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【お話20 軽バンとお彼岸】

午後3時過ぎ。
のんびりとした太陽が傾きかけて、運転席に眩しい光を届けてくる。
古い軽バンのハンドルは、私の小さな手では少し余る。新しいハンドルカバーが欲しいのだが、本来の持ち主はそういうことを気にしない性質なので、何も言えない。アクセルを踏むと、加速はとても楽だった。

軽バンの持ち主は、元々は祖父だった。強面だったあの人は、覚えやすいから、という理由でナンバープレートの数字がずっと「・・・1」だった。
祖母は今でも時折笑いながら、「軽に乗り換える前は、そのテの人と間違えられた」と言う。
しかし、孫には甘い祖父だった。怒られた記憶はほとんどなく、イカツイ顔で笑い、学校帰りの私にアイス最中を食べさせてくれた。
もう十年ほど前に亡くなっている。

十年前、この車をとりあえず受け継いだのは私の父だった。祖父は母方のほうのだったので、私の父とは血縁はない。父は自分の車を持っているはずなのに、なぜそんなことになったのか分からない。祖父と父の確執を知った今となっては、父が有耶無耶にして乗り回していただけだろう、と推測している。

現在、この車の持ち主は私の兄だ。運転は得意ではなく、洗車場で店の壁にぶつかった時は、あまりの動揺で帰ってきてしまったことがあるほどだ。母と私が慌てて警察と店に連絡するように言い、店に戻らせた。その時は、もう二度と運転などしない、と顔に書いてあったほどだ。

その車を、一人暮らしに疲れ果て、実家に帰ってきた私が乗り回している。
引っ越し前までは車が絶対に必要だと思うほど場所で生活していなかったので、私は車を持っていない。金もないので無理をして買うつもりもない。
軽バンは、兄が雨の日の出勤と、一人で買い物に行く時に使われている程度。営業で車を乗り回していた自分が、車を多用するようになるまで、時間はかからなかった。

不満はたくさんある。カーナビが壊れていること、父が落としたタバコのせいでシートに穴が開いていること、細々とした荷物が置かれていること。細々とした荷物をまとめて捨てようと何度も思ったが、私のものじゃないのに掃除をすることが、どうしても納得できない。
一人暮らしが長かったせいか、もともと自分がそういう性格だったのか。家事はできるようになるが、家族であっても自分以外のために何かしようという気持ちは薄い。たぶん、もともとの性格だろう。
いいところもある。スピードが出やすいこと。小回りが利く事。天井が高く、圧迫感がないこと。
かわいらしい軽自動車のCMを見ても、特に欲しいとは思わない。自分にはあの軽バンが充分だ。
ただ、新しく勤め始めた職場の人には見られたくないので、出勤は自転車を使っている。


スーパーの帰り、だだっ広い駐車場に停められた軽バンを見て、祖父のことを思いだした。
私が30を過ぎても独身で彼氏もおらず、自分が遺した古い軽バンの掃除もせず、実家で暮らしていることを、あの人はどう思っているだろうか。
小学生の頃、「嫁に行かれたら寂しい。ずっと家にいてくれ」と言っていた祖父。
こういう形で家に帰ってきた私を、どう思っているだろう。
エコバックの中で、仏壇に供えるために買ったおはぎが、傾いた。


秋空を見上げる。
まぁ、考えても仕方ない。もうこの世にいない人間がどう思うかを考えたところで、私の幸せとイコールにはならない。
余計なことを考えながら運転をして、この軽バンで事故などをするほうが、祖父としては嫌だろう。
軽バンのドアを優しく閉める。閉まりきらなかったらしく、半ドアのランプがピコピコ光っていた。

お前はもっとできると、教えてください。