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道でバッタリ会った懐かしいひと

 先週の胃腸炎から復活して、今日金曜日はいつもの朝市に行かれそうだった。予想最高気温は30℃とのことなので、なるべく早めに家を出た。8時前、既に日差しが強く暑い。最大の難所である坂道に差し掛かる前からうんざりしていると、前方からなんとなく見覚えのある女性がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。

 人違いかも⁉︎と思いながらも、すれ違いざまにそのひとの顔をじっと見つめる。

「Kyoko‼︎久しぶり、元気だった?」(実際の発音は、外国人にありがちなKiokoに近い。)

 あぁ、やっぱりそうだった。彼女のひと言で、どちらともなく歩み寄ってハグをする。

 そのひとの名はIssa (イッサ)。それが彼女の本名なのか愛称なのか。知り合って随分経つのにいまだに知らないことに今気づいた。彼女は以前住んでいたアパートで、友人家族の家に住み込みで働いていたお手伝いさんだった。

 ブラジルの一般家庭では、お手伝いさんに家事を手伝ってもらうことが昔からの慣習なのだが(アパート暮らしでは通いで働いてもらうことが多い)、フルタイムで仕事をし、うちの娘と同じ年頃の年子の男児二人を育てていた友人マルシアは、イッサを住み込みで雇っていた。

 ブラジルのアパートには「お手伝いさん部屋」と言われる小部屋とその部屋に続くトイレが付いているのが一般的で、住み込みの場合、彼女たちはその小さな部屋にベッドを置いてもらって寝泊まりをする。お休みである土曜日の午後から日曜日に自宅に戻り、家の仕事を済ませて月曜日に出勤する。

 彼女が世話をしていた男の子たちは、ガブリエルとグスターボ。お兄さんであるガブリエルがうちの娘と同じ年生まれで、彼らは一歳になる前からアパート内の公園で、毎日のように顔を合わせる友だちだった。彼らのお母さんであるマルシアが下りて来る場合も偶にはあったが、私にとってのママ友はこのイッサだった。

 子守りをしながら聞いた話によると、イッサはバイーア州だったか?ブラジルの北東部の出身だった。当時30歳位、結婚はしていたがお子さんはいなかった。小柄でふくよか、とても快活な女性で、話を聞いているだけでこちらも元気になるようなパワー漲る女性だった。

 ある時、

「ここにはなんて書いてあるの?私、字が読めなくて。」

と言われて彼女の境遇を知り、胸が締め付けられる思いがした。きっと幼い頃から家を支えて働き、学校に通う機会を失っていたのだろう。「ここの子供たちと一緒に勉強して、読み書きが出来るようになりたい」と言っていた彼女の願いはその後叶ったのだろうか。

 男の子二人はとにかくやんちゃだった。家庭内では日本語オンリーで育っていた娘は、そんな彼らのテンションには付いて行けないことも多く、時に虐められるようなこともあった。そんな時イッサは

「ガブリエル(そんな時に悪さをするのは、決まって兄のガブリエルの方だった)!そんなことユリにしてはダメでしょ!キオコ、あなたもちゃんと叱ってよ!」

 などと我が子のように子供たちを躾け、彼らに惜しみなく愛を注いでいた。

 ある時、いつものように公園へと下りるとイッサではなく母親のマルシアが子守りをしていた。珍しく思いそう言うと

「イッサがご主人を追って田舎に帰ってしまったのよ。私たちに何の断りもなく。仕事を休まなくてはならないし、ホントに迷惑!」

 と憤慨していた。その詳しい事情は知らない。しばらくは代わりのお手伝いさんが雇われていたようにも記憶しているが。。その後何事もなかったかのようにイッサの姿を見るようになってホッとしたことを覚えている。

 子供たちが10歳くらいの時だったか、家族は別のアパートに越して行って、家族もイッサの姿も見かけることは滅多になくなっていた。今日の彼女は、そちらのアパートに出勤する途中だったと言うわけだ。

アパートの子供軍団。娘の5歳の誕生日に、子供ビュッフェにて。こんな君たちは、もうどこにもいないのだよね。

 私がいつも見かけていたイッサは、仕事中なこともあって簡単な服装(Tシャツとスパッツ、ビーサンのような)、で黒髪を後ろに引っ詰めた地味な格好だった。けれど、今朝会った彼女はまるで別人のようにオシャレに見えた。明るい色に染められたカーリーな髪が、フワッと肩にかかる。少し痩せたせいか、着ていた服もバッチリ決まってエレガントだった。以前よりも返って若々しく見えた。

 子供たちも立派な大人になり、もう住み込みで働く必要はなくなった代わりに、マルシアのご両親の住むアパートでも仕事をしていると言っていた。サンパウロが完璧にロックダウンとなっていた期間は、仕事を失っていたのではないだろうか。大変な時期を乗り越えて、元気で幸せでいてくれたことが何よりも嬉しかった。

「ところでキオコ、ユリは結婚して、もう子供が生まれたってね!」

 それは人違いでしょう、去年やっと大学を出て働き始めたばかりよ、と伝えると

「ガブリエルもそうだから、まぁそうだよね〜。」

と二人大笑いして別れた。イッサは、同じ時期にうちで働いてくれていたルイーザとも(性格は対照的ながら)仲が良かった。ルイーザのことは以前こちらに書いている。彼女もブラジル生活において、私にとって忘れられないひとの一人だ。



【追記】
 ヘッダーの写真は、チリに出張していた夫が持ち帰った、私の幼馴染からのお土産。ご主人様のお母様が、お教室で(繊細な羽はタティングレースというそうです)習って作られたそう。思い出のクリスマスのオーナメントがまた一つ増えました。

 夫が機窓から撮ったアンデスの山々には、うっすら雪が見えます。南米大陸の反対側(西側)のチリの気候は、サンパウロより涼し目。夏とはいえ、25℃を超えるともう「今日は暑い」となるそうです。

ブラジルではなかなか見られない光景です。

 一年で最も気忙しい月がスタートしましたね。引き続きお体に気をつけて、良い年末になりますように⭐︎

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