく顔のない僕でした。僕は何度も彼女に大声で叫びましたが、言葉は届きませんでした。それからまた空間が歪み、気がついたらそこは下北沢の安い居酒屋でした。僕が彼女と初めて会った居酒屋です。僕が奥の席に向かうとまたそこには彼女がいました。そしてまた彼女の前には顔のない僕がいました。顔のない僕が関西弁のイントネーションで軟骨の唐揚げを頼むと、彼女は「関西弁いいですね」と言って笑っていました。顔のない男は嬉しそうに何度も軟骨の唐揚げを頼み、テーブルの上は関西弁の軟骨の唐揚げでいっぱいになりました。これもまた僕の美しい記憶のひとつでした。地獄だと僕は思いました。ここはやはり天国などではなく、地獄でした。僕の声はいつまでも彼女に届きませんでしたし、彼女に触れることもできませんでした。それから何度も何度も空間が歪み思い出の景色が繰り返されました。

彼女の家から20分のところにある川でスイカ割りをして2人で川に飛び込み、凍えながらスイカを食べたこと。彼女からもう会わないほうがいいのでは電話が来て、次の日突然家に押しかけると笑ってくれたこと。僕が彼女と手を繋ぎたいということが言い出せず、ずっと黙っていて喧嘩になったあと仲直りしたこと。気まずい空間をぶっ壊すために突然僕が前転をすると、へんなのと言って彼女も一緒になって前転をしてくれたこと。彼女が通っていた大学の屋上で青い春ごっこをしたこと。リリーシュシュの映画に出てくるような鉄塔の下で一緒に寝そべって雲を眺めたこと。上野のポルノ映画を見に行った時、映画内に出てきたお粥がびしょびしょ過ぎてふたりでくすくす笑いあったこと、一緒に行った京都で「あなたと一緒にいるとどこに行っても楽しい」と言ってくれたこと。一緒にお風呂に入っている時「あなたと別れたらもう誰のことも好きになれない気がする」と言ってくれたこと。めぞん一刻を一緒に読んでおーい好きやでと言い合ったこと。スーパーの帰り道、彼女が僕の手をおっぱいに押し付けて僕の勃起を見てゲラゲラと笑ってくれたこと。彼女をこっそり駅に向かいに行くと駅から猛ダッシュで僕の家の方向へ走って行く彼女の後ろ姿を眺めていたこと。泣きじゃくる彼女のベトベトの鼻水を拭いてあげたこと、家の周りから聞こえてくる猫の喧嘩の声に対抗して、ふたりで猫の鳴き真似をして仲裁したこと、一緒に見た朝日、大盛りの定食、将棋、青島ビール、でかいクリップ、新宿歌舞伎町、鞄持ちじゃんけん、鍋、ジム・ジャームッシュ、Thee michelle gun elephantのラストライブ、骨董市、中華街、金玉アイマスク、江ノ島、ムキムキポーズ、町田のスナック、豆鉄砲、シザーハンズ、ねじまき鳥クロニクル、クレープ、奥多摩、店員のおばあちゃんの耳が悪過ぎて大声で頼まないとオーダーが通らない喫茶店、ハイライト、家賃3.7万のアパートと家賃2万のアパート。


そしてまた川。


空間が歪むたびに、その記憶が何度も何度も繰り返されました。

僕は地獄の下見を終え、自分の部屋に帰りました。もはや、現実と地獄の違いが曖昧になっていました。僕の世界は彼女を中心に回り続けていたし、彼女から嫌われることは世界から嫌われることと同じでした。他の人からなにを言われてもあまり気にしなかったのですが、彼女から言われたことを頭の中の指でネチネチとこねくり回して、被害妄想に陥ることがよくありました。彼女のいない世界など生きている価値がないのではとすら思いました。彼女はよく僕に「あなたが女だったら良かったのに。そしたらずっと仲良くいれたかもしれない」と言いました。僕たちはよく似ていました。いや似てはいなかったのだけれど、根本的な部分では深く繋がっていました。彼女の考えていること、言葉には深く共感できたし、その言葉によって僕は何度も救われてきました。

似ているもの同士は近くにいると破綻してしまうのは何故ですか。僕たちはどこで間違ったのですか。あなたがよく言ってたように同性だったら、もしくは猫だったら何かが違っていたのかもしれない。あなたが今後僕の話をするとき何を語りますか。でも僕は同性でもなく猫でもないあなたのことが好きだったし、今でもなおずっと一緒にいたいと思ってしまいます。

悔やんでも悔やみきれない思いはずっと部屋に留まり気まずい空間が生まれました。僕は突然前転をしてその場を誤魔化しました。何度も何度も空間が歪むくらい前転をしました。



る。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。前転をする。




またへんなのと言って笑う彼女の幻聴が聞こえてきました。

これから現実はいつまで続くだろうか。これから僕はまた誰かに出会うのだろうか。そして誰かに恋をするのだろうか。誰かに救いを求めてしまうのだろうか。誰かを傷つけてしまうのだろうか。美しい記憶は段々と薄れていってしまうのだろうか。また破綻するのだろうか。

大丈夫やでと言って彼女の濡れた髪をドライヤーで乾かしていた時、その大丈夫は自分に言い聞かせていた気がする。一生続きそうな思い出はいつも一瞬で、気づいたときにはもう遅い。僕は今日、またひとつ歳をとりました。あと何年後になるかわからないが、死んだとき、またあの地獄へ行きます。そしてあなたが天国にいることを願っています。

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