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ベルリン旅行記④2022/7/16 雨

 朝6時頃に、こむら返りで目覚める。痛い。
 飛行機から降りてからというもの、できるだけ足に疲れを残さないようストレッチなどしてきたが、やはり緊張によるものだろうか。

 起床してすぐにスマホをチェックすると、佐々木さんから「失くしたiPhoneはもう諦めて、朝イチで新しいものを買いに行くことにした」と連絡が入っていた。そうか……と肩を落としつつ、朝食会場へと向かう。
 3回目のメルキュール・朝食である。ここは朝食を売りにしているだけあってたいへん豪華で美味しいのだが、いかんせんほぼ変わらないラインナップ(チーズ・ハム・パン)を3日連続食べていると、さすがに少し飽きてきた。

 今日からホテル向かいでベルリンコンが始まるということもあり、朝食会場はこれまでになく混んでいる。同テーブルでみんなおそろいのミープルTシャツを着ていたりして、恐らく出展側の人たちなのだろうと分かる。漏れ聞こえる会話に「カスカディア」などの単語が混じっていたりもする。ここでもやはり、今日発表となるSdJの話題で持ちきりのようだ。
 人気のパンケーキ自動製造機を、初めて使ってみる。どう使えばいいのか分からず倦厭してきたが、ボタンひとつでウィーン……ポト、とパンケーキが出てくる夢のマシンであった。
 食べてみると、これが驚くほど美味い! 二枚作って、一枚は卵焼きやスモークサーモンで、もう一枚はジャムとメープルシロップでいただく。マジ美味い。

 朝食を食べ終えると部屋に戻り、荷物をまとめてメルキュールホテルをチェックアウトする。今夜からは、授賞式の会場であるnhowホテルに宿泊先を移す予定だ。昨日のパーティー会場もすごくオシャレだったので、お部屋もさぞ凄いことだろう。
 11時にロビーで全員集合してから、チェックアウトをして移動となる。朝一番で佐々木さんとともにiPhoneを買いに行っていたメンバーも戻ってきている。
 この機会に、iPhone8から最新機種に買い換えたとのことで、昨日の弱り顔から少し明るい表情になっていて、安心する。佐々木さん曰く、「すぐに出てこなかった場合は頑張って探そうと時間をかけるより、切り替えてさっさと買い換えてしまったほうがダメージが後に引かなくて良い」とのこと。
 確かにiCloudで同期すればほとんどのアプリはすぐ元通りになるし、この機会に最新型が手に入ったと開き直ってしまった方が、心と時間、旅全体に与えるダメージは少ないのだ。頑張って探す時間をかけるほど、見つからなかった時のダメージも蓄積してしまうし、切り替えが大事ということだ。旅慣れた人の言葉には、含蓄がある。
 ふとロビーから外を見ると、もうベルリンコンが始まるところなのか、駅から大勢の人が向かいの会場に歩いていくところが見える。明日はベルリンコンに顔を出す予定だが、それも今日の授賞式次第かもしれない。
 明日のわたしは、この通りをどんな気持ちで歩いているのだろう?

ホテルから見える、ベルリンコン会場入口の様子

 昨日と同じくタクシーを2台使って、全員でホテル間を移動する。
 乗り換えなしの6駅とはいえ、団体でぞろぞろと電車移動するのは、小さな子どももいるし荷物の大きさを考えてもきつかろう。その点タクシーは大変楽だが、そういった移動にかかる諸経費もすべてオインクさん持ちなので、毎回頭が下がる思いがする。
 昨日と同じ経路を辿り、15分ほどでnhowホテルへ。昨日のパーティー会場の入り口とは違い、正面玄関から直接ロビーへ足を踏み入れる。と、ド派手な内装に、いきなり目を奪われる。

えっ 何このエントランス??
でかいガチャガチャマシン 中身はチューインガム
反対側から撮ったフロントの様子 なんか近未来的

 時刻は、まだ11時。チェックインができるのは15時以降となるため、一旦大きな荷物を預けてしまうことにする。
 バックヤードへ向かう通路の壁はベートベンやチャイコフスキーのアートが彩り、荷物置き場であるバックヤードにも、ローリングストーンズの写真が飾られている。
 テンションが上がり、思わずストーンズだ! と叫んでいたところ、スタッフの女性がニッコリして「トイレにもアー写が飾られてるからチェックしてね」みたいなことを言ってくれる。

ベートーベン(ドイツ出身)
チャイコフスキー(ロシア出身)
人がいないから撮った、女子トイレ壁面のトム・ヨーク
たしかにお姉さんの言う通りRolling Stone(誌)には違いないが、この写真はthe Clashである

 実は、このnhowホテルは「ミュージックホテル」というコンセプトなのである。
 1階のバーエリアにはバンドが生演奏できるステージがあるし、上層階には防音のスタジオフロアが用意され、フロントに言えばギターのレンタルサービスも受けられるらしい。5基あるエレベーターには、それぞれロックやジャズ、クラシックなどジャンル別のプレイリストが流れている。
 ホテルの隣にはユニバーサルミュージック社があり、ユニバーサルに所属するアーティストたちがレコーディングに使ったりもするようだ。音楽好きには、夢のようなホテルである。

ラウンジのライブステージ
週末には飛び入り有りのライブも開かれる
フロントの横にはアーティストのサインが沢山
すごいバーラウンジ(もうすごいとしか言えない)
イギーポップくっそかっこいいな!!?!?
これが搭乗機によって違うプレイリストが流れるエレベーター

 授賞式の緊張を一時忘れ、あちこち歩き回って写真を撮らせてもらう。オインクメンバーは授賞式の会場内にあるプレス用の展示スペースの設営を始めているが、我々夫婦は手伝うことができないため、ロビーの奥でしばらく待機となる。
 付き添いとして来たLちゃん(20歳)とRくん(4歳)も同じく待機組で、4人で荷物番をしつつ、しばしぼんやり過ごす。
 ロビーの椅子はソファと背もたれのない揺り椅子? みたいになっており、LちゃんとRくんはこのイスでしばし戯れていた。Lちゃんは、本当にRくんの面倒をよくみてくれている。

ラウンジの揺り椅子に揺られるムーミン

 待つこと1時間ほどで、設営準備が完了。
 他の受賞作もそれぞれ個性を押し出したブースを展開している。我々SCOUTのブースは一番右端で、シルクハットや色とりどりの風船など、SCOUTのテーマであるサーカスをイメージしたブースに仕上がっていた。

SdJエンブレムが輝く、SCOUTのブース
展示ブースから見た授賞式会場(リハーサル前のすがた)

 ここで、印刷したての赤ポーンマーク付きSCOUTと初対面となる。
 イメージ画像で見ていたとはいえ、やはり実物を手に取るとテンションが上がる。

赤ポーンのシールが付いてる!!

 13時からは、授賞式のリハーサルとなる。
 全員席につき、本番さながらに登壇やインタビューの段取りを確認していく。「ここで拍手」「ここで写真」など、言葉が通じなくても分かるような段取りで進むが、本番同様のやりとりを見ていると、「もうすぐ大賞作の発表がくるんだ…」という緊張感が、嫌が応にも高まっていく。
 大きなポーンを模したオブジェのカバーを外すところの予行練習も、ちゃんとする。
 もちろんカバーの下には、何のゲームのパネルもはめられていない訳だが、何度も繰り返し夢に見た場面を目の前でやられると、本っっ当に心臓が痛くなる。泣いても笑っても、もうすぐだ。この段階まできたら、さすがにもう大賞は決まっているだろう。

賞状のお渡し練習も、本番同様に行う
インタビューの予行練習も

 14時近くにリハーサルが終わり、ここで一旦食事を摂ることに。
 あまり食欲を感じられる状況ではないが、腹が減っては戦はできぬということで、またもIさんが手早く調べて下さった近所のイタリアンレストランに、オインクメンバーズと一緒に移動する。
 nhowホテルの近辺はあまり治安が良くないエリアと聞いていたが、川から離れればアパートメントの多い住宅街という印象だ。

上のパイプは何だろう 暖房設備か?
住宅地にも、教会のような綺麗な建物が

 nhowホテルは川沿いに建っているが、その川を挟んだ両側に深夜まで営業しているナイトクラブが多く、夜出歩くのは危険らしい。
 また、nhowホテルはすぐ近くにイーストサイドギャラリー(ベルリンの壁に描かれたグラフィックアートが有名な観光スポット)があり、したがってこの住宅地は、ベルリンの壁の跡地周辺ということになるわけだ。道沿いに壁らしきものの名残も、たしかに存在している。(写真を撮っておけばよかった)
 もし当時もうこのアパート群が建っていたならば、すぐ隣にはそそり立つベルリンの壁があったはずだ。わりと年期が入ったアパート群のように見えるが、さすがに壁の崩壊後にできた建物なのだろうか。それとも…? と、街の歴史に思いを馳せつつ歩いているうち、レストランの入り口に辿り着く。
 日本にもよくある、街の気軽なイタリアンという雰囲気のお店だ。我々の他に客はおらず、一番奥のテーブルに通される。

こういう陶器でできた謎の人形、
日本のレストラン前にもよくあるよね
古き良きイタリアンレストランという雰囲気

 愛想の良い店員さんがメニューを渡して注文をとってくれる。欧州では「一人の店員が一つのテーブルにメインでついて接客する=高級店の部類(なので、サービス代として食事後にチップを払う必要がある)」という公然のルールがあるらしく、つまりここは、割にちゃんとしたお店らしい。
 ラウリーさんにオーダーを伝えてもらい、サラダとピザとパスタを、いくつか注文する。昨日のクソデカスパゲッティの思い出がよみがえり、もっと少なくていいんじゃないかな…と内心不安だったが、まあまあのデカさのお皿を全員でシェアしつつ、なんだかんだで完食する。

なんだか分からないピザ(ニンニクが効いてて美味い)
なんだか分からないサラダ(チキン美味い)
なんだか分からないパスタ(たしか美味かったけど、授賞式前の緊張で全部忘れた)

 佐々木さんと夫とラウリーさんは、先程リハーサルで行ったインタビューについて、簡単に打ち合わせをする。リハで訊かれたことを、恐らく本番でも訊いてくるだろう。
 佐々木さんと夫が、項目に分けてそれぞれ質問に答えることに。スマホのメモ機能に書き込み、言いたいことを整理していく。

 お皿を下げに来たお店のお兄さんは、明らかに東洋人である我々の口に合うか心配だったのか、チラチラと様子を見てくる。ここは街の中心地から少し距離があるから、観光客が来ることなどあまりないのだろう。
「美味しいよ」と伝えると大変喜んでくれ、食後にサービスだといって、注文にないアマレットを、一人1ショットずつ出してくれた。アマレットは30度近い強めのお酒だが、成人しているメンバーは「いっちょ景気づけにいっときますか」ということで、ぐいっと飲み干す。甘くて香りの強いリキュールで、紹興酒のようなお味だ。お腹がほんのりと温まる。
 4歳のRくんはもちろんお酒が飲めないので、アマレットの代わりにデザートが提供される。瞬間、Rくんが「ダンケ」と言い放ち、その一言で店員さんがメロメロになる。横で聞いていたわたしたちもメロメロになった。誰に促されるでもなく、ここですらっと「Danke」が出てくるRくんはやはり大物である。「ARIGATO」でも普通に喜んでくれたと思うのに、外国人の子どもから自国語でお礼を言われたら、これは嬉しいだろう。
 すっかりメロメロになった店員さんは、その後Rくんにものすごく青い色をしたジュース(バナナ味)もおごってあげたようだ。Rくんからも、お店で折ったORIGAMIをプレゼントする。
 素敵な異国間交流に、緊張もだいぶ解れた。

 ホテルに戻り、15時。ようやくチェックインとなる。バックヤードから出した荷物を各々の部屋に置いて、17時にふたたび会場集合となる。

カードキーも、入ってる袋もド派手

 ルームキーのカードも大変オシャレだ。
 受け取りの際、佐々木さんから「梶野さんたちの部屋だけ、ちょっといい部屋とっておきましたんで」と言われ、ドキドキしながら部屋の扉を開けて、驚いた。
 な、なんじゃこりゃーーーー!!

入って仰天の広さ
調度品が全てデザイナーズな感じ
えっ スイートルームか??
テレビの裏までアート

 白とピンクを基調にしたド派手かつ近未来的なデザインに、大騒ぎしながら部屋じゅうを探検して回る。
 うわーー!!夢にまで見たバスタブがある~~~!!

湯船だ!!嬉!!!

 夫婦二人して風呂好きで、シャワーだけだと疲れが取れないなーと話していたので、この心遣いは本当に有り難すぎた。改めてオインクゲームズさん、ありがとうございます。

正面に見えるのは足を洗う用のトイレだそうです(トイレの個室は2つもあった)
オシャ冷蔵庫(中身はお金かかるかもと思い手付かずとした)
部屋からの景観

 部屋に浮かれ騒いでふと気づくと、ルームキーを一枚紛失してしまっている。カードキーを受け取ってわずかな時間しか経っていないのにどうやったら失くせるのか……?
 焦ってカードを探しているうちに集合時間が近づいてきてしまい、バタバタと授賞式会場へ向かう。
(フロントに言ったら、一瞬で再発行してもらえました)

 授賞式まで残り1時間となり、もうプレス関係者が入場してきている。本番の時座る座席を確保しつつ、後方のプレスエリアに陣取って、取材を待ち受ける。

もうすぐだ…

 着ぐるみの赤ポーンくんと黒ポーンくんが会場内を闊歩しており、一緒に写真を撮ってもらう。
 ぱかっと開いた口の中から、明らかに人間の顔が覗いており、できるだけそちらを見ないよう心掛けつつイエーイと撮影会していると、昨日の前夜祭でもグイグイきていたカスカディアの広報・ナニワの商人おばちゃんが赤ポーンくんの肩をガシッと掴み「次はウチのブースに来てね~」と猛烈アピールをして去っていった。
 もうカオスである。

赤ポーンくんに後光が差してる

 このへんから、期待と緊張と不安とで、だんだんテンションがおかしくなっていく。とにかくじっとしていられない。何とかプレスに向かってアピールしなくてはと、紫色のシルクハットを被ってポーズをとってみたり(一体わたしは何者なのだ?)、無駄にウロウロしてみたり。

ゲムマの展示みたいにカードを配置してみる
ゲストにカードの説明をするラウリーさん

 マスコミ関係以外にも地元のYouTuberとか、いろんな人が会場に来てスマホやカメラで撮影している。倒れてしまわないよう、水を飲みながら授賞式の始まりを待つ。もう、よく分からなくなってきたところで、とうとう「そろそろ始まるからみんな席についてね~」というアナウンスが。
 夫と並んで座り、呼吸を整える。もう、思い出すのもしんどい。授賞式が始まる前に、しん……と静まりかえったとき、司会の人が「まだもうちょっとあるから、リラックスしてね」みたいなことを言って笑いをとっていたような気がする。(ラウリーさんから聞いた)

席について、背後の写真を撮る
手前はカスカディアチームですね
司会者の方
審査員長

 いよいよ、運命の授賞式が始まる。
 まず、KeSdJ(エキスパート部門)のノミネート作発表と、作者のインタビュー、発表。大賞作であるLiving Forestの作者、アスク・クリスチャンセン氏は日本映画のファンだと話され、特に好きな映画として「Princess MONONOKE(もののけ姫)」を挙げていたようだ。たしかに、Living Forestの世界観とも繋がる気がする。いかにも好青年といった雰囲気の彼が、KeSdJ大賞が発表された瞬間に喜びを爆発させているところや大賞作品のインタビューを晴れがましい表情で受けている様子を見て、「次はうちの番だ」という気持ちをぐらぐらと煮詰めていく。口から心臓が飛び出そうだ。

羨ましい

 ……というところで、大賞作発表の前に何やら別のVTRが始まり、一人のおじいちゃんが登壇して司会の人と談笑し始める。
 全部ドイツ語なので何を話しているのか分からなかったが、ラウリーさんに要約してもらうと、(前夜祭の時にも話が出た)アレックス・ランドルフ作『ザーガランド』がSdJを受賞してから今年で40周年となるため、その記念で当時ランドルフとともに『ザーガランド』を制作したミシェル・マチョス氏をゲストにお招きしたのだという。スクリーンに映し出された当時の写真を見ると、40年前のマチョス氏はお若く、ランドルフ御大はすでにおじいちゃんである。ラウリーさんの要約によれば、氏は「ランドルフさんとの共同制作は城で行われた。なかなか良いアイディアが出ず制作は難航していたが、ある朝食の席でふと話が盛り上がり、そこから一気にこのゲームが生まれたのだ」といった話をされていたようだ。

ランドルフ翁と撮ったモノクロ写真に時の流れを感じる

 たいへん興味深いお話であるが、なにせこちらは次に控えたインタビューと大賞発表にドキドキしている身なので、もう少し落ち着いた精神状態の時に改めてお話を聞きたいなという気持ちである。
 いや、もういっそのことこのままずっと話していてほしい、大賞発表を先延ばしにしてほしいような気もする。緊張しすぎて訳が分からなくなってきたところで、いよいよザーガランドコーナーが終了し、穏やかな拍手とともに、Spiel des Jahresの発表に移っていく。

 最初に、カスカディアの名前が呼ばれ、作品紹介の短いVTRの後、制作者インタビューとなる。
 舞台に登壇したランディ・フリン氏は、カスカディアのジャケットをプリントしたTシャツに、なにやらスカートのような変わった服を着ておられる。聞けば、それが彼の出身地・カスカディア地方に伝わる民族衣装だそうだ。司会者との間に二、三の受け答えがあり、カスカディアチームがステージを降りると、続いて「SCOUT」と作品名が読み上げられる。

 きた。リハーサルで、この順番で来るのは分かっていたが、実際来ると当然ドキドキする。作品紹介VTRの後、夫と佐々木さんとラウリーさんの三人が壇上へと進んでいく。

 審査員長から直に賞状が渡され、夫がそれを受け取る。前方に陣取ったマスコミのカメラが一斉にフラッシュを焚く。オインクメンバーのKさんも、そこに混じって一眼レフのシャッターを切る。Dさんはスマホのカメラを構え、動画を撮影している。
 予行練習ではない、これが本番なのだ。わたしも、なんだかまだ信じられないような気持ちで、スマホのカメラシャッターを切る。でもこの後、もっとすごい場面を撮るんだぞ、という心の準備もする。
 この賞状だけでない、あの木で出来たポーンを渡される写真を撮るんだ。絶対に撮るんだ、と何度も思う。

 続いて、作品インタビュー。司会者からの「SCOUTのオリジナルはノンテーマでしたが、今回なぜサーカスというテーマにしたのですか?」という質問に、夫は手にしたマイクを(打ち合わせ通り)佐々木さんへとパス。何故なら、サーカステーマを考案したのは佐々木さん(と、Kさん)だからだ。
 佐々木さんは言葉を選びながら、「テーマを設けた理由は二つあって、まず元の優れたゲームデザインをより多くの人に伝えられるストーリーを入れたかったこと。それから、スカウトをして手札に加えるアクションと、一つのカードに二つ役割が振られている点がサーカスにフィットしており、アート的にもカラフルなデザインにできると思ったことが理由です」……等と説明していく。
 事前に用意していた通りの回答だが、想いが溢れてしまったか、話し始めると結構長い。それゆえ場内では「これ、訳す人大変そう…」という感じの苦笑が起きる。壇上にいる佐々木さんも(あれ、思ったより長かった?)という感じの表情をしている。マイクを渡されたラウリーさんは、でも事前に打ち合わせをしていたので、佐々木さんの話をきちんと司会の方に返してくれる。
 通訳を介さなければそれほど長い内容でもないのだが、訳す時間も加えられる分、会話はどうしても制限されてしまう。

 本当は3つの質問が来るはずだったのだが、1つはカットされ、もう1つ、夫が答えた「非常に美しいルールデザインのゲームですが、このルールはどうやって出来上がったのですか?」という質問の2つだけとなった。
 夫は「開発期間は一年半程で、最初はカードだけのゲームだったが今よりルール数が多く、煩雑だった。日本のプレイヤー達とテストプレイを繰り返すうち、コンポーネントを増やすことでルール数を減らせることに気づき、今の形になりました」と答える。
 ちなみに、幻となった最後の質問は「オインクゲームズの製品はどれも大変小さい箱に入っていますが、これはどうしてですか?」というようなもので、これに対しては「小さい箱にたくさんのものが詰まっているのが大好きなので。ポータブルで、エコで、とてもいいと思っています。でも、やはり小箱にきれいに収めるのは、難しいパズルのようで、どうやってゲームの面白さを損なわずに詰め込むか、工夫とアイディアで頑張っています」という回答を用意していた。披露できずに残念である。
 質問が終わり、登壇者たちが席に戻ってくる。「そんなに長かったかなあ?」と佐々木さんが首を捻っており、オインクメンバーズが笑って、少しだけ緊張が解れた。

 続いて、TOP TENの紹介。デザイナーのオーレリアン・ピコレット氏とそのチームは、TOP TENのジャケットに描かれているユニコーンを模した帽子を被っている。緊張した氏の表情と、とぼけた帽子のギャップがなかなかシュールである。しかし、頭はもう大賞発表のことでいっぱいだ。
 TOP TENのインタビューもつつがなく終わり、いよいよ大賞作の発表である。ステージの中央に、例のカバーのかかった大きな赤ポーンモニュメントが運ばれてくる。この下には、もう大賞作品のパネルが飾られているのだ。鼓動が速くなり、手汗がすごいことになっている。隣に座る夫も祈るような表情だ。手を握りあい、発表の時を待つ。

 照明が暗くなり、ドラムロールが響く。カバーに委員長たちの手がかかる。
 頼む、あの下にはSCOUTのパネルがあってくれ……!
 しかし祈りは通じず、外されたカバーの下にあったパネルは、カスカディアだった。

 わっと後方で歓声が上がる。カスカディアチームだ。呆然とした頭で、「ああ、カスカディアだったか……」と理解する。
 一瞬、夫の表情を伺う。悔しい、という顔をしたけど、泣いたり取り乱したりはしなかった。
 場内拍手の中、「いやー、残念でしたね!」佐々木さんが握手を求め、夫がそれに応じる。2人とも笑顔である。わたしも、泣きたいけれど我々のすぐ後ろがカスカディアチームの席なので、取り乱してはいけないという自制心が働き、なんとか笑顔を作って「コングラチュレーション!」と声をかける。
 喜びに沸くカスカディアチームが壇上に上がり、受賞者インタビューに答える。我が家のスーツケースに入れて持ち帰る予定だった木のポーンがランディ・フリン氏の手に渡り、もう見ていられなくなって、席を外し会場外へと出た。

写真なんていつ撮ったかも覚えていない

 相変わらず、外は明るい。18時からの授賞式だから、今19時くらいか。雨はとっくに上がって、晴れ渡っている。会場とは裏腹に、外は静かで明るくて、ベンチに座り、胸に去来するいろいろと戦う。

 ぼんやりしているうちに授賞式が終わり、佐々木さんたちと合流する。スマホを見ると、通知がいろいろ来ている。授賞式はYouTubeで生中継されていて、日本でもたくさんの人が中継を見て応援してくれていたのだ。
 家族、ゲーム仲間、友達。グループLINEやTwitterのスペース等で通話しながら応援してくれていた人たちに、その場で通話を繋いで、お礼と挨拶をする。ボードゲーム仲間のスペースだけで、100人以上聞いてくれていた。日本時間だと、もう夜中の2時にも関わらずである。
 もう、感謝しかない。意識がぼんやりしていてあんまり何を話したか覚えていないけれど、みんな口々に「本当に授賞式に出てる! って改めて驚いたよ」「そこに立てただけで凄いことだよ」と、優しい言葉をかけてくれていたと思う。
 冷静に考えて、もし自分だったら大賞を逃した直後の人にどんな言葉をかけていいか、分からないと思う。本当に有り難いことだ。
 通話している間に、SCOUTの展示ブースにもぼちぼち人が来始めているようだったので、お礼を言って通話を切る。マスコミは当然、ほとんどが大賞作品のデザイナーのところに集まって取材をしているようだが、ポッドキャスター等が何人かこちらにも来てくれたので、SCOUTを渡して箱の内側にサインを入れる。

結構長いインタビューだった
箱裏にサインを入れる夫

 息つく暇もなく、ラウリーさんは来た人の言葉を次々と訳して伝えてくれる。落ち込んでいる暇などない。みんな忙しそうなので、(気づいたら始まっていた)アフターパーティーの会場からみんなの分のハイネケンを持ってきて渡し、合間にささやかな乾杯をしてお互いの労を労う。

ほぼ手をつけた覚えのない料理たち
ハイネケン

 このへんで、どっと疲れが押し寄せてきた。一旦断って部屋に戻り、少し落ち着いて再び会場へ戻ると、ゲストの数は半分以下に減っていた。ビュッフェの料理を適当にとってテーブルにつき、オインクメンバーズといろいろなことを話す。
 気落ちしているわたしに、ラウリーさんが「ドイツのこと嫌いにならないでね」と優しく声をかけてくれる。(大丈夫、何も嫌いになっていないですよ。またドイツ行きたいです。)「SCOUTこんなに面白いのに、大賞じゃないなんておかしい!」と、Lちゃんが我々の代わりに憤ってくれて、少し心が慰められる。佐々木さんと夫は、「いつかまたこの会場に戻ってきたいね」と言いつつ「でも、SdJの評価に合わせていくのではなく、自分たちがいいと思うものをこれからも作り続けよう」と誓い合っていた。
 せっかく広い部屋をとってもらったことだし、わたしたちの部屋でSCOUTを遊ぼうということになって、1階の売店でビールを買い込み、3階の部屋へ移動。そこでまた、豪華な部屋に歓声が上がる。
 大きなデスクをテーブルに見立ててソファの前へ移動させ、そこでささやかなSCOUT大会が開催された。既に時間は23時近くなっているが、みんなまだまだ元気である。

SCOUT大会の模様

 ゲームの合間に皆でつまめればと思い、初日に買ったものの開けていなかったポテトチップスの袋をパーティー開けして提供したところ、まだ2口くらいしか食べていないうちにKさんが袋ごと床にひっくり返した。「あー!」という悲鳴と共に2回に分けて、丁寧に全てのポテチを床へと落としていく様子は実に圧巻だった。テーブルの角が丸くなってるので気をつけてね、と佐々木さんが警告した直後の悲劇である。あまりにも見事な落下に、わたしも夫も、腹を抱えて笑った。

 もし夫と二人だけで来ていたら、立ち直れていなかったかもしれないな…と、落ちたポテチを拾いながらしみじみと思う。明るくて優しいオインクゲームズの皆さんと一緒で、助かった。ポテチは全滅したとしても、我々の心は元気である。本当によかった。
 おなかは減ったが。

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