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逃した魚。

終わりは唐突にやってきた。
私たちが築き上げてきたはずの2年半は、あなたの一言であっけなく幕を閉じた。


                                   ***


「あのさ、別れようか」
言葉が出なかった。頭が真っ白になるとはこのことだろう。
「なんで急に?」
できるだけ重くしないようにと、笑顔を作ったつもりだけど、上手く笑えているだろうか。
「好きな人ができたんだ」
言葉が出なかった。君がそんな素振り、1ミリたりとも見せなかったから。
「だれなの?私が知ってる子?」
自分でもわかるぐらい声が震えている。風に吹かれて青いスカートが揺れる。終わりを迎えることに怯えているのか。
「悪いのは僕なんだ」
私の質問には答えず、目を少し逸らしてそう言った。


君は名前を出さなかった。
私の次に選んだ女の子の名前は教えてくれなかった。

その優しさが気に入らなかった。
私をできるだけ傷つけないようにする優しさ、新しい女の子を庇う優しさ。


最後までいい人でいようとしないでよ。


私があなたを好きになった理由が、気づけばあなたを嫌う理由になった。


                                    ***


ねぇ、どうして?
あんなに私たち仲良いね、なんて話してたのに?
いつか一緒になれたらいいね、なんて笑いあったのに?


あの子みたいに上手に笑えたら、あの子みたいに器用に泣けていたら、あの子みたいにあなたに甘えられていたら、こんな現実は訪れなかったんだろうか。

そんな疑問がふと浮かんで、答えには出逢うことなく行き場を失っている。


                                    ***


「私は…何が足りなかったの?」
「君に何かが足りないんじゃない」
「じゃあなんで!?」
やるせない気持ちが溢れて、大きな声を出してしまった。今にも泣きそうな私を見て、あなたは気まずそうに、こう言った。
「あの子に足りないから、守りたくなったんだ」

見る目ないね、あなた。


あぁ違う。
私の見せ方が下手だったのか。


                                    ***


あなたの好きな色のスカートを身につけても、あなたの好きだと言ってくれた笑顔を見せても、あなたの好きな「甘え上手」な女の子になっても、もうあなたには手は届かない。


もう傍にはいられない。


                                    ***


「さようなら」
そう言おうとした。あなたを忘れて前を向くために。

でも出来なかった。言葉に詰まった。
私の名前を呼ぶ私の大好きなあなたの声が、頭の中をこだました。
忘れようとしても、いくらやめてと願っても、その声はぐるぐると私の中を埋め尽くしていった。


                                    ***


ねぇ、お願い。まだ間に合うから。まだ今ならなかったことにしてあげるから。
今すぐに駆け寄って、私の肩を抱きしめてほしいの。
いつも私を抱きしめてくれてたように、強く優しく抱きしめてほしいの。

叶わないのは分かってる。
届かないことは私が一番わかってる。


私の方を向くのをやめて、私じゃない方を見つめるあなたを、少し後ろから眺めながら一言呟いた。


「さようなら」


続きは絶対に言わない。言ったら消えちゃいそうだから。消えて叶うこともなくなりそうだから。



だからそっと心の中にしまっておくの。



逃した魚の大きさに気づいて、あなたがいつかここに帰って来ますように。


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