今、フィリピンでキチママと暮らしてます。 第三期 (2)

VAWC(バウシー)
 
キチママが職場のヨシコと揉めていることが発覚してから、キチママは私に毎日のように「ヨシコに謝罪させろ」というメッセージを送ってきていた。
 
だが彼女が何をしたのかということは一切言ってこないので、何が原因なのかわからなかった。
 
 
私はもと部下を通してヨシコに話を聞いてみると、どうやら彼女が私の娘の悪口を言ったというような内容でキチママはSNSにヨシコ本人や彼女の友人、家族の誹謗中傷をしているようだったが、それがどのような内容でどういった経緯でキチママにその内容が伝わったかなど不明確な部分が多く、ヨシコ自身もキチママがなぜそんなことを言っているのか理解できないと泣いていたらしい。
 
ここまでくると、話が大きくなり、小火が山火事になってしまうと思った私は正直に上司に今起きていることを報告した。すると、早期解決を指示されたので後輩に協力してもらい、キチママと繋がっているだろうと思っている人間一人一人と面談をしていったところそのことがキチママに伝わり、会社で私が行っていることをやめるよう、脅迫をしてきたのだった。
 
キチママはこれまで私の親兄弟、友人など弱みになりそうな人を利用して、何度も脅迫をしてきた。今回は上司のSNSのアカウントを見つけて「この人に連絡したらあなた、困るわよね?」とメッセージを送ってきたが、事前にその上司にキチママから連絡がいくかもしれないからと説明していたので、メッセージを見る前にキチママのアカウントをブロックしてれた。
 
そしてキチママは自分を従わせることができないと知ると、いつもの通り、「子供に二度と会わせない」とか「訴えて日本に強制帰国させてやる」といったことを言いはじめ、最後は「殺し屋を雇った」と言ってくるそんな幼稚なキチママからのメールを無視し続けた。
 
 
そんなことが2週間ほどあったので、さすがに心身ともに私は疲れ果てていたが、そんな私をさらに追い打ちをかけることがおきる。
 
その日、仕事が終わり家に帰ると、ダイニングテーブルの上に真新しい茶色い封筒が置いてあり、その封筒を開けると私は驚愕した。別居後もカギを変えていなかったためか、キチママが家に入って、置いていったのだろう。
 
その封筒の中には、バランガイからの召喚状とヨシコが誰かとチャットしているメッセンジャーの画像が入っており、その内容は明らかにヨシコが私の娘の悪口を言っているものであった。
 
そして一番下に「召喚状に書かれている日時にバランガイに出頭しなさい。ヨシコを庇っているあなたを児童虐待で訴える」と殴り書きされた紙が入っていた。そこにははっきりと「Child Abuse(児童虐待)」という文字が書かれていた。
 
こいつ、頭いかれてるな・・・。虐待しているのはお前だろうが・・。
 
フィリピンのバランガイには「バランガイ司法制度」という高額な裁判を起こすことができない人たちのために調停や仲裁を行う制度がある。
 
今回、ヨシコが娘の悪口を言っていたことに加担したとして、バランガイ司法制度に基づいて私を児童虐待の罪で訴えるという内容だった。
 
私からすれば、「ふざけるけるな!」という話なのだが、こうなってしまったからには何も対策を講じないと本当に強制帰国にされてしまうと不安に思った私は、すぐに何人かの知人に相談した。
 
そして何点かわかったこと、それはこのバランガイからの召喚状は決して無視していはいけないということ。無視をすると、マイナスの評価になるというもので、実際に無視して悲惨な体験をした人の話をきいた。そしてもう一つは女性社会であるフィリピンで女性の意見が優先されるため、ほとんどの場合男性は裁判で勝てないという事実だった。
 
もう一方で、法律に詳しい元上司に電話で相談したところ「できれば早めにキチママに謝まったほうがいい」と言われた。さらに土下座や泣きながら訴えるような大げさなパフォーマンスも過去の経験談としても助言をうけた。
 
そしてもしそれができないのであれば、ヨシコに謝罪させたほうがいいとも言われた。ヨシコは私の部下になる前、その人の下で働いていたため、「彼女は真面目ですごくいい子だ。だからちゃんと頼めば、謝ってくれるだろう」と私に教えてくれた。でなければ、バランガイで外国人男性の私はかなり不利で、勝てる可能性がないとまで言われた。
 
どちらも難易度が高かったが、児童虐待であれば禁固刑に値する。こんなくだらないことで、自分の人生を棒に振るくらいなら・・と思い、私は部下にヨシコとの面談をセッティングしてもらい、今回の件について話し合った。
 
「なぜこんなことになってしまったのかわかりません・・」と泣きながら話しているヨシコに嘘は感じられない。しかしそんな彼女には悪いとは思いながらも自分が助かるために「謝罪してくれないか」とお願いをした。
 
 
現に証拠として、ヨシコがメッセンジャーで誰かに子供の悪口を言っている証拠が取られてしまっている。どんな経緯であったにせよ本人がいないところで誰かの悪口をうっかり言ってしまうことは誰だってあるが、その画像を取られてその相手に渡っている時点で立場は不利だということを説明した。
 
するとヨシコは「わかりました。そこまで仰るんであれば、私、謝罪してもいいですよ。でも、はっきりいってこれ私じゃありません。私、誰かとこんな会話した記憶ありません。だから、偽造だと思います」
 
・・え?どういうことだ?
偽物?
 
少しの間、思考がフリーズした。そしてよく考えてみた。
 
確かに、その人のSNSのプロフィール画像を使えば、あたかもその人が言っているように偽造することは技術的に容易なことだが、果たしてそんな幼稚なトリックをするような人がいるか?簡単にバレるだろう。いや、そもそも彼女が言っていることは本当なのか?・・と。
 
正直この時点では誰が本当のことを言っているかはさっぱりわからない。でも、今までヨシコと働いてきて、彼女の仕事への真面目さ、忠実さから、ヨシコがウソをつくタイプの人間ではないとわかっている。
 
それに比べてキチママはウソまみれの人間だ。自分が気に食わない人間をどん底へ落として、その不幸をあざ笑うことを喜びとして生きている人間だ。どちらを信じるべきなのか明白なのだが、今はそんな状況ではない。それでもヨシコは私のために、その罪を被ってくれると言ってくれているが、そんな彼女を自分のために犠牲にさせていいのか?
 
少しの間考えたが、やはり私にはそれができなかった。
 
私はヨシコの謝罪をあきらめることにした。私の会社での立場を利用すれば強要できなくはないし、現に彼女は罪をかぶってくれると言ってくれている。でも、それは人の道に反する。そんなことをしたら、私を生み、育ててくれた親や祖父母に顔向けできない。そんな気がした。
 
だから、「わかりました。やってないっていうのなら、謝らなくていいよ。あとは自分で何とかするから大丈夫だよ。忙しいところ話してくれてありがとう」と言ってヨシコを仕事場に返したのだった。
 
 
正直なところ、現在の状況で勝てる見込みゼロ。それでも、何もしていない人に無実の罪を着せて自分が助かるような選択はしたくなかった。
 
となれば、私ができることは「プライドを捨てて、キチママに謝ること」だけだった。
 
 
****
 
 
バランガイへの出頭する当日、計画外の問題が一つ起きた。
 
それは元上司のアドバイスで、言葉を全て理解できない私が不利な立場になることを言われないように通訳を同行させることを勧められていて、知人の紹介でフィリピン人の通訳を雇ったのだが、その通訳から直前にテキストがきて「子供が階段から落ちて大けがをしてしまいました。今から病院にいくので行けません」とフィリピンでよくある言い訳でドタキャンされてしまった。
 
何から何まで予想外に悪い方向にいっているように感じていたので、私は普段ポロシャツとジーンズで働いている為めったに着ることがないワイシャツとスーツにネクタイを締めて、覚悟をきめてバランガイホールに向かったのだった。
 
途中、アパートの管理人さんが住んでいる場所に向かい、状況を話した。なぜなら、この管理人はこのバランガイに何十年と住んでいて、そのバランガイ長と仲良くないわけがないと思ったからだ。案の定、旧知の仲ということがわかり、事前に彼を通して「この日本人はこのバランガイにある家にもう6年近く住んでいて、一度も問題を起こしたことがない、真面目な人間だ」ということを伝えてもらうことにした。
 
フィリピンは役所は賄賂やコネが最も有効だと昔上司に教わったことがある。オーナーや管理人にとっても、今回の件で私が強制帰国になり法人名義で長期で借りてくれる客を失うようなことはしないだろうと思い、上手くいくかはわからないが、ある種の保険として、何もしないよりはましだろうと思った。
 
その後、ゆっくりと時間前にバランガイホールの前に到着し、建物の前にある椅子に座ってまっていると、そこに少し遅れてキチママと兄一郎、そして2週間ぶりにあう私の娘が入ってきた。
 
娘は私を見るなり「ダーーディーーー!」と走り寄ってきて、抱き着いた。
 
私は両膝を地面につき、ぎゅっと娘をハグをした。私は「もうこの子に会えないんじゃないか」そう思うと、涙が溢れてきたが、そんな私の目をじっと見つめてから、今度は娘から私をハグしてくれた。
 
 
その後、私の左側にキチママが、右隣に娘を座らせ、目の前にはバランガイの男性ともう一人、Violence Against Women And Children(VAWC)(女性と子供を暴力から守る組織)の中年の女性が座った。
 
「それでは何があったの?」とVAWCの女性がキチママに話しかけると、これまでの経緯をキチママは切実に時折涙声となりながら、その女性に説明し、バランガイの人とVAWCの女性はそれを相槌を打ちながら黙ってきいていたが、ときおり驚いたような表情をして私を見るようなことから、恐らく私の立場が悪くなるようなことを言っていると思ったが、私は凛とした態度を取るように心掛けていた。するとキチママの話が一旦終わったところで、今度はVAWCの女性が私に質問を投げかけてきた。
 
「その女性、ヨシコさん?彼女がやっていることはあなたの娘さんに対する言葉の暴力、虐待なのよ?あなたはその女性を庇うんであれば、あなたがやっていうことは同罪よ。あなたが最初から彼女(キチママ)の言うことを聞いて、その人に謝罪させてれば、こうならなかったのよ。あなたの奥さん、あなたの娘を守ろうとしているのよ。どうなの?」
 
その質問の内容を聞いた時点で、完全に自分はアウェーで、100対0くらい圧倒的に不利な状態であると私は悟った。現に今バランガイの人とその女性はまるで私を犯罪者のように見ている。そんな気がした。
 
なので私は、となりで何のことかわからず、おいしそうにチョコレートを食べている娘の顔みて、一瞬ニコッと笑い、視線をVAWCの女性の方へ向けた。

そして、一瞬大きなため息のような深呼吸をついてから、私は覚悟を決めて話し出した。
 

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