とあるアプリのお題『世知辛い魔法もの』でショートショートを書く

「サクラバ君、君にはこの魔法学園から退学してもらうことになった」

 急遽呼び出された学園長室で、僕は一方的にそう告げられた。

「どういうことでしょうか、学園長?」
「今、言った通りだ。非常に、ひっじょおぉぉぉぉぉぉに、残念なことだが、これは覆せない決定だ」
「つまり、学園長より上の立場にある人間の決定である、ということですね」

 僕が若干尖った口調でそう言うと、学園長はうなずいた。
 学園長は人間でありながら、国内最高峰のこの学園で魔法使いの頂点に立った。先天的に人間よりも優れた魔法の素質を持つエルフ族を差し置いてその地位に昇りつめた傑物の表情には、濃い疲労の色が浮かんでいた。

「いやもう、私は疲れたよ、サクラバ君」
「それを学園長の口から聞かされるのは、今回で何度目でしたかね?」
「ああー……覚えてない。秘書、代わりに答えなさい」

 執務用デスクに突っ伏している学園長に代わり、秘書のヘイゼルさんが答える。ヘイゼルさんはエルフ族であり、かつて学園長のライバルだったらしい。なお、二人は喧嘩するほど仲が良い。

「今回で605回目になります。なお、これはサクラバ特待生の学園登校回数と完全一致します。それぐらい覚えておけよ、クソが」とヘイゼルさんは学園長に向けて吐き捨てる。
「つまり、ほぼ毎日僕は学園長に同じ言葉を聞かされているわけですね」
「ええ、そういうことになります」
「でも、結構粘りましたね。1年ももたないと思っていたのに、いつのまにか2年が過ぎ、さらに3年生の前期課程修了するまで学園に居られるとは」
「サクラバ特待生の引き抜きを先延ばしにしたという点においては、この昼行燈(ひるあんどん)を評価できますね。というか、それ以外に評価できるポイントが無い、とも言えますが」

 酷くないか君たち、という学園長の言葉を無視して、ヘイゼルさんは僕に書類の束を差し出してきた。

「サクラバ君、それが僕ら魔法学園から君への、最後の贈り物だ」と学園長は言った。
 書類の束を検(あらた)めると、学園の退学通知と、大量の応援メッセージの書かれた用紙と、王宮魔法師への推薦状が入っていた。

「はぁーー……」と僕は感嘆の声を出した。「なるほど、これは断れませんね、さすがの学園長でも」
「そうなんだよ。さすがに王宮の、しかも『天元の魔法使い』と名高い魔法兵団団長からの勧誘だけは、私でも断れなかったんだ」と学園長はぼやいた。

 僕が魔法学園の特待生になってから、学園長はあれやこれやと手をのばして、なんとか学園から僕を引き抜こうとする圧力と戦ってきた。これまで一番厄介だったのは、他国の王侯貴族の囲い込みからの国外留学のコンボだった。それ自体は他国の魔法学園長との決闘の末に阻止されたが、決闘の場に立たされた学園長(僕の眼前にいる人だ)は、死力を尽くした結果、燃え尽きかけていた。

「しかし、落としどころとしては悪くないんじゃないですか」と僕は言った。
 学園長は言う。「まあ、サクラバ君という人材を他国へ流出させることに比べれば、まだ自国内のことだから、悪くないんだが……できれば、私はサクラバ君には兵士としてより、魔法学園の研究者として魔法学の発展に寄与してほしかった、というのが正直な気持ちだ」
「それでは、今度は学園長が魔法兵団から僕を引き抜いてくださいよ。搦手で上手くいかなければ、最終的に決闘という手段でなんとかしましょう。学園長めちゃくちゃ強いですし」
「私より強い君にそれを言われると嫌味にしか聞こえないな。だが、決闘は駄目だ。魔法兵団の団長は私の師匠だから、相手が悪すぎる。まったく、あの若作りババアは――」

 学園長の言葉を遮り、ヘイゼルさんが学園長の襟首を掴んで、窓へ向けて放り投げた。景気のいい音を立ててガラスは砕け散り、学園長は放物線を描いて校舎の外へ飛んで行った。

「久しぶりに見ました、ヘイゼルさんの魔法体術。相変わらずのキレですね」と、僕は拍手しながら言った。
 ヘイゼルさんは「いえ、お見苦しいところを見せてしまいました」と言って、ジャケットの襟を正した。
「ところで、今回はどうして投げたんですか?」
「サクラバ特待生――いえ、サクラバさん。それは『なぜ殴り飛ばさずに投げ飛ばしたか』、という質問でしょうか」
「学園長を飛ばす方法じゃなくて、投げ飛ばした理由を聞いたつもりでした。言葉足らずですいません」
「気にしないでください。投げ飛ばした理由は明確です。あの大バカ者は私の母をロリババア呼ばわりしたからです」

 なるほど、と僕は納得した。
 魔法兵団の団長は、学園長の師匠であり、ヘイゼルさんのお母さんなのか。それは良い情報を聞けた。

「ヘイゼルさんのお母様は、ヘイゼルさんと同じでワッフルがお好きですか? 手土産としてお渡ししたいんですが」
「確かに母の好物は私と同じですが……手土産は別の機会にしてください。母が団長としてではなく、プライベートでサクラバさんと会える場を設けますので」
「わかりました、その時が来たら教えてくださいね!」
「ええ、私と一緒に母のところへ『挨拶』にゆきましょう」

 笑顔のヘイゼルさんに見送られ、いつもよりいっそう開放的になった学園長室から退室する。

 ふと気になって外を見ると、学園長の落下していった方向へ、救護員が走っていく姿が見えた。

 僕は、生まれつき『高濃度の魔力を周囲に無意識に展開させる』という特異体質を持って生まれたために、僕の体質を利用したい人や組織から勧誘されることが多かった。
 2年と少しの間だったけど、学園長のおかげで魔法学園で少しだけゆっくりすることができた。
 おかげさまで、僕の特異体質を制御することもできるようになった。

 魔法兵団に入ることができたら、この力をもっと人の役に立てよう。僕はそう誓った。

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