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社会的プレッシャーが気力を奪う『中高年ひきこもり』

知人の親族にも中高年でひきこもりの人がいたのだけど、報道などを見るとどうやらこれは個人の問題で片付けられないようだ。
いわゆる「8050問題」だ。80歳代の親が50歳代の子供の面倒をみているという。
なんでひきこもりになるのか知りたくなって斉藤環『中高年ひきこもり』を読んでみた。

本書によると中高年のひきこもりは61万人いるのだそうだ。
でも、実際は100万人以上と斉藤氏は予想している。どえらい人数だ。
正直、中高年でひきこもりの人にはあまり良い印象はなかった。
いずれこの人は生活保護を受けるのだろう。その生活保護費は働いた俺たちの税金だよな。と思っていた。

だけどこの本を読んで少し考えをあらためた。
ひきこもりは誰にでも起こる可能性があって、本人はとても苦しんでいるし、どうにかしたいともがいている。
もがいてもどうしようもないから非難されるとつらい。など、少し理解できる心情があったからだ。

それになんとなく昨今の世間は他人に冷たいのではとも思っている。
うまくやれない人をすぐ責める。ミスした人を追い込む。弱いものを叩く。
そんなことを散々やって失敗してきたんじゃないか。自分も他人も。
そうじゃなくて、
失敗した人をかばおうとか、大目に見るとか、一緒に向上するとか。
今こそそんな態度が必要なんではないかと思う。

ヨーロッパ発の医療倫理原則に「バルセロナ宣言」というものがあって、
その一つに「傷つきやすさ」という画期的な項目がある。
どんな人間も傷つきやすいものだと考えてみると、軽はずみに非難などできないなと思うのである。


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