これは、あの日の自分と今の自分
「高校生のままじゃいられない」。
高校3年生のとき、部活を引退して、突きつけられた当たり前の現実。
専門学校、大学進学、就職。まわりがどんどんやりたい道に向かっていく姿をみて
「私にはやりたいことがない。仕事にするほど好きなことも、夢中になれることもない」と、とてつもなく悲しかった。
高校生活は部活に熱中した分、終わったあとは抜け殻に。現実と向き合いたくなくて、家でご飯を食べながら
「こんなにごはんがおいしいのに、私には何もやりたいことがない。このままブクブク太って死んでいくんだ」
と、母親の前で泣いたことを覚えている。今思い出してもおかしいやつだ。母親はそんな私を笑って「何言ってんの」と一言だけ困ったように、でもどこかうれしそうに笑った。
やっと自分の将来と向き合い始めた私を見て、母はどう思ったのだのだろう。
専門学校のような高校に通っていた私は、ど田舎の高校を卒業したらどうするのか真剣に考えたことがなかった。
「劇的ビフォーアフターの匠になりたい」
「インテリアコーディネーターになりたい」
そんなふんわりした理由で、我ながらよく結構な倍率の高校に受かったなと思った。なり方だって知らなかったくせに。
結局私は、最後までなりたいものは見つけられなくて、最終進路の面談で「野球が好きだからライターになりたい」とか言ってみたけど
担任に一生忘れられない一言を言われて、面談は終わった。その話はまた今度。
結局、決め手になったのはインターンしていた会社の社長の「人は人に磨かれる」という一言だった。
やりたい事がなくても、まずはたくさんの人に磨かれよう。内装にも興味があったし、毎日違うお客さんに会えるという理由で、県外のホテル会社に就職し、家を出た。
そこからの毎日は、怒涛だったけれど一生忘れられない思い出になった。自分の常識はちっぽけで、人を傷つけてしまう自分の弱さも思い知った。
そして、頑張ろうとしている自分に、世界は思っていたよりもずっと優しいことを知った。
そんな私も今は、紆余曲折あって、まったく違うインターネット業界で働いている。編集者とは、まだまだ胸をはって言えない自分だけれど、今の人生が少し好きだと思う日もある。
「なりたい私と、なりたかった私」
これは、北欧暮らしの道具店を運営する、株式会社クラシコムの映画『青葉家のテーブル』のキャッチコピーだ。
この言葉を見たときに、高校生の頃のあの気持ちを思い出した。そして、すぐに映画館に向かった。
ずっとずっと私だけの肩書きが欲しかった。でも、なりたいものがわからなくて、気づいたときにはもう、なり方がわかる年齢に。
劇中でリクが評価をおそれて勝負しなかった場面がある。すごく胸が痛くて自分に重なった。
評価は怖い。ときに、動けなくなったり好きだったものを嫌いになってしまうだろう。でも、発信しなければ、言葉にしなければいけないときがある。
「選ばないのは、捨てているのと一緒だ」。
友人が言った言葉がふと頭に浮かぶ。同時に理由をつけて怖くて動けなかった自分と、昔思い描いた自分が重なって、涙がポロポロと自然にでて、マスクの中に染み込んでいった。
見終わった帰り道、自分の人生が少し愛おしく感じた。
映画のあとに開いたnoteには、数え切れないほど下書き。きっと今がそのときだから、私は勇気を出して、こうしてボタンを押してみる。
私はこれからも変わっていくけれど、その時々でなりたい自分でいられるように。
この映画に出会えたことに心からの感謝を込めて。
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