見出し画像

ベルリン旅行記③2022/7/15 晴れ

 昨夜は楽しくてつい飲み過ぎてしまい、二日酔い気味である。その上恐れていた生理がドンピシャ来てしまい、頭は痛いわお腹は痛いわ時差ボケもあってダルいわで、もう散々な朝である(でもちゃんと朝ごはんは食べに行った)。

 今日はオインク勢とは別行動にさせてもらい、午前中は大事を取って、ホテルの部屋でゴロゴロする。日本から持参した薬が効いてきたこともあり、なんとかコンディションを立て直して、昼頃から観光へと繰り出す。
 夫と二人で、シャルロッテンブルク宮殿へと向かう。電車に揺られること30分程で、宮殿の最寄り駅に到着。
 お昼は、パスタを食べることにした。Googleマップで探し、少し歩いたところにあるパスタとピザのお店へ。
 通りに面したこぢんまりとしたお店だが、キッチンに立つ2人の男性店員さんはどちらも屈強で、2人して動くと狭いキッチンが更にぎゅうぎゅうな感じだ。壁に書かれたメニュー表を見上げて、またGoogle翻訳の出番かと思いきや、イタリアンの料理名はわたしたちでもちゃんと理解できるものだった。
「リングイネ」「メランザーネ」「ボロネーゼ」「ペペロンチーノ」……読める、読めるぞ! とムスカのように喜びながら、わたしはアーリオオーリオを、夫はカルボナーラを注文。屈強な店員さんたちが何やら賑やかな会話を交わしつつ、調理していく。
 出てきた料理は、一つで2人分かな?と思うくらいボリューミーだった。お値段を考えるととてもコスパがいいのだが、いかんせん日本人の胃袋には多すぎる。『カリオストロ』でルパンと次元が争って食べた、あのミートボールスパゲッティくらいの量で一人前である。

フォカッチャ?までついてる

 こんなん食べ切れないよ…と思いつつ一口頬張ると、これが驚くほど美味い! なんていうか、見た目も味も素朴ではあるんだけど、大きなお鍋でバーっと茹でてガーッと炒めた、ダイナミックでありつつどこか繊細な味付けである。夫のカルボナーラもすごく美味しくて、ゴルゴンゾーラが程よく効いた大人な味付けであった。美味い美味いと言いながら食べるも、どうやったって完食はできそうになく、2人とも半分くらい残してギブアップとなった。「もう食べないの?」という顔をする店員さんに、「すごく美味しかったけどお腹いっぱい、ごめんなさい」と謝ってお会計。2人で一皿にすればよかったね、と反省しつつ退店する。

 宮殿に向かい、約一駅分の道のりをぶらぶら歩く。シャルロッテンブルク宮殿の辺りはベルリンの中心地からは少し外れているため、行き交う人もそう多くはなく、住宅街らしい落ち着いた雰囲気が漂っている。考えてみれば、今日は平日なのだ。人の少ない、知らない街の通りを歩くのは楽しい。ただ散歩だけしてみたいような気もする。

いかにもヨーロッパらしい通り

 通りに面したお店を眺めつつ行くと、道の途中に小さなおもちゃ屋さんを発見。少し寂れた雰囲気がいい感じだ。ふらりと入ってみたところ、ちゃんとボードゲームの棚があった。子ども向けのゲームばかりかと思えばそうでもなく、大人向けの古い名作などもちゃんと置いてある。やはりボードゲームの本場、文化として根付いているのだなあと感じる。
 寄り道をしつつ歩くこと約20分、道の向こうに、シャルロッテンブルク宮殿が見えてくる。宮殿なんて、もちろん訪れるのは初めてである。入り口に飾り付けられた彫刻に、テンションが高まる。

鎖に繋がれてる人たちを王が解放したよ!みたいな感じ?

 入場料を払うカウンターで、敷地全部を見学するか、主要な建物の見学のみとするか、チケットの種類を選ぶ。時間もあまりないので、一番見たい「磁器の間」のある本殿のみの見学とした。
 日本語対応の無料音声ガイドを片手に、宮殿内を回る。プロイセン王のフリードリヒ一世がシャルロッテ王妃のために建てたとされる宮殿であるが、残念ながら王妃は宮殿の完成前に、36歳の若さで亡くなってしまったとのこと。壁紙の意匠に細かい金刺繍が施されていたり、窓から入る光を反射して部屋全体が明るくなるよう設計された客間があったり、粋を尽くした建物は圧巻であるが、解説は淡々と「王妃は完成を見ずに亡くなったが、設計図を見て完成した部屋の姿に思いを馳せていたでしょう」みたいな台詞を繰り返す。せっかく彼女のために綺麗な宮殿を作ったのに、見せたかった本人がこの世にいないというのはどれほど虚しいことかと思う。
 それにしても、謁見待ちの間に過ごす客間の多いこと。途中の部屋で、プロイセン王家の紋章(鷲と跳ね馬)の意匠が入った壁紙に関する解説が入り、無駄にテンションが上がる。わたしはファイヤーエムブレム風花雪月を遊んでいる最中なので。

 そしてお待ちかねの「磁器の間」は圧巻であった。撮影禁止のため写真はないが、壁一面に敷き詰められた陶磁器の数に、とにかく圧倒される。
 当時のヨーロッパでは中国製の白磁器は稀少品で、ものすごい高値で取引されていたそうだが、それがこの部屋の壁という壁、全面に隙間なく張り巡らされているのだ。この部屋に通された客を物量で圧倒し「うへえ、こんな金持ちの王家に対抗できる訳ないやん。大人しく服従しとこ」と思わせようと、そういう明確な目的をもってコレクションしたのかもしれないが、なんというか、そういった目的意識に留まらない、陶磁器に対する飽くなき執念と異常な熱意を感じさせる。現代のオタクが、部屋の壁一面にタペスタリーやアクリルスタンドを張り巡らせて自担への愛を表現するのと、どこか近しい妄執である。あと、しょっちゅう地震が起きる国ではとてもできそうにないタイプの装飾でもある。
 唖然としつつ、しばし見入ってしまう。こういう、ある種の狂気すら感じるようなモノへの強い執着は、わたしの大好物である。
 「磁器の間」の後は宮殿内の祭壇(プロテスタント)と、寝室や従者の部屋を経て、二階の展示へと続いている。……え、二階もあるの? という気分である。一階だけで、だいぶお腹いっぱいだ。本殿だけの見学にしておいてよかった。
 二階には甲冑や肖像画など、プロイセン王国の歴史を辿るような展示が多数。面白いのだが、一階でだいぶパワーを持っていかれたことと、体調が優れないこともあり、流し見程度で済ませて屋外へ。
 外のベンチで休憩しつつ、持参した水を飲む。ちょっと休めるカフェ等があってくれたら嬉しかったのだが、特にそういう施設はない。宮殿の広いお庭で犬を走らせている人たちを、ベンチに座ったままぼんやりと眺める。

宮殿の後方に庭園が広がる
美しい庭園

 少し回復して、宮殿裏の庭園を散策しつつ、駅へと向かう。庭園には入場料を払うことなく誰でも入れるので、普通に散歩している人や、寛いでいる人が多くいる。水辺に囲いがされており、中では放牧されている羊のような山羊のような生き物たちが、のんびりと草を食んでいる。しばし夫と「あれは山羊だ」「いや羊だ」と言い争う。調べてみたら、どっちもいた。引き分け。

割とたくさんいる羊、及び山羊

 庭園から続く森の小道を抜けて橋を渡り、市街地へと戻る。しばらく歩いて、行きとは別の駅から電車に乗って再びホテルへと戻り、少し休憩してから、これから参加するSdJ前夜パーティーの支度をする。

宮殿の敷地から離れると、結構な森だった
宮殿の敷地と市街地を隔てる川 お堀みたいなものか?
少しの間なら住んでみたい気もするアパートメント

 授賞式自体は、YouTubeの映像で何度も見て予習しているからなんとなくイメージがついているが、前夜祭についてはまったく前情報がなく、どんなパーティーなのか全然想像がつかない。会場は授賞式と同じホテルだということは分かっているが、何人くらい来るのかも分からないし、恐らく授賞式以上にたくさん、ドイツ語や英語で話しかけられる機会があるだろう。ラウリーさんに通訳してもらう予定ではあるが、どれくらいコミュニケーションがとれるかという不安もある。
 ソワソワ、ドキドキしながら支度を進めていると、「時間が余ったので、ホテルのロビーでボードゲームしてまーす」という佐々木さんからの連絡が。お…大物である…。

僅かな時間を見つけてSCOUTを遊んでくれる(嬉しい)

 集合時間の少し前にロビーに出向くと、オインクメンバーズがみんなでSCOUTで遊んでいる。行きの飛行機で初プレイだったというLちゃんが、ことのほかSCOUTを気に入ってくれたようだ。暇さえあれば遊びたいと言ってくれる。嬉しい。
 待つこと10分程で、ベルリンコンの会場設営を終えたラウリーさんが合流する。Uberタクシーを呼んでいざ、全員で前夜祭へ。それにしてもラウリーさんは、今日、明日とほぼ休みなしである。お疲れでないかと心配になるが、彼女は大変タフな方で、疲れた顔ひとつ見せずにタクシーの運転手さんと何やらドイツ語で談笑されている。本当に頭が下がる。
 会場のnhowホテルは、今我々が泊まっているホテルから電車で6駅。タクシーだと15分程といったところだ。大きな橋を渡ると、川沿いにメルキュールホテルの5倍はありそうな巨大、かつ派手な建物が見えてくる。
 タクシーを降りると、パーティー会場入り口に何人かの人だかりが。まだパーティーの開始時間前だが、審査員長ほか、SdJ関連の動画で見たことのあるお顔が勢揃いで、我々SCOUTチームを出迎えてくれる。自宅に郵送で届いた招待状を見せ、受付で手続きをすると、赤ポーンマークのストラップ(!)がついた名札を渡される。思いっきり本名がアルファベットで印字されている。うちの夫は「梶野桂(Kei Kajino)」のペンネームで登録してあるはずが、名札に印字されているのはばっちり本名である。空きテーブルを借りてペンネームを併記する。
 nhowのマークがついたTシャツ(ここの従業員のユニフォームのようだ)を着た綺麗なお姉さんがお盆を持って飲み物をサーブしている。それぞれカクテルやスパークリングワインなどを選び、フワフワした気持ちで内輪の乾杯をする。4歳のRくんにもちゃんと名札が用意されている。佐々木さんの肩書きが「”Scout”Scout」となっており、誤植なのだろうが、間違ってないかもねと言って笑い合う。

ビートルズの写真が飾られている
古いピアノにドリンクが置かれている
会場内にアートが点在している
奥はDJブース(今回のパーティーでは未使用)
この会場…お洒落すぎる!

 螺旋階段のあるパーティールームで、ピアノのオブジェや氷を敷き詰めたバスタブに取り放題のお酒が置かれていたり、壁にはビートルズなど著名アーティストたちの写真やイラストが飾られていて、なんというか、大変にオシャレだ。正直言ってボードゲームガチ勢はいわゆる「ギーク」「オタク」な人が多い印象だったため、こういう陽キャ全開な場所でパーリナイするんだ…と驚いた。(全世界のボードゲーム好きの皆様、ごめんなさい)
 予想していた通り、基本的に立食のパーティーのようだ。パーティーの準備が整うまでの間、一階のスペースで歓談しつつ、その場にいた女性陣に「実は、生理が来てしまって…」と打ち明けると、我先に「わたしも!」「わたしも危なかった!」と声が上がり、しばしその話題で盛り上がる。みんな同じ事で悩んでいたのである。「何でこういう大事な時に限って来ちゃうんでしょうねえ…」と全員でしみじみ頷いていると、ラウリーさんが一言、「世界中の女性の悩みですね」と。本当にそれ。金言である。
 (よりによってこんな場所で)我々がそんなことを話している間に準備が整ったらしく、全員で二階のテラスへと移る。ざっと見たところ、審査員とその家族、我々のような受賞者とその家族(SdJ、KeSdJ)。だいたい、40〜50名程度の列席といったところか。

こちらはテラス席
テラス席から上を見上げると、なにやら建物が突き出している(凄い)
テラスで談笑する人々

 それぞれに乾杯用のドリンクを持ったところで、審査員長から挨拶と、受賞作品のデザイナーの簡単な紹介がある。作品名とデザイナー名、それにどこから来たかがコールされると、呼ばれたデザイナーはその場で手を上げ、お辞儀をする。ラウリーさんによれば、今回は国際色豊かな授賞式になりました、みたいなことを言っているらしい。
「”SCOUT” designer,Kei Kajino.From Tokyo!」
 隣に立つ夫が挙手をすると、みんながこっちを向いて、拍手をする。「本当にSdjにノミネートされたんだ」と確信した瞬間だった。
 乾杯が済むと、歓談の時間となる。もう19時半を過ぎているが、相変わらず外はまだ明るく、大勢の人が広いテラス席に残っている。審査員の1人、ウド・バーチ氏にご挨拶すると、彼はうちの夫が紹介されたドイツのゲーム雑誌「SPIEL DOCH」の掲載号を、わざわざ持ってきてくれていた。本来なら日本に送る予定だったそうだが、夫が住所を伝え損ねていたため、持参してくれたとのこと。
 お礼を言って受取り、一緒に写真を撮らせてもらう。スマートでハンサムな紳士である。

SPIEL DOCH2022春夏号(タップで記事に飛べます)

 雑誌に掲載された写真は、夫が蕎麦屋で日本酒を片手にカードゲーム「シリメツレツ(Krass Kariert)」を遊んでいるところ。「貴方はコロナを撃退する魔法が使える。どんな魔法?」というお題に対し「美味しい日本酒を飲みながら大好きなゲームをすること」みたいな回答を送ったものだが、夫はそれについて「僕はシリメツレツが大好きでリスペクトしているから、SCOUTと比べて良い・悪いとネット上で議論されているのが悲しい」というようなことを伝える。
 それから「もう受賞作は決まっているんですか?」とお訊きしてみたところ、「まだだよ」と。驚いた我々に、審査形式について教えてくださる。
 授賞式当日(つまり明日)の朝、審査員が大賞に相応しいと思う作品にそれぞれ1票を投じ、審査員長が開封して発表する。誰がどの作品に投票したかは、審査員長しか知らない。もし同票となった場合は全員で議論し、再投票を行う。…と、そういう流れだそうだ。
「だから3作とも、発表用のパネルはもう作ってあるよ。使うのはそのうちの一つだけ」と言われ、戦々恐々とする。そうか、そうなのか! まだ決まってないのか! でもきっと、この人たちの胸の内では、もうどれに投票するか決まっているんだろうな…。
 唸る我々に、ウド・バーチ氏は「公式ホームページに、全部書いてあるけど…」と苦笑する。そうか…ドイツ語で書かれていて、我々は解読できていなかっただけらしい。「今度日本語で読めるようにしておくね」と彼の冗談か本当か分からない冗談に、全員が笑う。
 それから、ドイツでポッドキャスターをされているという審査員の方と、来年から新たに審査員に加わるという女性の方が「ベルリンへようこそ」と話しかけてきて下さり、しばしお話しする。日本が大変お好きで、これまでに何度か行ったよと話される。徳島県に滞在されたとのことで、徳島の名産を挙げていく。SUDATI…POCARI SWEAT…AWAーODORI!!
 女性の方は、日本の言葉で一番好きなのは「ICHIGO-ICHIE」だと仰る。OH! 一期一会!
「SCOUTは素晴らしいゲームだ」と褒めて下さった。「僕は普段数学教師をしているんだが、教師仲間で、ボードゲームが嫌いだという友人たちに、騙されたと思ってSCOUTを遊んでみろと勧めたんだ。最初は顔を顰めていたけど、終わったらみんな“ねえ、このゲームはどこで買えるの?”と訊いてきたよ!」と。非常に嬉しく有り難いエピソードだ。
 ボードゲームの本場だけに、「ボードゲームを遊んだことがない」人は少なく、それより「遊んだ上で好きじゃない」という人が多いのかなあと思いつつ、そんな風にSCOUTを、ゲーム好きでない友人にも勧めてくれているのだと感動する。
 来年審査員になるので今年は見学だという女性には、審査員にはどうやってなるの? と訊いてみた。「立候補は受け付けてなくて、委員会から声をかけられるの」との回答。なお、今年の審査員は全部で10名、彼女が加わり来年は11名になるとのこと。10名だと票が割れやしないか? と内心思う。
 そうやってコミュニケーションをとっているうち、ふと気づけば近くに審査員長が来られていた。挨拶と握手を交わし、招待ありがとうと御礼を。日本のボードゲームシーンについて、佐々木さんから「日本ではドイツゲームがとても愛されていて、今回のSdJも多くのクリエイターが注目しています」と話す。今回ノミネートされているカスカディアがアメリカの作品ということで、今回の授賞式は去年までの昼と違い、アメリカで中継を見やすい時間(ドイツでは夕方)にしたらしく「日本に合わせてあげられなくてごめんね(※日本時間だと深夜1時放送)」と謝られる。
 そんな話をしていた時、夫がアレックス・ランドルフ生誕100周年記念Tシャツ(※ゲームマーケット2022春で開催されたランドルフのイベントで作成・販売していたもの)を着ていることを示すと、委員長もランドルフ! と喜ばれる。

 日本人にいかにランドルフのゲームが愛されているかを話し、それぞれに好きなタイトルを挙げていく。夫は「ハイパーロボット」を挙げるも、ドイツでは別タイトルで出版されたらしく残念ながら伝わらなかったが、佐々木さんが挙げた「ザーガランド」には委員長も「私も好きなゲームです」と同意。今回の授賞式にはザーガランドの共同制作者がゲストで来られるという話に。前夜祭に夫がランドルフのTシャツを着てきたことで、共通の話題作りと、日本のボードゲーム熱を伝えることができたと思う。
 審査員長とSCOUTチームとで写真撮影をしていると、テラスの壁面にSdJの赤ポーンマークが映し出されていることに気づく。自動で上下に動いているそれを背景に写真を撮りながら、「大賞が獲りたい!」という気持ちを新たにする。

絶対に獲るぞ!!という顔

 今回のライバルであるカスカディアチームも近場にいたため、宣戦布告…ではなく、互いの健闘を祈るためのご挨拶をする。デザイナーのランディ・フリン氏は髪の毛を紫色に染めており、一目で彼と分かった。背が高く、身長149センチのわたしと並ぶと大人と子どものようだ。彼は控えめでシャイな印象であったが、隣にいたカスカディアのプロモーターと思しき妙齢の女性は、喩えるなら「ナニワの商人おばちゃん」という感じで、グイグイ来る人である。
「あらあSCOUTの皆さんどうも初めまして~これカスカディア地方のチョコレートね。持ってってー。あとウチで出してるトランプ、これも持ってって~」みたいな感じで、挨拶もそこそこにチョコとトランプを飴ちゃんのように押し付…ではなく、有り難く頂戴する。せっかくの機会なので、こちらも持参してきたSCOUTのオリジナル版をプレゼントする。
 徐々に陽が暮れ、テラス席にいるのが肌寒くなってきたので、室内へ。テーブルがいくつか設置されており、そのうちの幾つかは既に何人かが使用している。ビュッフェが用意されており、食事を取る列へ並んだところ、ちょうどランディ・フリン氏も同じタイミングで来ていたので、並びながら先程よりフランクな感じでボードゲーム談義を。夫からは制作におけるスタンスを、佐々木さんからはカスカディアの特殊なルールデザインについて突っ込んだ質問を、それぞれに投げかける。
 横で聞いていて、ビュッフェ待ちの数分に話すような内容ではない…と苦笑してしまうが、彼らにとってはどんな僅かな時間も惜しい濃密な空間なのだろう。名誉ある賞を獲るほどのトップクリエイターが一堂に会している訳だから、本当なら食事などそっちのけで何時間でもコアな会話を繰り広げたいところだろうなと思う。ゲームマーケット後の打ち上げの雰囲気を、少し思い出した。一日立ち働いた後でみんなクタクタ、お腹ペコペコなはずなのに、ほとんど食事も摂らずに顔を付き合わせてひたすら語り合っていた、あの熱い感じを。

ビュッフェのお料理
写真が下手で不味そうだけど美味しかったです
ビュッフェにミラーボール付いてることとかある!?
雑に演出されたサラダの野菜

 ビュッフェで料理をチョイスし、それぞれのチーム毎に別れてテーブルにつく。普段はとっても元気なオインクメンバーズであるが、今日も一日歩き回っていたと見えて、さすがにみんな疲労が顔に出ている。どうも、ベルリン大聖堂に行って200段超えの階段をひたすら上ってきたそうだ。疲れたでしょう、それは。その上で立食パーティーはさすがにつらそうだ。
 メンバーズは食事を摂りつつ休憩しているが、うちの夫はこの会場に足を踏み入れてからアドレナリンの分泌がやばいらしく、食事も喉を通らないしもっと交流がしたいと言って、再びテラス席へと繰り出していく。室内は外に比べると暖かいが、やはりそれぞれチーム毎にテーブルが別れてしまうので、交流するならテラスの方がいいようだ。ちょうどテラスへ出たところに、同じくノミネート作であるTOP TENの作者オーレリアン・ピコレット氏がおられた。先程会場に到着した時はでっかいバックパックを背負っていたが、今は身軽な様子。とても細身で、こちらも高身長である。一見すると大変お若そうな印象の氏に夫から挨拶し、お若そうですねと声かけ。「ありがとう、今年で30です」と仰る彼に、ラウリーさんが「23歳くらいに見えました」と。夫が「僕は20歳に見えた」と言うと、「彼(夫)の方が親切ですね!」と笑う。
 それにしても、30歳でSdJノミネートとは。しかもTOP TENが第1作目だそうだ。「次回作がプレッシャーじゃない?」と夫が言うと「すごく!」と頷いた彼に、「Me,too!」と返してまた笑いが起きる。この場に立った者同士でないと交わせない、贅沢な自虐ネタである。
 今のパブリッシャーと組んでから、発売まで実に2年間ゲームをマッシュアップしてきたとのこと。それだけ熱を入れてTOP TENの開発に取り組んでくれたチームにとても感謝していると。また、こちらから凸していった夫に「話しかけてくれてとても嬉しい、ありがとう」と笑顔で握手を求めて下さる。彼もまた、物腰の穏やかな好青年であった。
 正直なところ、ここに来るまではTOP TENもカスカディアも共に覇権を争うライバルで、倒すべき敵、のように見えていたかもしれない。でも、こうして顔を合わせ語り合ってみれば、お互いただのボードゲーム好きなんだと知ることができた。ゲームの向こうにちゃんと作っている人がいて、自分たちと同じように悩みながら作りあげ、今は緊張しながらここに立っている。当たり前のことかもしれないけれど、直接会ってみて改めて実感できた。
 そう思えるようになってとても良かったと思うし、あれだけSCOUTに大賞を獲らせてあげたいと思っているにもかかわらず、ちゃんとライバルチームの二人に敬意を表して自分から挨拶に行けた夫は、偉いなと思った。

川沿いのホテルなので、テラス席からは川が見える
陽が暮れてもテラス席には人が残って歓談している
壁に映し出された赤ポーンのロゴマーク

 だいたい一通り挨拶が済んで、もう22時すぎ。そろそろ引き揚げようかという頃合いで、あるメンバーがiPhoneの紛失に気づく。慌ててLINEを飛ばすも振動はなく、番号に掛けてみたいところだが海外simに差し替えているため、通常の電話番号ではないのである。
 真っ青になり会場を探しつつ、nhowのスタッフを捕まえ、Google翻訳のドイツ語変換で「iPhoneの忘れ物はないか? 友人が失くした」と問いかけると、笑顔でYes! と。ほっとして彼の案内する階下のバーカウンターまで行くも、満面の笑みでライトニングケーブルを渡され、つい鈴木雅之が頭に流れる。

 充電がなくなったんじゃない、iPhone自体がないんです! 「I lost my iPhone!」と叫ぶと、ようやく事態を把握してoh! と青くなる彼。反応を見る限り、iPhoneのお届けものはないようだ。やはり翻訳機能は、あまりアテにならない…。
 一旦ホテルに戻ってPCからiPhoneの位置捜索機能で探しましょうということになり、足早に会場をお暇する。タクシーに同乗しつつ、もし自分が同じ立場だったらと考えて、ぞっとした。一体何から手を着ければ良いのか、見当もつかない…。すると佐々木さんから「僕も何度か海外でiPhone失くしたけど、バックアップさえ取ってあれば何とかなりますよ」と、頼もしい経験談が。
 この一言で、わたしは(自分が無くしたわけじゃないけど)なんだかすごくほっとした。経験者がいるというのは、かなり心強い。旅慣れた佐々木さんは、既に3回ほど海外でスマホを紛失しているが、2回出てきて1回はそのままだったと。やはり、タクシーの中で落とすか何かして、そのままドライバーに持っていかれてしまったということらしい。確率的に、出てくることも、出てこないこともあると落ち着いた口調で話す佐々木さんは、このトラブルにもまったく動じていない。
 メルキュールホテルに着き、すぐPCで検索すると、ここから約7km程行ったところにiPhoneがあることが判明。nhowホテルの位置とも違う、まったく行ったことのない場所である。ラウリーさんがドイツ語で「私は代理で連絡している者だが、貴方のタクシー内にiPhoneがあると思う。見つけたら至急連絡が欲しい」と留守電を残してくれる。ドイツ語のできる仲間がいるというのも、非常に頼もしいものだ。
 あとはもう、先方からの連絡を待つだけだ。ここで我々夫婦は先に部屋に戻って下さいと佐々木さんから言われ、後ろ髪を引かれる思いはするものの、有り難くお言葉に従うことに。スマホのことは気にかかるが、残っていたってできることは何もないし、我々がいたところで気を遣わせてしまうだけだ。
 シャワーを浴び、明日に備えて就寝。夫は結局、昼以降ほとんど食べていないが、お腹も空かないという。明日はついに、何度も夢に見た授賞式の本番である。この2ヶ月間、この日のことを考えて眠れないことも多かった。前日なんて一睡もできないんじゃ…と思っていたものだが、結局は疲れが出たのか、横になるとすぐ眠ってしまった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?