今、フィリピンでキチママと暮らしてます。 第三期 (3)

反撃の狼煙
 
 「今回のことについて、まず私は彼女(キチママ)に謝らないといけないと思ってました。なぜかと言えば、今まで彼女が会社の人と問題を度々起こしてきたという経緯があったもので、今回のことがその延長であると初めに疑ってしまったことです。」
 
 
まず冒頭から、謝罪を口にしておいてから、その理由について簡単に説明した。すると、
 
 
「彼女が起こした問題?それって、どういうことなの?」とVAWCの女性が食いついてくる質問をしてきたので、これまでキチママが私の勤務している会社の従業員に対して起こしたトラブルの数々とそれに対して私が責任を取らされてきたことで私も精神的に参っていたということを説明した。そのうえで
 
 
当初、キチママが私にヨシコが何をしたのか、はっきりと説明しないまま謝罪をさせるように要求してきたため、彼女に反論する態勢を強めてしまったが、あとになってからキチママが今回娘のために戦っていると知り、私は自分の愚かさを後悔している、という内容を話し、最後に、「あなたのことを理解していなくて、本当にごめんなさい」と頭を下げた。
 
私はここで、日本で働いているときに学んだ、「激怒している客に対して、本当に申し訳なさそうに聞こえる声の出し方」を使って、切々とキチママに向かって深々と謝罪した。
 
 
そして、涙目交じりの顔をあげ、私は続けてこう言った。
 
「でも会社というのは、社内規則というルールに準じて従業員を管理しています。今回ヨシコがしたことはたしかに悪いことですが、一切社内規則に反する内容ではなかったため、残念ながら会社という場所では個人的な理由で従業員を裁けませんし、万が一社内規則に反する内容で罰した場合、会社として労働法に問われることになるでしょう。」
 
そういうと、VAWCの女性やバランガイ長も「確かにそうだな・・」という表情をしていた。
 
 
「それにヨシコは私が担当する部署の直属の部下ではありませんので、部署が違えば私は従業員に処罰を下すこともできない、それが組織というものです。彼女が何らかの問題があるとしても、彼女の処罰は人事担当が執行し、彼女の上司が承認するものでなければなりません。そういった組織の仕組み上、私には彼女を直接罰する権限はありません。彼女との仕事上以外で関係は一切ありませんが、こういった理由により彼女(キチママ)の要望に答えることができなかったんですが、それを理解してもらえず誤解を招いてしまったと思っています」
 
今度は切実に会社のルールや組織の仕組みについてVAWCの女性の目を見て訴えたのだった。すると、
 
「大した演技ね!その人が言っていることは全部でたらめです!日本の会社でマネージャーなんですよ!だから、なんでもできるにきまってるじゃないですか!うそばっかいうな!その人が言っているのは全部でたらめです!」
 
横で聞いていたキチママがそう叫ぶと「黙って聞きない」となんとVAWCの女性がそれを静止したのだった。
 
ここにきたらもう私のペースである。最後に私はこう付け加えた。
 
「自分の娘の悪口をいわれて黙っていられる親はいません。もしこれが事実なのであれば私は父親として(ヨシコを)許すことができません!しかし、今ある証拠だけで本当に彼女がやったことなのか、立証するすべはありませんがどう思われますか?こういう画像は今の時代誰でも簡単に作れるんですよ。これだけで、あなた方はヨシコがやったことだと断言できますか?私はそれほど、法律に詳しくないのですが、難しいんじゃないでしょうか。ですので、その真相を解明することが一番大事だと思います。そのために私はできる限りの協力は惜しまないつもりです」
 
と言い終えたとき、私はこれで完全にバランガイ長とVAWCをこちら側に引き込むことができたと確信した。
 
その証拠にキチママが「この人、そのヨシコが関係を持っているから庇っているのよ!この人のいうことを信じないでください!」と何度も強調してきたが、そのたびにVAWCの女性が「会社ってそういうものじゃないのよ!」と組織の仕組みについて、逆にキチママに説明している姿があったのだった。
 
最終的には、VAWCはキチママとヨシコを同じテーブルに着かせて話し合いの場を設けることに同意しますと言ってくれた。そこで私はその女性の連絡先を聞き、ヨシコと直接話して今後の対応について話してもらうよう提案をした。これ以上、キチママから一方的にヨシコが攻撃にさらされるような現状を続けるわけにはいかない。そのためにはVAWCというフィリピンの福祉に従事している人に介入してもらう以外に方法がないと思ったからだ。私の提案した内容にVAWCの女性は快く承諾した。だが、キチママはヨシコの公の場での謝罪もしくは謝罪の動画を要求していたため、キチママは今回のバランガイの判決に全く納得しておらず、むっとした表情をして何度もVAWCの女性に訴えていたが、聞いてもらえなかった。そのあと、その場に残ったVAWCの女性に、私の立場を理解してくれたことについて深くお礼を伝えてから、帰宅した。
 
翌日、私はさっそく同僚とヨシコを会議室に呼び出して、バランガイで起きたことを話した。ヨシコは疑心暗鬼になっていて、はじめはそのVAWCの女性と話すことを躊躇っていたが、「そのVAWCの女性ならあなたことを理解して、助けてくれると思うから、俺を信じてほしい」と説明すると、「わかりました」と言って、納得してくれた。
 
私がVAWCの女性に電話をかけて、そのままヨシコに代わってもらい、ヨシコは泣きながら、今の状況について説明して、最後はしっかりと納得したような返答と、安心したような表情で電話を切った。
 
「どうだった?」と私が聞くと、VAWCの女性もヨシコが悪いことをしていないとことを信じてくれたようで、逆にキチママを訴えることを提案されたようだった。
 
「私、あなたのパートナーと戦います!」
 
と強いまなざしを向けてきたので、「立場上、私はサポートできないけど、邪魔もしないから思いっきりやりなさい!」と彼女を励ましたのだったが、その言葉に嘘はなく彼女の反撃はもほや電光石火のカウンターパンチと言ってもよい鮮やかさだった。
 
*****
 
それは私がバランガイに出頭を命じられてから、翌日の夜だった。
 
見知らぬ番号から電話が掛かってきたので、不安になったが出てみるとヨシコだった。
 
VAWCの女性とヨシコが電話で話したあと、ヨシコがキチママを逆に訴えるときに連絡がつくようにと私の連絡先を教えていたのだった。
 
「今、あなたの奥さんが住んでるバランガイにきてます。今から奥さんをつれてこれますか?」
 
 
と言った。なんと、ヨシコはその日のうちに、キチママが住んでいるバランガイに乗り込んできたのだった。彼女の行動力というか、度胸に驚いた。私はすぐにキチママに連絡をして、現地で落ち合うことにした。キチママとしても一気に畳みかける気まんまんといった感じだったのだろう。
 
 
私は着の身着のまま、タクシーに乗り込んで現地に向かうと、そこにはキチママと私の娘、ヨシコ、そしてヨシコの応援に職場の人たちが駆けつけていて私を見るなり元気に「Hello,Sir」と明るい挨拶をしてきてくれたのだが、こういう場で会うと何とも面目ないような気持ちだったが、私たちはヨシコとともにバランガイの会議室のようなところに通され、そこで先日同様にバランガイの人とそのバランガイを担当しているVAWCの女性が座っているテーブルに座った。
 
VAWCという人たちは女性を虐待や差別から守るためにどのバランガイにも数名配置されているとのことだったが、今回キチママがSNS上でヨシコを誹謗中傷したことについて、ヨシコはキチママに謝罪を求めていたのだが、このVAWCはキチママの味方として出席していた。(どうやらもともとこのVAWCの女性とキチママは知り合いだったらしく、今後もこのVAWCの担当の存在が私にとっても問題になってくる)
 
 
そこでキチママとヨシコの説明が交互にあり、最後は私にも意見を求められたが私は先日同様に「このメッセンジャーの写真が事実であれば許しがたいことです」と前回と同じような発言をして、結局その日は話がまとまらず次週もう一度当事者が集まることとなった。
 
その翌週の土曜日、私は仕事だったが、事情を説明してその時間仕事を抜け出してバランガイオフィスに向かい話し合いに出席したがその日も話し合いは進まず、3回目の話し合いを設けることになった。私もそうだが、ヨシコも仕事を抜け出しているし、まだコロナが蔓延しているころで、こういう感染しやすい場所に娘をつれてくるのは安全上よくないと思っていたので、2回目以降、キチママとヨシコがメインで話している間、娘を連れてバランガイホールの外で遊んでいたが、3回目の話し合いの場でやっと決着がついた。
 
その日はこれまで出席していたVAWCの人が出席せず、代わりにヨシコの両親が出席していた。これはキチママと友人であるVAWCが意図的に外されたのだろう。なぜならこれまで何度かVAWCがヨシコに対して厳しい態度をとって、バランガイの人(ここでは長ではないが)に静止されていた。
 
タガログ語なので私は何を話していたのかまったくわからなかったが、ヨシコの父がバランガイの人に話をしたあと、ほぼ一方的な展開でキチママが今回の件でヨシコに迷惑をかけたということで書面で彼女に対する謝罪文にサインするという形になったようだった。
 
それに対して全く納得できないキチママは何度もバランガイの人に反論していたが、すぐにヨシコの父がそれを一蹴したのだった。「ヨシコお父さん、何者?」と思わずにはいられなかったが、ときおりヨシコの母も口挟んでキチママはここではじめて全く反論できないような状況に陥っているようにみえた。
 
娘が「ママ、お腹空いた」と言い始めたので、「ちょっと、外出てって」と私に強い口調で命令してきたキチママに素直に従い娘を連れて会議室から出て近所のサリサリストアでお菓子を買って食べさせていると、決着がついたのかヨシコとその両親が会議室から出てくるのが見えた。

そしてそのあと今にも破裂しそうな風船のような悔しさを隠しきれないキチママがこちらに歩いてきて、私を見るなり「全部、あんたのせいだ!」と言って私を睨んで怒鳴りつけたのだった。
 
 
「あんたが最初から私の言うことを聞いていればこうならなかったじゃない!ぜんぶあんたがわるいんだ!あんたがヨシコに謝罪させていたらこうならなかったのよ!」そう私に怒鳴り付けて、娘の手を握っていた私の手を無理やりほどいて、「もう二度と子供たちに会えるって思うなよ!!一生後悔させてやる!」と、バランガイホールに響き渡るような大声で喚き散らして、娘を強引に連れてキチママはその場を去ったのだった。
 
あとからヨシコに聞いた話だが、どうやら話し合いの流れで、ヨシコが娘の悪口を言っていたメッセンジャーの画像は実は「キチママが裁判を有利に進めるために捏造した偽物」だということを自供したようだった。これが決定打となり、調停はお開きになったのだという。
 
これについては、私も驚いた。にしても、ヨシコのお父さんは何者なんだ?と思わずにいられなかったが、キチママの性格を考えればヨシコに恥をかかせるため、それくらいのことはするだろうと今思えば、そう考えることもできる。そういう人なんだ。キチママという人は。
 
 
それにしても、事実を捏造してでもヨシコに罪を着せようとした本当の理由は一体何だったんだろうかと思ったが、そのときは早くこの問題が収まってほしいの思っていたし、正直もううんざりしていた。
 
 
 しかし、残念なことにこの問題はさらに泥沼に入っていくのだった・・。
 

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