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【お話18 恋をしている】

友達から、恋人の惚気が何度も届く。
返事は面倒だけど、「マコトにしか言えない」と言われたら、拒否もできない。
スマホがピコピコと、間抜けな音を立てる。
薄手の掛布団を顔に押し当てて、無視をした。
たぶん明日、平凡な返事をするだろう。


カウンターに突っ伏していると、ピコリとまた音がする。
「マコト、スマホ鳴ってるよ」
アオイがカウンターの向こう側がから、声をかけてくれる。
ごとん、と重たい音がした。冷たい空気を感じて、お水を入れてくれたことが分かった。
「このバーて、お水何円?」
「ばか。そんなことより、飲みすぎだから、早く水飲め」
アオイは優しく、マコトの頭を撫でてくれる。
バーテンダーには恋するなって言われてた気がするけれど、アオイだったらいいかもしれない。
きっとそんな風に考えて、何人も失敗してきたから、そんなことを言われるようになったのだろ。
いや、こういう考えは職業差別か?とうまく回らない頭で思う。
そう考えながら水を飲む。こくり、と喉が鳴った。飲み下した冷たい液体は、簡単に身体に収まっていく。
「しんどい」
「だろうな」
「ノロケ聞くのもしんどい」
「恋してんだから、当たり前だろ」
恋、という言葉に惹かれるように、顔を上げた。
アオイは笑っている。グラスを拭いて、棚に戻し、マコトのグラスに水を注ぐ。
その一連の動作はよどみない。マコトと同じような人を何人も見ているのだろう。
柔らかい光を宿した瞳は、色素の薄い色をしている。
「そうか、恋、か」
恋という単語の甘美さにあてられて、お酒が飲みたくなる。
「アオイさん、カルーアミルク」
「急に甘いやつだなぁ」
「恋してるから」
酔っ払いめ、と笑いながら、アオイはマコトのグラスを指差す。
「水の2杯目飲まないと、カルーアは作らない」
「商売ベタのバーテンだ」
マコトは水のグラスを煽るように飲んだ。
熱を持っていた身体の芯が、少しだけ冷えた気がした。

スマホを手に取る。
ラインの返事はまた、恋人の惚気だ。
こんちくしょうめ。

胸の中が苦しくて、無視をしようとしたけれど、でもできない。
ため息をついて、長い返事を書き始めた。

いま自分は、恋を、している。

お前はもっとできると、教えてください。