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久しぶりに強く言いたいのは星里もちるのマンガを読んで欲しいってことだ。

ずーっと考えてたんですよね。星里もちるのマンガを初めて読んだのはいつだったのか。


色々思い返してみるとおそらく1988年の暮れか、89年年明けぐらいだったと記憶している。ちょうどボクは大学受験シーズンで私学の入試がスタートしたのが年明け1月下旬。某埼玉の外れにある大学で、滑り止めのつもりで受けるも撃沈、続く神奈川にある某私学も(これまた滑り止めフィーリング)撃沈と「ひょっとしてオレはバカ?」ぐらい滑り止め、もしくは保険程度に考えていた大学を次から次へと落ちまくった。まさに原秀則「冬物語」そのまんま(東)時でいくストーリー。違うのは受験会場で可愛い子と出会って恋に落ちるとか一切なかったことぐらいか。


今思えば「落ちるよね、それ」ぐらい軽薄な受験体制だった。東北に住んでいたので受験するにはわざわざ新幹線に乗らねばならない。乗車前、必ずボクはビッグコミックスピリッツを買うようになった。1987年秋に「きまぐれオレンジロード」が最終回を迎えて以来、漫画雑誌を定期購入する習慣はなくなっていたのだが、受験シーズンに入ることでこの習性は復活することとなる。さらに関東に出向くことで受験帰りに都内に行き中古レコード店を周ることにヨロコビを覚え、大型書店にずらりと並ぶマンガの山にいたく感動し、帰り道のボクのアタマの中は肝心の試験の出来よりもやっと買えたレコードやマンガのことでアタマが一杯だった。だって仕方ないすよ。中古レコード屋が1軒もなく、WAVEはあったけどそこに陳列してるのはビルボードチャートベスト10の常連ものばかりですでにロッキンオン読者だったボクにとってはなかなか食指が動かぬアイテムばかり。そりゃ関東近郊とはいえトーキョー・スタイルのカルチャー最前線にちょっとだけでも触れたら文化過疎エリアで窒息しそうな日々を送っていたボクからすりゃ受験って儀式が吹っ飛んでも仕方がないよ。


そんな日々の中でボクは星里もちるの単行本を見つけた。それが「かくてるポニーテール」なる作品。ちょっとSF風味の入った学園もの。主人公の女の子はジャッキー・チェンの大ファンでやたら正義感が強いってことはよく覚えている。なんだろうな、新井素子とかあの辺の日常SFのフレイヴァーと淡々とした物語の進行具合とか、妙にひっかかって「星里もちる」っていう作家の名前がインプットされたんだと思う。派手な話じゃないし、絵柄もアニメ的な要素もあって洗練されてポップな部類に入る作品じゃない。が、読んでて「嫌いじゃないなあ」と思い読み始めた。次に手にしたのが「いきばた主夫ランブル」で失業したアニメーターが主人公の「主夫」ものでいわゆるホームコメディ。これがちょい前の土曜グランド劇場、松木ひろしとかあの辺の脚本家が描きそうなホームドラマ調でボクの好みだった。「そのうちスピリッツあたりで連載始まるんじゃないかなあ」と漠然と予感してたらほんとに始まった。そう、あの当時のビッグコミックスピリッツのネクストニューカマーのフックアップはすごい的確だったんですよ。他誌でちょいとマニアック過ぎて埋もれてる才能を一気に開花させる見事な編集手腕。講談社で「未成年」や「永ちゃん」といった名作をドロップするもメジャー・フィールドではまだブレイクしてなかった土田世紀、麻雀マンガの巨匠に将棋を描かせる着想がお見事としか言いようがない能條純一は「月下の棋士」でブレイク・スルー、今や「昭和天皇物語」を描く小学館の宝だ。森山塔名義でエロマンガ・シーンで注目を集めていた山本直樹に「はっぱ64」、「極めてかもしだ」を描かせたのち「あさってDANCE」をスマッシュ・ヒットさせ、単なるトレンディ漫画を量産していた国友やすゆきにノワール・サスペンス(エロスも少々)にチャレンジさせたのは紛れもなくスピリッツの功績だった(「100億の男」)。のちの「幸せの時間」を始めとするソープ・オペラ路線は「100億の男」のヒットがなければ実現しなかったんじゃないかな。ギャグ漫画での功績はここであーだこーだ書かない。言わずもがなじゃないですか。


あきらかに時代をリードしている、高感度マンガ雑誌。モーニングのほうがよりマンガの純度が高い気はしてました。とはいえこの2誌をおさえておけばって雰囲気はありましたね。20過ぎの(当時のオレ)ユーザー視点ですけど。


星里もちるがスピリッツで描き始めた頃、ちょうど窪之内英策の「ツルモク独身寮」が終盤に差し掛かり、入れ替わるように始まった「りびんぐゲーム」、「結婚しようよ」とハートウォーミング・コメディ、ラブコメ枠にばっちり当てはまったと思っていました。高橋留美子がヤングサンデーに不定期連載していた「1ポンドの福音」がスピリッツで実現してたらわかんなかったと思いますけどね。


そんな星里がスペリオールに移籍、ほどよきペースで連載を続けていた頃、始まった連載が「本気のしるし」だ。


一見変わらずのオフビートでゆるめのコメディかと思いきや、どうも物語全体を包むムードが違う。不穏なのだ。デヴィッド・フィンチャー監督の映像ぐらい不穏でダークネス。話が進むにつれこれまでの星里ワールドとはまったく異なる角度へ転がっていく予測不能っぷりが見事過ぎて毎回読んでいた。とにかくヒロインの葉山浮世の魔性っぷりの凄まじさよ。映像化され、土村芳がいい具合に演じていたがまずは原作を読んで欲しい。堕ちるところまで堕ちていくダウナー・サスペンスな雰囲気はやはり原作のほうが上。まあこの主人公である辻一路もなかなかのダメ男なんですけどね。会社のお局細川さんに後輩藤谷美奈子(原作のビッチぶりは必見)と「決められない」優柔不断さで周りをイラつかせる。男が優柔不断なのはラブコメの鉄則でもありますけど、「本気のしるし」の辻一路の場合、そのモヤついた態度は読み手ですらイラつかせるのだ。「めぞん一刻」の五代くん、「きまぐれオレンジロード」の春日恭介ですらそこまで感じさせなかったよ!あ、ラブコメ優柔不断男の元祖は「翔んだカップル」の田代勇介か。失礼しました。


「本気のしるし」のあと、ボクはさらなるダーク・サスペンス路線を突き詰めていくと思っていたが、「怪獣の家」「光速シスター」とハートウォーム路線に戻ってしまった。ボク的にはこのへんの作品が1996年頃からスペリオールで連載されていた「夢かもしんない」に見られるちょい切なさをブレンドした軽いタッチのコメディ路線が好きだったので無問題なのだが、今にして思うともうちょい続けて欲しかったなァ、なんて。掲載誌は違うけれども「ちゃんと描いてますからっ!」みたいなJC漫画家(父親の代理)主人公のコメディも嫌いじゃないんです。久々のアニメーターもの「セルと羽根ぼうき」など作者の指向性としては原点回帰を目指してるのかしらん?と勝手に思ってるのだが。


とにかくだ。「本気のしるし」もそうだし、90年代中盤以降〜2000年代前半の星里もちるのマンガはもっと注目されてもいいよなァ。「りびんぐゲーム」に代表される「同居もの」路線の「ルナハイツ」とかしみじみイイんですよね。かつて高橋留美子が「めぞん一刻」や「1ポンドの福音」で描いてたような大人が読んでもほっこりするコメディを描ける作家って実はそういないじゃないですか。るーみっくワールドも時折発表される短編で読める程度ですし。そういう意味では星里もちるって貴重な漫画家だと思うんです。幸い電子では過去作品揃ってますし、「りびんぐゲーム」ぐらいしか読んだことねえやっていう元スピリッツ読者(推定40〜50代前半)はKindleぽちぽちしたらいいと思うし、そもそも知らない新規はどんどん読むべき。ドラマ版「本気のしるし」もイイんだけど、全体論としては原作越えしてないのよ。お局の細川さん役とか頑張って女の情念表現してるんだけども。なので映像から入るのもよし。とにかく手にとって欲しいし読んでみりゃわかるよ。初期の「かくてる〜」とか「いきばた主夫ランブル」は後回しでいいし、スピリッツ初連載となった「ハーフな分だけ」は時代性もあるので後回しでいいからネ。新規におすすめは「本気のしるし」と「夢かもしんない」(泣ける)、「ルナハイツ」の3本かな。次点で「オムライス」と「ちゃんと描いてますからっ!」ネッ(←語尾はクッキングパパのオマージュ)。さあポチれ。星里もちるのマンガがいかにあなどれないかってのがわかるはずだよ。

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