【えいごコラムBN(44)】a lion と the lion
ある授業で、前にも紹介した『ライオンと魔女』の一部を原書で読みつつ、英国の社会や文化について考察しています。
先日は主人公の子どもたちがビーバー夫妻の家でナルニアの事情についていろいろ話を聞く場面を読みました。
そこでナルニアの創造主、アスランのことが話題になり、ビーバー氏は彼らにアスランはライオンだと語ります。
この “Aslan is a lion—the Lion” のところで学生がつかえてしまいました。
訳そうとすると「ライオンです――そのライオンです」のようになってしっくり来ません。
仕方ないので、「じゃあミッキーに置きかえて考えてみたら?」と言ってみました。
あの有名なネズミについて、こんな会話が交わされたとしたらどうでしょう。
「この “the mouse” はどういう意味だと思う?」と聞いたら、彼女はしばらく考えて不意にこう叫びました。「わかった、世界に一匹だけってことだ!」
・・・やはり日本の学生にとっては、アスランよりミッキーの方がずっとイメージしやすいようです。
ミッキーは世界で一匹しか存在しない(ことになっている)ネズミです。
定冠詞のついた“the mouse” はその「世界に一匹だけの、特別なネズミ」という意味をこの2語だけで表しているのです。
上のBのセリフは、和訳すれば次のような感じになります。
「不定冠詞 a (an) 」と「定冠詞 the 」の使い分けについて、あるものが最初に話題に出たときは不定冠詞をつけ、二度目以降は定冠詞をつける、と教わります。
次の例を見てください。
じつはこれにも「世界で1つかどうか」が関わっています。
“Tom has a car.” は、世の中には車がたくさんあって、トムはそのうちの1台を持っているということです。
しかし “Tom washes the car every day.” でトムが洗うのは、世界でたった1台の車です。
なぜならトムの所有する車は世界に1台しかないからです。
また、初めて話題に出てくる名詞でも定冠詞がつくことがあります。
たとえば教室の窓が1つ開いていて、そこから風が入ってくるので、先生が生徒に次のように言うとします。
教室の開いている窓は1つだけです。
したがってこの際、先生と生徒の間で問題にされるべき窓は世界に1つしかなく、お互いそのことは了解しているのです。
ここで仮に “Will you close a window, please?” と言うと、「世界中に無数の窓があるが、そのうちの任意の1つを閉めてほしい」という指示になります。
生徒は自分が閉めるべき窓を求めて教室の外へさまよい出て行くかもしれません。
さらに、初めて出てくる名詞が「修飾語句」によって限定されている場合も the がつくことがあります。
次のような場合です。
ここでは wine という名詞が、後に続く「関係詞節」の “we drank last night” によって修飾されていることにより the がつきます。
世界中にワインがどれだけあっても、「私たちが昨晩飲んだワイン」はたった1つ(1本)だからです。
ところが次の文を見てください。
同じように wine が関係詞節 “that goes with whitefish” によって修飾されているのに、なぜ a がついているのでしょうか。
それはこの関係詞節が「世界でただ1つ」というところまでワインを限定しきれていないからです。
白身魚に合うワインは世の中にいくらもあります。
その中から1つ(1種類)を薦めてほしい、と言っているわけです。
日本語には冠詞がないので、日本人は名詞に the をつけるか a をつけるかについて無頓着になりがちです。
しかし英語話者の意識の中では、その両者にはアスランとふつうのライオン(あるいはミッキーとふつうのネズミ)ほども大きな差異があるのです。
(N. Hishida)
【引用文献】
Lewis, C. S. The Lion, the Witch and the Wardrobe. 1950. New York: HarperCollins, 2000.
(タイトルのBNはバックナンバーの略で、この記事は2014年1月に川村学園女子大学公式サイトに掲載された「えいごコラム」を再掲しています。)