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おすすめ、淑女のための艶笑小説「ファーニィ・ヒル」

ハーレクイン小説に感じる違和感


こんにちは、ぱんだごろごろです。
以前に、「ハーレクインコミックス」を取り上げ、大人でも、読んでロマンティックな気分に浸れる、漫画の世界をご紹介しました。


ところが、漫画が素敵だったから、原作の小説も面白いに違いない、と思って、購入して読んだところ、これが意外な結果になりました。
面白くない訳ではないのですが、何というか、言い知れぬ違和感があるのです。
この感想は、私個人のものなので、違う感想を持つ方もいらっしゃるとは思いますが、私が何冊か、ハーレクイン小説を読んでみての感想は、以上のようなものでした。

そこで、その違和感のもとを探ってみたところ、どうも、「女性ホルモン問題」があるのではないか、という結論に至りました。
ヒロインが、相手役の男性と出会う時の描写が、どの作品も似たり寄ったりで、その筋骨たくましい、男性的な魅力に溢れた相手を見ると、ヒロインは、身体的な異変を感じるのです。

たまたま私が読んだ本がそうだっただけなのかも知れませんが、未経験の女性が、会ったばかりの男性に、たとえ相手が息を飲むほどハンサムだったとしても、そうそう女性ホルモン全開になるものでしょうか?

これが経験豊富な熟女だというのなら、まだわかりますが、ハーレクイン小説のヒロインは、大抵が二十代の若い女性です。
なんでそうなる?
と考え始めると、違和感満載で、ストーリーに入り込めなくて・・・。

これが、ハーレクインコミックスの方だと、身体的な異変の描写は、まずありません(描写しづらい、というのもあるでしょうが)。
漫画家の方が、読者向けに、エピソードを取捨選択してくれているのでしょう。
多分、日本人女性は、女性ホルモンを刺激するものよりも、心の触れ合いの方を重視する(ロマンティックなものとして捉える)、という調査結果が出ているのではないでしょうか。

コミックスの方では、ヒロインは、傲慢な相手役の男性が、実は苦い過去の経験から心を閉ざしていただけであって、本当はあたたかい心の持ち主だという事を知り、彼がヒロインを熱愛しながらも、言い出せなかっただけだ、ということも知って、無事に結ばれ、めでたしめでたし、ということになるので、違和感はまったく感じないのです。

そこで、おすすめ、「ファーニィ・ヒル」


ただし、誤解しないで頂きたいのですが、皆様の女性ホルモンが活発になる、というのは、ちっとも悪いことでも何でもありません。
それは、皆様の身体が健康に成長している、ということの証です。

中学生の男子のように、親に隠れて、こっそり友達から借りたエロ本(もしくは、エロティックな漫画やヌード写真集など)を読む、ということはなくても、未知の世界が気になるのは当たり前のことです。

そこで、淑女の皆様におすすめしたいのが、上品な艶笑小説です。
この場合の、「」は、「お色気」の意味ですね。
」は、普通は、「滑稽な」という意味ですが、ここでは、「社会風刺」を含んだもの、腹の中では、いかがわしいことを考えているくせに、表向きはお上品な振りをしている連中に対する、痛烈な「皮肉」を込めた「笑い」だと、お考え下さい。

何冊かある中から、私が自信を持っておすすめするのが、ジョン・クレランドの、「ファーニィ・ヒル」並びに、その続編、「ファーニィ・ヒルの娘」です。
これらは、当初は、ポルノグラフィー(わいせつ文学)と思われてきましたが、読んでみてわかるように、そんなありきたりな名で貶める事の出来るものではありません。

まず、面白い。
きわどい描写も、けっして生々しくならず、品を保っている。

この二点が、「ファーニィ・ヒル」を傑作にしている所以です。
どちらも書簡体小説で、もと娼婦に身を落としていた女性が、知り合いに向けて書いた手紙、という体裁を取っていますから、全体が一人称(私)で語られ、それも読みやすい要因の一つです。
なお、「ファーニィ・ヒルの娘」の方は、ファーニィの娘が、母に宛てて書いた手紙、と言うことになっています。

作者のジョン・クレランドは18世紀の人、父はスコットランド人、没年は、1789年とのことですから、フランス革命の始まった年ですね。
余談ですが、日本の江戸時代の哲学者、三浦梅園も、同じく1789年に亡くなっています。

まとめます。


「ハーレクインコミックス」に比べて、「ハーレクイン小説」は、いささか現実的です。
それならいっそのこと、上品な艶笑小説をお読みになっては如何でしょう。
お薦めは、「ファーニィ・ヒル」並びに「ファーニィ・ヒルの娘」です。
お読みになったら、感想をお知らせ頂けると、嬉しいです。



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