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「いただきます」の前に読む 『初めての動物倫理学』

肉を食べるのはもうやめよう。

これは本書の帯文に当たるが、これを読んで皆さんはどのようなことを思うだろうか?

「またヴィーガンがなんかいってるよ、」
「やりたい奴だけやってればいいじゃん。」
「何を言われようと私は肉を食べ続けるぞ!」

などあまりいい印象を持たれない方も少なくない、あるいは多数なのではないだろうか。

実を言うと私もこちらの立場で、なぜ何千何万年と続けてきた食肉を突然辞めるのか、絶滅の危機に瀕している動物ならまだしも、食べるために繁殖している動物を食べるために殺すことに何の問題があるのか、甚だ疑問であった。

しかしその中で本書を手にとった理由は、これが食肉の否定を倫理学という学術的な立場から主張している点にある。これを読んだ上で少なくとも自分の中に肉を食べる明確な理由が見いだせれば、明日からも胸を張って肉を食べたいと思ったのだ。

つまり、肉を食べるのに忌避感があって読んだのではなく、肉を食べたくて読んだという点を以下、了承いただきたい。

動物を食べるのは可哀想?

肉食に対する批判の根拠として最もみられるのがこれだ。肉以外にも牛などの乳や鶏などの卵を消費することを否定する人も同じことを言う。
確かに、同じことを人間がされていたら否応なく可哀想以上の悲観的な感情を抱くが、彼らは人間ではないではないか、と私たちは思う。
しかし、動物倫理に言わせればこの前提が異なっている。

人間と動物は伝統的には質的に隔絶されたものだと考えられてきたが、現代の動物に関する知見はことごとく、この伝統的な人間特殊論の反証となっている。(中略)根本的なレベルにおいては、人間と動物に違いはない。現代の動物関連科学が教えてくれる最大のメッセージは、人間もまた人間という動物だという揺るぎない事実である。

(田上孝一『はじめての動物倫理学』p58〜59、集英社新書)

つまり、私たちと動物は動物というグループで一括りにできるいわば「仲間」であるといえるので仲間が食べられるのは可哀想というのだ。

これには納得できる点が少なくとも2点あった。
一つは科学的に思考している点、DNAが似ているというのは根拠として十分であり「同じ動物だよ」という主張を受け入れざるを得ないものである。

一つは食肉しない動物の範囲が明確になっていることだ。前者より、哺乳類や鳥類の肉食をしないというのは納得できたうえで魚や昆虫を食べることには寛容になって良いと解釈できるし、事実本書にそれらを食べることへの批判は見られなかった。

また、興味深い主張に「種差別」という概念があった。これは人間同士の関係の中の「人種差別」の動物種バージョンで、つまり牛や豚が受ける痛みや苦痛を人間が感じることと同じように考えるべきだという考えだ。
この考えも面白いが私が特に印象深かったのが、これに付随した次の主張、

 これがすんなりと受け入れるのが難しい立言だということはよく理解できる。しかしここで考える必要があるのは、現在の我々が直ちにその悪を実感できる人種差別も、ついこの間までそれが当然だと考える多くの人と文化があったということである。

(田上孝一『はじめての動物倫理学』p79、集英社新書)

この過去は確かに見過ごせない。それどころか今になっても人種差別がなくなる気配を見せないまでである。
例えば100年後200年後あるいは数十年後には肉食をする人間が差別主義的な人間だと揶揄される時代が来るのかもしれない。

このほかにも、古代の哲学者である、デカルトやカントが当時どのような動物倫理観を持っていたのかや、実際に19世紀初頭に動物を利用しないで生活することを実践した発明家の話などが載っている。

さらには倫理学の中でも功利主義や義務論などの様々な視点から、この行為は問題ないが、この行為はしてはいけないなど考察されているため、例え共感ができなくても、納得できる点が見つかるのではないだろうか。

それでも私は……

さて、ここまでは私が本書を読んで動物倫理に対して納得したという点を述べていて、あるいは私が肉食をもうしなくなったのではないかと考えている人もいるかもしれない。確かに本書で私は多くの学びを得た。しかしそれでも今後しばらくは肉食を続けるだろう。

大きな理由としては、私ひとりが変わったところで何も変わらないからだ。
これをいうと「まずはひとりから変わればいいじゃないか」と怒られてしまいそうだが、このように思ったのは本書によって私は「肉食を止める勇気」ではなく「流れに乗る準備」を得たと思っているからだ。

実際に本書においても現代の特に日本でいわゆるビーガンの生活をすることの難しさも語っている。今無理やり最善手を打つというよりかは、来るべき時のために今できることをするというのが確かなアプローチだろう。

その他について

ここまでは肉食についてのみ取り上げて動物倫理に関して紹介してきたが、本書ではそれ以外の動物倫理についても論じられている。例えば科学の発展のための動物実験や、伝統的に行われている狩猟、動物園水族館である。これらについては以前に私がそこまで問題意識として把持していなかったので紹介は控えさせていただく。気になった方は是非本書を手に取っていただきたい。

最後に

フランス料理のシェフが主人公のさもえど太郎の漫画『Artiste(アルティスト)』に好きなシーンがある。
引っ越し先を探す主人公が間違えて芸術家専用の住居の見学にきてしまい困惑しているのに対し、大家さんが「芸術はそんなに狭いもんなの?」と部屋を案内するシーンだ。

現代で芸術が人間の生活に不要だと思う人は少ない。
ではもし肉食が禁じられた世界で芸術としての料理はどのように私たちを
楽しませることができるのか、あるいはできないのか、
これが私がまだ肉を食べたいと思う一番の理由だったりする。

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