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心に残る公演「リラの壁の囚人たち」(1988年バウホール公演)

時は1944年、ナチスドイツ占領下のパリ。
自由を奪われ、袋小路の中庭に暮らすアパートの住民たち。
ゲシュタポから逃れ、そこへ迷い込んだ英国の特殊工作員(レジスタンス)エドワード(涼風真世)と、彼を匿ってくれた警察官の娘、ポーラとの儚く悲しい恋──。

戦禍をくぐり抜けてきた古びた建物、ほの暗い中庭の片隅にはリラの花々が健気にも可憐な花を咲かせている。
冒頭から終始変わらぬこの美しい舞台セットは、長い戦争で疲れ切った人々の心を象徴しているかのように思える。
敵軍の兵士に媚びを売らなければ生きていけないキャバレー「パラディ」の女たちの苦悩と、苦しい日々を懸命に生きているアパートの住民たちの生活が巧みに演出されている。
このリラの壁の中で、身分を隠し、ただ「待つ」ことしかできないエドと、戦争で荒んだ婚約者の心が癒されるのをただ「待つ」ことしかできないポーラ。
この二人の心の葛藤を吐露した台詞の応酬に、胸が苦しくなる。
さらにパラディで働く女、マリーが絡み、三者三様の心の揺れ動きが描かれる。
エドとポーラはやがて心惹かれ合い、愛を確かめ合う二人のナンバー『愛の言葉があなたを呼ぶ』が、エドの甘く美しく切ない歌声にのせて流れる。
自分を匿ってくれた人々に対する恩義を全うしようとするエドと、エドへの愛を貫くポーラの人物像が小原弘稔先生のこの素晴らしい脚本・演出によって緻密に書き込まれた、名作中の名作であると思う。

当時の公演評もかなめさん(涼風)のエドを大絶賛していたが、オペラのように伸びやかで美しい歌声と共に、エドは私の理想の男性像。
前年、一年間の「ME AND MY GIRL」で娘役を過ごしたかなめさんは、本来の男役を演じることへの喜び、娘役として学んだことがいかに貴重な体験であったか語っておられた。

大幅にカットされてはいるが、来月(9/12)に宝塚スカイステージで再放送がある。
未視聴の方は、ぜひご覧になることをお勧めしたい。

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