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季節の雨の後の停電と、エレベーターの恐怖

 金曜日は朝からどんよりとした空模様だった。こんな日はそれほど気温も上がらないだろう、ということはなんとなく経験から分かっていた。最高気温はせいぜい25、6℃といったところだろうか。ここのところ35℃超えの暑い日々が続いていたので、洗濯物は乾きにくいけれどこんな日はありがたい。

 いつもの朝市に歩いて向かうと、ポツポツと雨が降り出した。念のためにと持って行った折りたたみの傘を開いて、金曜日のルーティンをこなす。中央市場が休みだったせいで、2週間ぶりに会ったバナナ屋のおじさんの笑顔が、まるで一年ぶりかのように懐かしく感じられた。

 この日の前夜はちょっとした心配事があって、あまり良い眠りを得られなかった。昼食の片付けをして、noteの閲覧などしていると案の定眠気が差してきた。「少しだけ眠ろう」そう思って横になり目を閉じた。

 2時間ほどしてぱちっと目を覚ますと、強い雨の音に混じって、外から機械音が聞こえて来た。ブーン、ブーンという低い、鈍い音だ。「あ、停電でアパートの自家発電機が動いている」寝起きにしては頭が冴えていた。

こんな日は嫌な予感しかしない


 そう広くもないアパートの部屋の照明のスイッチをパチパチと押して歩いた。その時点で台所とリビング、リビングのトイレ、ベランダの照明は普通に点いた。子供達の部屋、廊下、廊下のトイレの電気は全滅。私たちの寝室は......バスルームの照明は普通に点いたが、寝室そのものの照明は暗く点く半電気状態だった。これはまずい。

 アパートの自家発電機のお陰で家中が完全に停電という訳ではないが、この「半電気状態」から、電圧が非常に不安定であるということがすぐに分かった。こういう時は家電が危ない!以前、停電が戻る時の半電気状態から冷蔵庫のモーターが焼けてしまい、新品の冷蔵庫一台分とさほど変わらないほどの修理代がかかる、と技術者に言い渡されたことがあったのだ。

 まだまだ使える冷蔵庫の買い替え......それだけは避けなければならない。ダッシュで冷蔵庫のプラグを引き抜いた。そのほかTV、PC、半電気の影響を受けそうな家電のプラグを次々と引っこ抜く。

 日本の計画的な停電とは違い、この手の停電はなんといっても先行きが見えない。2、3時間で復旧するかも知れないし、一晩中、もしくはそれ以上かかるかも。まずは最悪のケースを想定して、冷蔵庫内の生鮮食品を冷凍庫に移動させることにした。

 我が家の冷凍庫には、常日頃から使いやすい分量に小分けにしたブロック肉などが冷凍されて、食卓に上る日を待っている。箱入りの市販の冷凍食品と違って、これら肉類が芯から解凍されるにはそれなりの時間がかかるはずだ。肉たちに、傷んでは欲しくないヨーグルト、ハムやチーズなどを守ってもらおうではないか。生鮮食品はひとまず安心。停電が予想以上に長引けばその時はその時だ。覚悟を決めるしかない。

 実はもう一つ心配な問題があった。それはエレベーター。この日の夕方は私以外の家族は皆留守中だった。糸の切れた凧の息子以外の居場所は大体分かってはいたが、果たして自家発電機が稼働している間に皆帰宅することが出来るのだろうか。

 ブラジルの一般的なアパートでは、正面玄関に通じる“social”と、勝手口に通じる“serviço”のニ基のエレベーターを、住人は臨機応変に乗り分けている。serviço(サービス)は荷物やゴミの運搬に使われたり、修理人やお手伝いさんなど、仕事としてアパートを訪れる人々が利用する。もちろん住人、特にペット連れの場合はこちらを使うことが義務付けられている。
正面のエレベーターは、住人もしくはその客人が使用する。そんな区別がある。

 停電時にはserviçoのエレベーターだけは自家発電の力で稼働することになってはいるが、socialの方に乗っている時に停電になれば。。目も当てられない。

 マニュアルで最寄りの階に降ろされるとしても、エレベーターホールには非常階段がなくこんな感じになっている。つまりそこから自分が住む階に辿り着くには、隣人の家の中を通させてもらうしか方法が無い。

以前住んでいたアパートのsocialのエレベーターホール(我が家側からお隣を臨む)
非常階段もなく、狭くて圧迫感が半端ない

 実はこの私、このエレベーターホールに閉じ込められた経験があって、それがいまだにトラウマとなっているのだ。

 あれは娘を妊娠中だった24年ほど前。最初に住んだアパートでの出来事だった。今も通う金曜日の朝市での買い物を済ませて、魚や野菜、果物などを入れたカートをガラガラ引いてアパートに戻って来た。

 なんの迷いもなくsocialのエレベーターで8階をめざした。もうすぐ着くかな?と思ったその時に、ガクンという軽い衝撃、同時にエレベーターが停止した。そしてエレベーター内が真っ暗になった。着いた階はどこかはわからなかったが(操作ボタンも全て消えていた)扉が開いたので、招かれるがままその階に降りてみた。

 果たして着いた階は我が家の一階下の7階だった。それぞれの扉にあった71、72という数字からわかったことだ。そう気づいたとたんに、エレベーターが扉を閉じて下に降りてしまった。私を置き去りにして。しかもエレベーターを呼ぶ操作ボタンは全く反応しないのだった。

 不幸中の幸いと言ってもいいのか、電気はあったしホールには(スイッチを押し続ければ)灯りはあった。でも、非常階段はないしここから脱出する方法といえば。。こんな緊急時に恥じらいは要らない。どちらの住人も知り合いでは無かったが、ひとまずドアベルを押してみることにした。 

 結果どちらもお留守だった。ご家族が留守でもお手伝いさんがいてもよさそうなのに、何度ベルを押しても反応が無かった。さあ困った、どうする?私は閉所恐怖なのだと思う。焦る気持ちや恐怖をなんとか鎮めるように努め、長期戦に備えてその場にへたり込むことにした。

 そういえば......万が一の場合にとガラケーを持たされたばかりだった。(そんな時代だったのだ。)確か夫がいくつかの番号を登録してくれていたはず。まずは夫に電話をかけてみよう。

 ところが何度コールしても夫のいる事務所には通じなかった。(後から分かったことだが、移転したばかりの事務所の番号を夫が間違って登録していたのだ。)夫の携帯も会議中なのか応答が無かった。

 義母は?義弟は?義妹は?こんな時に限って誰も私の電話に出てくれなかった。泣きそうな気持ちを抑えながら、ダメもとで記憶にあった夫の旧事務所の番号にかけてみた。 

 何と夫の同僚の、フェルナンダさんの懐かしい声が耳に飛び込んで来た!彼女の部隊はまだ旧事務所に残っていたのだった。

「Fernanda,  socorroソコーホ!! (フェルナンダ、助けて‼︎」

が思わず私の口から出た第一声だった。

「Calma, Kyoko (落ち着いて、Kyoko)」

 そう言いながらも、フェルナンダさんも慌てふためく様子が伝わってくる。ご主人から管理人さんに連絡が行くように話すから、もう少し頑張って。彼女との電話が終わって少しして、管理人さんと、72号室のお手伝いさんが正面玄関の扉を開けてくれた。お手伝いさんも朝市に行っていたのだろうか。

 建物の作りから、そのお宅のリビングを突っ切って勝手口から出て、8階に上がるしか我が家に辿り着く方法はなかった。1階分serviçoのエレベーターに乗るのが普通だっただろうが(妊婦だったし)、どうにかしてカートを階段で運び上げて懐かしい我が家に辿り着いた。

 ものの20分位の間の出来事だったと思う。でもあの時の私には、数時間にも感じられたのだった。それからというもの、エレベーターはなるべくserviçoの方を使う。万が一の場合安心だから。

勝手口なら非常階段がある(左)
正面は今のお隣さんの扉

 こんな経緯があって、緊急時のエレベーターにはどうも過敏になってしまう。今回は既に停電中なのでsocialのエレベーターには乗れないものの、自家発電が尽きてserviçoのエレベーターが動かなくなったら。。12階まで非常階段を使い自力で上がることになる。非常灯も点いているとは限らないし、それだけは是非避けてもらいたい。

 その後息子以外の家族が次々と帰宅した。かろうじて点いていた台所やリビングの照明もその頃には消えて家中が真っ暗になった。

食事は運良く残り物があった
しかし、キャンドルの灯りがロマンティックとはとてもいえない状況だった

 これだけの惨事なのに、息子は相変わらず帰ってはこなかった。今日はもう洗濯もお風呂もなし。このまま寝てしまおうと思っていた23時過ぎにやっと待望の電気が戻ってきた!

時折強く降る雨の中、本当にありがとうございました!

 その後プラグを抜かれていた電気製品を元通りにし、生鮮食品を移して、入浴することも出来た。息子は何事もなかったかのようにエレベーターに乗り、12階に辿り着いた。何ともおめでたいことだ。

 割と近くにいたようで徒歩で戻ったのだが、激しい雨に遭い真夜中に靴を洗って、洗濯機の脱水にかけていた。(ズボラなのに何故か靴だけはまめに洗う。) これも電気があってこそ。感謝の気持ちがふつふつと湧いて来た。


***


 雨の後の土曜日。公園の植物たちはしっとりと潤い、その恩恵を小さな生き物たちがたっぷりと受けていたようだ。

 ヘッダー写真はキバナコスモス(キク目だそう)と、その蜜を吸う、美しきクジャクチョウ。蜜はかなり美味しいのか、その他の虫たちと奪い合いになっていた。

ツユクサ(右上の大きい花)の下にクモ
こちらには黒いカメムシ

 ニンゲンたちのドタバタなどものともせずに、生き物たちはいつもの日常を淡々と過ごしている。そんな週末。


【オマケ】

 今日日曜日は、娘、息子たちが参加した10㎞マラソン大会があり、二人とも朝6時半から走っていました。

結果は


59分54秒でゴール

 息子は少し早く、57分59秒でゴールしたそうです。二人とも膝に不安があったそうですが、大丈夫で何よりでした。

 参加賞として、氏名、タイムをメダルにレーザーで彫ってもらって、二人とも大満足で帰宅しました。

 朝早くからお疲れ様!

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