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高円寺駅、その深夜にて。

そういえばこの前バーに行った。
見知らぬ店内には30代前半と思しき男女とマスター。
南国の雰囲気溢れるアットホームなバーだった。
色々話した。これまで聞いてきた音楽、マスターのおすすめ、それぞれ既婚の男女2人の共通した若かりし思い出。

2人は結婚のことを「藉を汚すため」と言っていた。社会という汚い場所で自分に、自分という籍、否。席に箔をつけるため、結婚したと口を揃えて言っていた。
深夜23時頃、そんな話の半ばに嫁が怒るからと男性は帰った。
女性と僕とマスターの3人。
くだらない事を話したので自分が何を喋って誰が何を話していたのかは覚えていない。

ただこれだけは覚えていた。
女性は「籍を汚すだけじゃないのかよ、あいつ嫁のことをちゃんと愛してるんだよ腹立つよな」と漏らしてた。恋愛感情でも友情でもない本当に情けない声だった。
僕は慌てて、寂しそうにテーブルに座っている唐揚げとキャベツを頬張った。ケチャップも付けすぎなくらいに付けた。
そうじゃないとやることがなくてただただ面持ちが悪かった。
けれど僕の瞳に残されていたのはただただ今ある場所と今亡き春の時代のギャップに取り残されているただの少女だった。


よし、明日も仕事があるしそろそろ帰るかとなった。
僕は先に会計を済ませ、千鳥足で視界を歪ませお手洗いへと向かった。
用を済ませた、あとはもう帰るだけだった。
店を出るために夢と現実の境のようにまで感じる急な階段を降りながらふと先刻の彼女のことを思った。
階段を降りても、お手洗いとお会計をしている彼女のことを待たなければいけない気がしてタバコを吸いながら、きちんと足を揃えて待っていた。

多分それはなぜだか無性に悲しくなって勝手ながら助けたくなってわざわざその人の帰る時間を少しだけ待っていたのだと思う。
だから一緒に帰った。
いや、端的に言うと一瞬の偽善の快感に酔いしれたのかもしれない。というかそうだった。

すると、彼女が手すりを伝いふらふらと降りてきた。
彼女がドアを開けた時、酒のせいなのかなんなのか彼女が倒れめき、僕は手を反射的に差し出した。そのまま手を差し出して握った。

席を離れて初めて立った時に気づいた。彼女は左足が不自由だった。左目が不自由だった。たったそれだけのことだった。

僕は手を握り続けた。
彼女がこれまで感じてきたであろう哀しみと辛さを背負おうとして。
駅までの帰り道の途中、同席した男性との思い出を語った。
彼女の同席した男性のこと。
神聖であるはずの寺の前で、幼き彼女と彼はそれぞれの結婚前夜に喧嘩したこと、叫び合った事、罵り合った事、それでも今夜互いに受け入れて呑んでいること。想いの詰まった思い出を千鳥足で話してくれた。

だけど僕は勝手に憐んで、勝手に同情していた。同情の許可なんてとっていないのに。
泣きたくなったら泣けば良いと思いますよとか責任のない言葉を言った。
とてもくだらないと思った。
人の人生に責任のない言葉をツラツラと気持ちが悪く話したと思う。

後悔に溢れていた。今更。
でも帰り道、細く頼りない腕を支えるために手を取って歩いていた既婚の彼女の拳には力が強く籠って「おいお前結婚するか」とふざけて笑った。力が腕を震わせていた。

それだけの話をポエミーに話してる。

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