あけましておめでとうございます〜2023年から2024年へのPonte(橋)〜

画像1 2024年、年が明けました。今年もどうぞよろしくお願い致します。皆様はどのような新年をお過ごしでしょうか。写真は、大晦日にパウリスタ大通りでのカウントダウンに参加した娘から送られて来たものです。
画像2 ブラジル人の年末の過ごし方は、クリスマスに続き新年のカウントダウンを家族や親しい方々と一緒にお祝いするのが定番。その時には白い、真新しい服を着ます。もしくはクリスマスは家族と家で、年末から年始にかけてははどこかに旅行をという方も多いようです。こちらのアパートのお隣さんもお留守のご様子。元日にカナダの義妹と姪っ子が里帰り、その日は空港から直接こちらに向かうことになっていました。先ずは大晦日直前の朝市でお正月の魚の調達をします。
画像3 この日は、丸ごと焼く用にイトヨリを(きれいでした!)、刺身用にマグロとサーモンを買いました。サーモンは1キロが3000円ちょっと。マグロはもう少しお高かったです。お皿に載っているサーモンの切り身は、それぞれ1キロ以上あったようです。
画像4 大晦日は家族だけでのんびりと過ごしていました。日本の年が明けた時間に、LINEで弟夫婦、彼らのマンションに泊まり込んでいた母と話しました。弟から私の目の不調を聞いていたのか「もう年を取ったのだから、気をつけないといけないよ」と嗜められました。90近い母に。。でも親のありがたみが改めて身に沁みました。写真は弟の家のお節とお雑煮。3人だけなので、お節はコンビニで予約したものを取りに行っているようでした。
画像5 https://vimeo.com/899333253 ←パウリスタ大通りで上がった花火の動画。歌っているのはブラジルのセルタネージョのDuo、Chitãozinho e Xororó。曲はEvidências。ブラジル人はこんなロマンチックな曲が大好きなのです。私はアパートのベランダから、遠くに上がる花火を眺めて就寝。
画像6 そして元日は朝からフル始動。前の晩からパッケージごと水に浸けて解凍されていたターキー(Peru)は4キロほどの重さでした。今回のターキーには、焼き上がりを知らせてくれるポップアップピンはなく、焼き時間(2時間半)だけが目安です。昨年は間違って背中側を上にして焼いてしまったので、注意深く胸側を上にセットしてオーブンにイン。息子のGFと妹ちゃんはベジタリアンなので、ナスの味噌炒め、4種のチーズのラザニア(冷凍品)などベジタリアン食も用意しました。卵はOKなのでポテサラのマヨネーズも大丈夫。
画像7 ポテサラ担当の娘が帰宅したのは、結局明け方の3時半だったとか。なかなか起きて来ないので、仕方なく材料を茹でて冷ますところまでは私がヘルプ。飾りとするブロッコリーの芯の部分も柔らかく茹でて入れました。
画像8 激しく万歳するイトヨリ。魚を捌くおじさんに「飾りのために取っておいて」とお願いする背びれ胸びれが、きれいに取られてしまう場合も多々ありますが、今回は無事でした。
画像9 刺身は夫担当で、私はノータッチ。ツマも自分で用意してくれます。
画像10 義妹たちはフライトに1時間半の遅れはあったものの、モントリオールからの直行便で無事到着。大晦日発の便では、機上で新年のお祝い、シャンパンの提供があると聞いたのですが。。残念ながらパイロットの挨拶だけだったそうです。これも時代の流れでしょうか。後に息子のGFと妹ちゃん、娘のBFも続々と到着。贈り物の蘭が増え、ダイニングが華やぎます。
画像11 カナダ土産。毎回使い道に迷うマシュマロ。
画像12 今回の義妹たちの帰国の目的には、義妹のお父様のお見舞いもあったそうです。11月に持病の糖尿病が悪化、一時はICUに入られていたとか。家族の緊急時に思うように帰国出来ないのは、海外移住者の共通の悩みです。今は少し落ち着かれたそうですが、彼女たちは2週間でまたカナダに戻らなければなりません。
画像13 はじめましての人々が多く、話が盛り上がるか心配でした。でも、おしゃべり好きの義妹が中心の円陣となって、若者たちも皆和やかに語り合っていて、安心して食事の用意ができました。彼女のようなムードメーカーは、パーティーで貴重な存在です。ピスタチオのケーキ。色々と盛り盛りです。
画像14 元日から大地震や航空機の事故など、痛ましいニュースが次々に地球の反対側にも飛び込んできて、驚きを隠せません。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますと共に、被災された皆様にお見舞い申し上げます。健康や安全が守られ、平和で穏やかな一年になりますように。

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