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54歳のバイト体験記

1.

若き日に二子玉川のレコード屋でバイトしていた22歳の頃から30年ちょいの時間を経て・・・僕はアルバイトを始めた。


54歳の自称フリーライター、保険募集代理店、広報代理業などはあくまでも自称であって、架空の仕事と言っても良いくらいに無収入なのである。収入を得られなければ“無職”なのである。それでも金のこと以外は凄く楽しく生きていられる。清廉潔白なる理想の真社会主義思考でも、実は内面から湧きあがってくる資本主義大好き真理がどうにもこうにも割り切れない矛盾を生じさせてしまう毎日なのである。


仕方なく収入を得るために隣町の釣り具屋さんでアルバイトを始めた。社長も店長も僕より年下である。果たしてこれが長続きするのか見モノである。要は楽しく生きられないのならば、また転職すればよい。人生などそれで良いのだ・・・常人にはお勧めしない・・・だって僕、本当は困っているんだもの(笑)。


さて、年下の職場に爺さんが加入しても「なんなくやっていける」自信があったのに、実際に仕事場に入ると勘違いであったことが分かる。僕はそんなに物分かりの良い方ではないし、柔和な性格でもないことを忘却していたのだった。なんだか妙な雰囲気なのである。それでもそんな者でも雇用してくれた社長や店長に感謝しつつも、今回からは彼らとの交流などをここに記していくのである。

2.

釣り具屋には憧れがあった。実際に釣りをしていたというだけで釣り道具を売る人間にも憧れていたのだった。僕が釣りを始めるようになった80年代後半~90年代の初めには新宿サンスイや池袋サンスイ、大和市のサンスイ、池袋丸井デパートの釣り具売り場とかに仕事帰りに立ち寄っては釣り道具を購入していた。


特にサンスイの店員さんたちは、何となく餌釣り釣り師にない(失礼)かっこいい雰囲気を醸し出していて、またルアーやフライ用品を購入するときに親切に接してくれた。


実際にはサンスイに出入りする前から釣りを始めていたのだが、その時は渓流の餌釣りだった。その当時、僕は北新宿に住んでおり、歩いても行ける新宿駅近くや、中井や目白近辺の釣り具屋さんで餌釣りの竿と針に糸などを購入して、休日には車で奥秩父や丹沢の渓流に出かけていたのだった。


しかし、餌釣りには何となく抵抗を感じていたのだった。理由は釣行のたびに生餌を購入しなくてはならないからだった。ある日、ワカサギ釣り用のウジを入れたまま釣り道具をベランダに置き忘れていて、気がついてベランダの釣り道具入れを開けたらビニール袋から成虫になった蠅が数匹飛び出してきたのには驚いてしまった。


それ以来、餌釣り用の竿にテンカラ疑似餌を結びつけて釣るようになった。しかし、そんないい加減さでは魚は釣れない。そこでフライフィッシングを始めようと考えた。それもなんだか短絡的だが・・・。


池袋丸井の釣り具売り場でコータックの4~5番のフライセットを購入して、翌日、奥秩父に出かけた。秩父湖の上流・・・多少干上がり気味の荒川でフライを振ってみた。しかし、どうやってフライを飛ばせばいいのか見当もつかなかった。適当に2メートル先の間近な流れにフライを流してみる。フライと言ってもセットに付属していた出来そこない風のカディスであった。カディスは着水すると横に倒れて針が横向きのまま川面を流れていく。これでは釣れるはずがなかったが、当日は天気も良く、清涼なる山奥の空気とそよ風の中で釣りをする喜びを知った。


その後、「釣れない釣りこそ面白い」などと負け惜しみを言うのが口癖になったのも、この時の釣れる以外の喜びを知っていたからに違いない。

3.

54歳のバイト体験記は今回で終了である。何故って? 働いてから数日でクビになってしまったのである。笑ってしまう。働くことはこんなに大変なことだったのだと、今さら考えさせられた。


何故クビになったのか? レジ打ちに失敗したからである。レジはPOSレジである。POSレジというのは店内の売上計算だけにあるものではなく、在庫管理やらなにやらいっしょくたになったシステムなのである。釣り具屋は残念なことに中古釣り具も扱っており、中古釣り具の査定も行う。つまりはその査定に関するシステムも・・・何度も書くがオールインワンなのである(笑)。客観的には極めて合理的なシステムであり、無駄のないシステムなのである。


しかし・・・初めてそれを扱わなくてはならない・・・となると、多少複雑な作業になる。多少融通の効かないことはあるが、年寄りだから難しいのではない。


例えばお客さんが品物をレジに持ってくる。当然レジ打ちをしなくてはならない。で、レジを打つ。横では社員さんが査定を行って、その査定額をそのレジを使って入力したりするのだが、僕のレジ打ちを待つ訳である。ところがお客さんがクレジットカード決済だったりすると、カードシステム(カードを読みこませるだけだが)を起動させ、決済し、お客の精算を行う。ところがところがここに会員カードなるものがある。会員には買い物ごとに履歴が上乗せさせられ、のちのち割引の対象となる。で、このいくつかの作業が終了するのを社員は査定システムに入力するために待っているのである。査定を待つお客さんも当然待っている。


買い上げ商品を袋に詰める。商品には個々にセキュリティタグが付いているのでそれを解除しなくてはならない。釣り竿ならば“自鳴式”と呼ばれるプラ製のホルダーが付いているので、それを外して袋がついていれば、それに入れてあげて、ケースが付いていれば入れてあげなくてはならない。


これがまとまってくる場合がある。そうなると僕はお手上げである。しかし、慣れれば簡単にこなせそうな気もする。負け惜しみではなく、正直そう思うのだが、残念ながら「そこまで慣れる必要性を感じない」と思う・・・やはり捻くれた年寄りじみた嫌な気持ちが僕のどこかにあるのだ。


これを読んで「んなもん簡単じゃん」と鼻で笑っている販売熟練者の方々もおられると思うが、はじめからうまくこなせましたか? あらゆる仕事に業務に・・・「慣れ」は必要である。慣れは熟練者を生むが、慣れるまでは恐怖心が襲う。それに耐えて、多様なパターンを収斂してこそ熟練者となれる。


しかし、それに馴染めない者もいる。僕のように根っから頭が悪いのとかね・・・(笑)。それはそれでそこから去るしか道はない。熟練するのも面白いかもしれないが、それまでの精神葛藤や負担を避けたいのである。要は人生の甘えっ子なのである。落後者なのである。


おっと、クビになった直接の要因は僕がレジ計算を間違えたからに他ならない。僕は小学校低学年の計算でも根をあげてしまうほどに数字が嫌いなのである。よく今まで50過ぎまで計算できなくて生きられたものだなと思うと気があるあるが、ま、人生も無計画無頓着に無資産であり、将来の計算もできないから、今の惨めな自分がいるのである。


「計算できないものは人生の落後者となれ」なのである。では、さ・よ・お・な・ら。

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