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笑いの正体

以前、フジテレビへ派遣社員として出向をしていたことがある。
ゲームやアバターなどのデジタルコンテンツを制作する部署の運営とライセンス元との調整などの渉外のような仕事をしていた。
部署は、当時できたばかりだと思うダイバーシティの裏にあるビルだった。
球体の本社の方からすこしずつ部署の引越しをし始めた時のことだった。
私のいた事業部は、それから数年、球体の本社と分室のような我々の部署と2つの場所で運用がされていた。
働き出してから2年目の終わり、社長が変わったり、部署の再編などがあった年の暮れだったと思う。
同じ事業部の忘年会が開かれるということで、半ば強制参加のような形で恵比寿の忘年会会場へ行かされた。
忘年会の幹事の1人に、同じ部署の社員も名を連ねていた。
彼は、その真面目な性格にはあまり似合わない当時彼が扱っていたゲゲゲの鬼太郎の子泣き爺のコスプレをして幹事に混じって余興のようなことをしていた。長身でスタイルの良い彼の子泣き爺は、ひどくすべっていた。
宴も終盤になり、メインのイベントとして、フジテレビの番組であるIPPONグランプリのパロディ(というかそのもの)をやるということになった。
さすが自社の番組で、プロジェクターに映し出される蓋絵などはホンモノ出会ったと記憶している。
私は、となりに座っていたプログラマーの同僚と暗澹たる気持ちになっていた。
私たちはお笑いを見ることはあるが、熱心なファンでもないし、テレビでやってたら見る程度。M-1の優勝者もTHE MANZAIの優勝者も知らないし興味もないのだ。IPPONグランプリも、ほとんど見たことがない。なにかそういう名前の面白い番組があるということを知ってるのみだ。
「入り口で配った、番号の書いた紙を出してください」
入り口で確か番号の書いてある紙が配られた。私は15番だった。となりの同僚は8番だった。ビンゴゲームのガラガラが回されて、出た数字の人が前に出る。4〜6人が前に立たされ、プロジェクターへ写された写真を見て一言大喜利をするのだ。
写真で一言
「なんだよこれ…」
となりでプログラマーの同僚が独白。
私も完全に同意だ。なんだこれは。一言大喜利をやるだって?しかも前に出ていって?知らない人の前で?部署は全部で30人以上はいる。
事業部長は90年代の有名なドラマのプロデューサー、その年異動してきた人の中には、大人気のお笑い番組を長年演出していた有名な演出家もいる。こんなメディアの中でテレビを作ってきた人らの前で、大喜利を?
寒さの極みだ。本職のお笑い芸人も気が重いだろう。
私は、「ぜったい当たらないでくれ」と祈っていた。
最初の4人が前に出て、事業部の中の担当を言って名前だけの自己紹介。
IPPONグランプリもどきが始まる。
当然、回答はおもしろくない。
1人くらいおもしろいことを言える人がいたり、仕込みで笑ったりするものだが。
さらに、我々の気持ちを暗くさせたのは前に出て、ゲームに参加させられている人のメンツだ。どうやら役職者と幹事以外の従業員は全員参加することになっているようだ。4〜6人くらいで回し出すと4回ほど人が入れ替わったら、必ず当たる。
入り口で渡された番号の紙は、ゲームへの参加有無を抽選するのではなく、どの組でゲームに参加するかを抽選するものだったのだ。
この会場に来た瞬間から、私たちは前に出てIPPONグランプリのまねごとで、大喜利をやらされることになっていたのだ。
そんなことも知らずに恵比寿の小洒落た忘年会場に来た自分はバカだったと思った。
「次の人〜 15番!」
自分だ。
このまま下を向いて黙っていれば、やり過ごせないものだろうか…。そんなことを考えていた。
「次、8番」
となりのプログラマーの同僚と仲良く、同じ最後の組で番号が呼ばれた。
われわれは、顔を見合わせて「まじか…」と彼が言ったのを憶えている。
「番号呼ばれた方、前におねがいします」
司会に促されて、おずおずと前に出て行った。
上手から、順に部署と名前。
もう、ひとしきりこのIPPONグランプリもどきが、とてつもなくさむい出し物であることは会場の全員がわかってる。酒を飲んで気を紛らわすしかない。
最初から誰も、前に出て大喜利に冷や汗をかく人のことなど見てもいない。
私たちのように、フジテレビで働いていながらIPPONグランプリがどんなものか、わかっていない者もいる。
幹事になっている同じ部署の同僚から、「おもしろいこと言えばいいんです」と耳打ちされた。おもしろいことってなんだ?
ついに自分の番が来た。
プロジェクターに写されたのは、埴輪か何かの写真だったと思う。
「写真で一言」
一言もなにもない。埴輪だ。
幹事の同僚から、「なんでもいいから!」と小声で後押しされる。
「も、もう残業したくないよ」
私の苦し紛れの一言はこれだった。
センスのかけらもない。みんなそうだ。なんでこんなよく知らない人たちの前で、ウケるわれもなく、笑われるわけもなく、ただ憐憫に似た視線を浴び、大半は聞いてすらいない。聞いてすらいないから別に傷つくこともない。一緒に出た隣のプログラマーの同僚が何を答えたか、もう憶えてすらいなかった。ただ、少し彼が怒っていたのは感じていた。
とにかく終わった。
席にもどり、プログラマーの同僚と「終わったね」と話して2人でビールを飲んだ。
会場はなんとなく歓談にはなったが、会場の空気は正直に言って寒々しい者だった。
分室の他の同僚の中には、社歴の長い人も2人ほどいてその人たちは、久しぶりの本社の人間との宴会を楽しんでいる風でもあった。
すると、2人のうちの1人が、有名お笑い番組の演出をしていた総合演出の人に呼ばれた。その人のそばで膝をついて話を聞いてる。
分室の中では、彼はその特徴的な見た目(なんとなくキャラクター化された酔っぱらいの加藤茶の似顔絵に似ていた)もあり愛されキャラだ。
しばらくすると幹事が、さっきまで膝をついて話を聞いていた人を名指しで、
「⚪︎⚪︎さん!今年、引っ越したらしいですね」
すると、
「ええ、六本木のタワーマンションに。」
堂々と言ってのける。
新木場あたりの住宅街が似合いそうな彼が。である。
ほんのわずか。
ほんのわずかだけだが、会場の温度が上がった。
すると、幹事ではない別の人から、
「え、よく住めるなー。」
彼は、両耳に手を当てて話を聞くふり。
これは当時世間を賑わせていた、ある地方議員の記者会見での印象的なポーズだ。会場の温度がまた少し上がる。今度は笑い声も出る。
私は、特徴的な見た目で割とまじめなタイプの彼がそんな人をくったようなことをすることに正直、驚きを憶えていた。深く話したり、お酒を飲んだりということが全くないわけではなかった彼が、そんなことをするのが信じられなかったのだ。
「え。こんな人だっけ?」
というのが素直な感想だ。
私は、彼のそんな知らない一面に驚きながらも、宴会場がだんだん温まるのを感じていた。
そのあとも、引越しにまつわる質問が彼に飛ぶ。
答えるたびに会場に笑いが起こり始めた。
もう、なにを言ってもウケるほどだ。
分室のわたしたちは、戸惑いながらも笑ってる人の中にいるので、なんとなく笑いが起きてきた。驚きが過半数だが。
さっきまで、寒々しかった忘年会場に笑顔があった。
なんとなく、この忘年会はそれなりにうまく行ったと思えるほどに。
IPPONグランプリもどきがなかったかのように。
会の最後に事業部長から指名をされて、総合演出があいさつをすることになった。その中で、非常に印象に残ったことがある。
「IPPONグランプリなんて、ホンモノに出ている芸人でさえ、吐きそうになりながらやってるんだから。そんなお笑いの素人がやって面白くなるわけがないんです。人間、意外なことを言うとウケるんです。あの人がこんなことを?ってことが大事だったりするんです。そして笑いは連鎖します。エンタメを作る皆さんは、そういうことを探せるような目を養ってほしい」
私は、それを聞いた時、総合演出の手腕に大変感銘を受けたのと同時に、
「ああ、だからフジテレビのお笑いは面白くなくなってしまったんだな」
と思った。
二律背反した不思議な感想を持ったのだ。
私は、大ウケしていた同じ部署の同僚と付き合い自体が深くはなかったから、彼の人となりを表面的にしか知らない。そのため素直に驚きの方が優ってしまった。正直、みんなが笑っていたからなんとなく笑っていた。こんな風に笑って本人になんか悪い気さえしていた。社歴の長い彼は、本社の人間からすると私よりもよく知った人なのだ。そんな彼が意外なことを言う。私は、本社の人間よりも彼のことを知らない。私には、皆がもっている共通認識がないのだ。
あとで聞いた話だが、彼は総合演出からいくつか「これをやろう」と言うことを呼ばれた時に授けられていたらしい(両耳に手を当てる仕草など)
今はテレビ意外にもYoutubeやTikTokなど他のネットメディアは多様だ。
クラス単位が生きていた高校とは違い、学部学科がありながらも好きな授業を取る大学に近い社会になった。90年代00年代の頭までは、テレビは共通言語だった。
テレビの共通言語は、次の日にはクラスの共通言語になり、社会の共通言語になっていた。
当時よりも今現在の方がより、メディアは多様だろう。
全員が同じ共通言語を持っている確率はより下がっているはずだ。
私の感じた、まるで外国へ来たかのようなポカンとする感覚は、共通言語の少なさとそれにより、自分がそのコミュニティーの一員ではないことを自覚させられた体験だった。またコミュニティーの一員でないことに対して、不安をあまり感じてもいないということが奇妙なことでもあったのだ。
さて、共通言語のないところに意外性は生まれるのだろうか?
意外性がウケるという単純な話では済まされないように思えるのだ。


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