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人生は映画、映画は人生、サグなライフ

記録映画の存在意義のひとつに、人生そのものが創作物であり、人生自体が映画なのかもしれないと気付かせてくれるところがあると思う。

2015年に公開された三宅唱監督によるドキュメンタリー映画「THE COCKPIT」はまさに上記の要素に溢れていた。

約1時間の作品の中では、一秒の隙もなく何かが作り続けられていた。 

映画が始まった瞬間から、創作が封切られてた。レコードをワイワイ聴いているように見えるが、「カッコいい」「このブレイクは必要でしょ」なんてことを話しながらサンプリングが進んでいく。
そしてサンプラーを叩いてビートをいくつか作り、またレコードを聴きながらサンプリングする。この繰り返しだった。

そして、とにかくこの作業が長かった。長いが、素晴らしいシーンだった。

創作をしているのだと分かっているから、長く続く作業が決して退廃的に映らない。加えて、創作過程における感情の起伏を見続けているので、同一の構図でも虚無にはならない。

つまり、剥き出しの失敗と成功の繰り返しという現実の描き方が秀逸なのだ。

だからこそ、冒頭で述べた「人生そのものが創作物であり、人生自体が映画なのかもしれない」と思えたのだと思う。

しかし私は、永遠と続くビートメイクの作業中に、あろうことか眠ってしまった。
いや、起こるべくして眠ったのかもしれない。
朝まで遊んで昼に起きた時点で、少し体調が悪かったような気がしたのだ。
体調が悪くなる前兆の前兆のような段階で、起きた時から頭がポーッとしていた。

OMSBがサンプラーを叩きながら首を振るのに合わせて、私も指ではビートを刻む。このように身体はついてくが、頭がついていかない。その時点であることに気付いた。

「集中できないほどそれなりに体調が悪いかもしれない」
とりあえず風邪の引き始めを撃退するものを帰ったら食べよう。絶対にお粥が良い。生米からお粥って作れるんだっけ?そんなのだるいからお粥を買おう、と決めた後に意識がなくなった。

再びスクリーンを両眼でしっかりと観た時には、OMSBが遊びでフリースタイルをしていた。

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私は季節の変わり目には必ず風邪をひく。冬に関してはもはや変わり目関係なく、飽きるほどに風邪をひく。

温かいものを食べたりお酒を控えたり市販薬を飲んだりするが、一番の薬は何かと考えた時に「遊びたい」という気合いかもしれない。

もちろん感染症等の心配もあるので全快しないと遊びにはいかないが、この気合いの入れ方はサグな感じでけっこう気に入っている。

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THE COCKPITは、序盤で作ったビートにOMSBとBIMのラップがのった曲がエンドロールとともに流れて幕が閉じる。

それまでの創作過程を見ているから、
この曲も映画も、創作の先にある紛れもない成果物であると同時に、創作の区切りであるに過ぎないと思えた。

人生と創作がイコールであれば、そこで出来た創作物は通過点でしかない。
人生と映画がイコールであれば、エンドロールが流れるのは肉体が朽ちる時だ。

読んで、遊んで、書く。
私はその繰り返しだ。
そして年々風邪をひく回数が増えていき、今後も増える気がする。

読んで、遊んで、書く。風邪をひいては小休止。サグなライフ。

ずっと健康でいたい。体調を崩した時にいつも思う。

だって、何度でも創作の通過点を作っていきたいし、出来るだけ長く映画に出演していたいから。

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