今、フィリピンでキチママと暮らしてます。 第三期 (1)


 
天職
 
 
子供の時、天職って何だろうと考えていた。
 
そう考えさせられたのは児童福祉や障害福祉事業をしていた父の存在だった。
 
人を助けるという、そんな父を尊敬し、いつか私もそんな仕事がしたいと思っていた。
 
今、私はフィリピンのクラーク経済特区にある日系企業で働いていた。
 
その会社では生産コストを下げるために工程の一部をフィリピン国内にある外注工場に委託していて、その委託先というのがフィリピンでもインフラが全く整備されていない、まわりに収入になる仕事がほとんどない地方の農村や漁村だった。

私の仕事はそういうところにいるローカルのパートナーと協力してそこに職場を建て、技術指導員を派遣して、そこにいる人たちに仕事のやり方を教えて、仕事をしてもらうことだった。
しかも、そういう場所で仕事をしたいといってくれる人たちのほとんどはこれまでの人生で農業や漁業しかやったことがなく、しかも本業だけで生活をしていくことが困難な貧困層の人で、彼らは本業合間の副業をして、家族を養うための収入を得ることができる。

私の仕事は年数回、フィリピン国内を北から南へ下請け工場の視察に行き、そこに派遣している部下の指導をしたり、生産力拡大のためにビジネスパートナーとともに村長や地方役員、稀に市長と会うことも珍しくなく責任がある仕事だったし、しかもフィリピン各地に行きたい放題で、美しい景色をみて、現地の人と美味しいものを食べてそれを全て経費として落とせる、この仕事は旅好きにはたまらなかった。
 
たしか、あれはミンダナオの南コトバトにある周りが山々に囲まれた村にある小さな研修所だったと思うが、今まで農業しかしたことがないという若者たちへ仕事のやり方を教えて、その後仕事をしてもらった人たちに初めて給料を払う場面に立ち会ったのだが、初めての給料にみな感動して中には嬉しくて泣いてしまう子もいて、彼女たちの喜びに満ちた表情を今でも忘れられない。
 
そういう場面に立ち会う度に感じることは子供のころから人の助けになる仕事をしたいと思っていたそれが具現化されたこの仕事に心からやり甲斐を感じ 、父を見て思った「天職」とはこういう仕事のことなんだと思っていた。
 
 
しかし、フィリピンにきてそんな夢のような理想の仕事に就くことができた私にも、一つ大きな悩みがあった。
 
それが、私の職場の人たちと度々問題を起こしてきたキチガイなママこと、キチママの存在だった。
 
***
 
私は今の会社で働き始めたころ、先輩や上司が5人くらいだったが、今年6年目になる現在9人いる日本人の中で私は3番目に経験が長い中堅社員で日本から赴任している社長を除けば、上から3番目の序列となっていてそれだけに社内での責任や発言力も大きかった。
 
その日もいつものようにデスクで仕事をしていると職場の後輩が私に話しかけてきて、「自分の部署にいる子が先輩の奥さんから嫌がらせを受けているらしいんですよ」と言った。
 
私は「またかよ・・」とため息と憤りを感じながらもその話をきいていた。
 
その従業員というのがヨシコ(仮名)というフィリピン人女性で、もと私の部下だった。
 
実は相談に乗った時点では、なぜ私の奥さんすなわちキチママが彼女に嫌がらせをしてきているのかという理由が不明確であったがこれまでの経緯から疑いもなく私は「どうせまたキチママが悪いだろう」という考えで話を聞き始めていた。
 
その理由がこれまで幾度にもわたりキチママが私が働いている会社の従業員に嫌がらせをしてきて、標的となった従業員をSNS上で誹謗中傷したり、脅迫メッセージを送り付けるなど問題を起こし、そのたびに私が関係者に謝罪し、会社にも説明して収めてもらった経緯が何度もあった。
 
数か月前にもキチママが起こした問題のために私がその責任を取るため退職届を出したが、「精神病を患った家族が起こしたことだ」ということで、上司には穏便に処理してもらい、「次はない」と私自身覚悟していた。
 
これまで私は家族のために一生懸命働いてきたと思っている。でもその家族に足を引っ張られるのはもういい加減にうんざりだった。だからそのあとすぐに私は「また、うちの従業員と揉めてるの?やめてくれって前、言ってるよな?」
と彼女に感情的なメッセージを送ったのだった。
 
キチママはすぐ返信してきて、「あんたんとこの社員が何をしたのか、そいつをホテルかどこかの個室に呼んで話させて、きっちり謝罪させなさい!じゃないとまたあんたの会社に迷惑かけるわよ。そうなったら困るのはあんたでしょ」という脅迫するような内容が書かれていた。
 
 
昨日まで機嫌がよく、年末は海の見えるリゾートで過ごそうとホテルを予約したり、クリスマスのギフトの話をしたりお互いの関係がよくなっていると思ったが・・。いつものことながら、私は怒りがこみ上げてきてもう仕事どころではなくなっていた。
 
 
その後、なぜキチママが今回ヨシコともめているのか何度も聞き出そうとしたが、「直接、ヨシコに聞け」と一点張りだったので私の部下に頼んでヨシコの周りでおきている問題を調査してもらったところ、最近従業員の間で「ヨシコが私の後輩に色目を使っている」という噂が流されているようだった。なぜそんな噂が流れたのかさらに調べていったところ、ヨシコは最近新しく配属された部署で社員教育を行っていたが、彼女の強気な性格や物言い、そして若くして役職者に抜擢されていることが昔からいる社員たちから反発を買ったのではないか、というのが私の最終的な見解であった。
 
そして、恐らくその社員がキチママにコンタクトを取った。もしくは会社内の情報を誰でもやり取りできるSNSのグループチャットが存在するということを以前キチママから聞いていたので、そういう場で出た話だったのかもしれない。
 
どちらにせよ、ヨシコに不満を持っている社内の人間が単純なキチママを利用して問題を起こしている。私はそう直感した。なぜなら、キチママが絡んだ過去の問題全て、そういった社内の人間関係のもつれから発展していた経緯があったからだ。
 
本来、そういった従業員間の個人的なトラブルにマネジメントは首を突っ込まない。部署間の問題や業務上のトラブルとなると別だが、私も従業員の噂話一つ一つ聞いて解決していくほど暇でもない。そもそも従業員が1000人以上いる会社で当時半分近くの従業員がいる部署をみていた私にそんなことできるわけがない。
 
だが、キチママがそういった話を聞き、会社のマネジメントの一員である私に話をするとその従業員に言うだけで、状況が一変するだろう。実際にそういったことが過去何度もあった。だから私が彼女の話に聞き耳を持ち、問題解決に動かないとキチママは面子をつぶされるわけなので、彼女は怒り狂い、暴力行為に及んだことが実際にあった。
 
標的となった従業員をクビにしろ!でなければ会社に迷惑をかけるわよ!と脅迫をしてきたこともあった。でも会社の関係者でもないキチママがそういうことをすること、それこそがおかしな話なんだ。
 
だからこそ、余計に腹が立った。
 
仕事で朝から忙しくてイライラしていたこともあったし、その上で個人的なことで仕事に集中できないことにさらに頭にきた。キチママに対しても、そのキチママを利用している連中に対してもだ。なぜならば、私がもしヨシコを叱って、それを知って喜ぶのはキチママではない。そのキチママを利用している連中だ。それは会社の従業員かもしれないし、全く関係ない部外者若しくはその両方の可能性だ。なので私はできるだけ早く何らかの形で自分の立場を明確にしたいと思ったが会社でそれをやると自分の職務が絡んで余計に話をややこしくするので、その日の夜、私はこんな書き込みをSNSで投稿した。
 
 
「日本には『虎の威を借る狐』ということわざがある。狐は自分が虎だと勘違いして周りに威張り散らしているし、その周りもその狐を虎のように扱っているので、見るに堪えない。そしてその周りの人たちはその狐を利用して自分の利益を得ようしている。なのでそんな人たちにこう言いたい。その虎は威を借る狐もその狐を利用する者たち、どちらもサポートする気はないし、その虎の邪魔するならどちらも敵である」
 
その投稿はなんと100件以上のいいね!が押され、多くの人たちから「よく言った!」というコメントが寄せられていた。そのことから、すでにこの話は勤務先の従業員の間で広まっているのだろうと思った。
 
私のSNSを多くの職場の人たちがフォローしているため、すぐにキチママやキチママを利用しようとしている人たちに情報が拡散すると確信していた。事実、その数時間後、その投稿にキチママから「F〇CK YOU!」というコメントが書き込まれていた。
 
私のこの投稿がキチママの顔に泥を塗ったのは言うまでもない。
 
キチママはプライドが高い。だから彼女にとって私の取った行動によってそのプライドを傷つけられたのだ。彼女にとって、面子こそ全てなのだ。
 
だからこの私の取った行動が、この問題をさらに深い深い泥沼へ突き落としてしまったことは言うまでもない。
 
 
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