錆びた剣が光出した
『行方不明になった相方を探しにいこうよ!探そう!』
小峰遥佳は左手でウーロンハイを傾け、右手を私の膝に置きながら上機嫌に言った。
「そんなこと言われても…向こうが望んでないのかもしれないし」
『そんなの関係ないよ。会ってちゃんと謝ってもらって。そこから考えなくちゃ』
「でも思うんだ。あれからずっと。俺が悪かったのかな、俺があまりにも相方を思いやれなかったからかな、って。だから本場当日にいなくなったんじゃないかって」
7杯目の赤玉パンチですっかり酔っ払ってしまった私は、頭を抱えながらそう言って彼女に甘えた。
「俺が悪いんだよ」
『でもキミはさっき、"勝ち負けにこだわる奴はバカだと言う奴がいるけど、そいつらはそもそも勝負の舞台にすら立てないことがどれだけ惨めかわかってないんだ"って言ったよ』
「そうだね。言った」
『つまりキミは自分を惨めだと思ってるってことだよね?』
「そういうことだね。間違いなく」
『ならそうやって惨めにさせられたのは誰のせい?』
「うーん…」
『今回のネタ、自信あったんでしょ?』
「そうだね。かなり」
『なのにそれを披露することすらできなかったんだよ』
「うん」
『それは誰のせい?』
「…」
『だからこそ行方不明の相方をみつけよう』
「みつけてどうするの?」
『謝ってもらうんだよ。ちゃんと。ごめんなさいって言わせる』
「謝るべきは俺のほうかもしれないのに?」
『そんなことないよ。全てはその相方が逃げたからだよ。話し合うチャンスも文句を言える瞬間もたくさんあったはずなのに、彼はそれをやらずにただただキミの機会を奪ったんだよ』
「だとしても、会って謝られて、それでどうするの?また漫才やるの?」
『違うよ。それを書くんだよ。それをネタにしてまたエッセイを書くんだよ』
「それは…それは良いね」
『一緒に探そう?』
「でもそれ、はるさんに何のメリットがあるの?時間潰してまで付き合うこと?」
『メリットはあるよ』
「何?」
『キミのエッセイを誰よりも早く読めること』
「それのどこがメリットなんだよ…」
『早速探そう。まずは抑えている相方の以前の住所から行こう』
「でもいいね。なんか楽しくなってきたよ」
『でしょ??私ね、一回やってみたかったんだよね、失踪人探し。色んなヒントを自分たちで見つけて、答えに辿り着いて、それでなんでいなくならなくちゃならなかったのか、直接本人にきこう』
「わかった。そうだね。あいつ見つけて、謝ってもらうよ」
『じゃあ早速、明日から始めよう。前住所の国分寺駅集合で』
「待ってはるさん、仕事は?」
『大丈夫。じゃあ明日のために今日はもう帰ろう。お会計お願いしまーす』
そして翌日から、彼女と連絡が一切とれなくなった。
◯
キングオブコント2023を元ジューシーズだったサルゴリラが制した。
歴代最高得点、歴代最年長王者。
10年以上前に、同じ事務所で同じトリオ芸人であるパンサー、ジャングルポケットと共に吉本興業の猛プッシュを受けながら、ジューシーズに関しては何故か一組だけそこについていけなかったと感じることがよくあった。
テレビで観ない日がないくらい、パンサーもジャングルポケットもいまやメディアスターとなってしまったが、その一方でジューシーズはトリオではなくなり、名前もサルゴリラになり、逆にテレビで見かけることはほぼなくなってしまった。
本人達はどうかわからないが、観る側の私達には紛れもなく苦境だった。
「中箱Bに春の尾瀬を入れます」
それを聞いたとき涙が出るほど笑ったし、同時になぜか心が満たされていくような温かい気持ちにもなった。
先の二組、テレビにおいていまも最前線を毎日走り続けているパンサーもジャングルポケットもどうしても手が届かなかったキングオブコント王者の座を、そのずっと後ろで耐え続けているサルゴリラが手にしたのだから、やはり運命というものはイキだ。
同時にこうも思う。
どんなことがあったって、勝負し続けることが大事なのだと。
ずっと負けていたって、挑み続けることが大事なのだと。
だからこそ2023年9月、M-1グランプリ1回戦当日に相方が姿を消し、今も行方不明であるために舞台に立つことすらできなかった私自身は、とても情けない。
勝負することも、挑むこともできない。
それは最高に屈辱的であり、且つ、最高に惨めだ。
◯
『エッセイの調子はどう?』
「全然ダメだよ。8月までは毎日何かしら書くようにしてたけど、いまはもうそれもやめちゃったよ」
『どうしてやめたの?』
「書いたところで何にもならないし。それにそもそも面白くないから読んでて。才能なんてもともとなかったのに勘違いしてたんだよね。黒歴史だよ」
『才能があるかないかだったり黒歴史なのかどうかはわからないけど、キミの書く文章はたしかに面白くないよ』
あまりに唐突に芯をつくその言葉に、私はなんの反論もできず、ただただ「やっぱりそうだよね」とため息を吐くしかなかった。
『出会った当初を覚えてる?』
「覚えてるよもちろん」
『キミはさ、あの頃どんな女の子に対しても必ず自分から"俺って童貞なんだよね"って自己紹介してたんだよ。仮にそうだとしても、こっちからすれば、そんなわけあるかいだし、はいはいわかったわかったなんだよ』
「ああ。でも事実モテないから」
『そうじゃなくて。何のために俺って童貞なんだよね、をやってるのかがわからないの。最初はそういう童貞好きの熟女でも狙ってるのかと思ったけどそういうわけでもない。ただただ社交辞令で周りから"えー嘘だあ。童貞に見えなーい"って言われて喜んでる。でもその子を口説くわけでもない。本当に何のためにそれをやってるのかわからないの』
「チヤホヤされたいだけなんだよ」
『でもされないでしょ?それだけじゃ。それもわかってるでしょ?なのにそれをやり続けるのが気持ち悪かったの。なんだったら、女のことバカにしてんのかなぁとか思えたりする』
「気持ち悪いってひどいなあ」
『キミのエッセイはね、まさにそれだよ。ずっーと"俺って童貞なんだよね"をやってる文章。登場する女の子はみんな"えー、童貞に見えなーい"を社交辞令でやって、それをキミが"えへへ"ってなって終わる。キミの女の子絡みのエッセイも小説も全部それだよ』
たしかに私は、自分の日記が面白いと思われているということがそれほど多くなかった。
けれども同時に、自分自身では自分の日記に酔い、良い文章だなあと自惚れることは非常に多くある。
しかしそれは小峰遥佳からすれば"俺って童貞なんだよね""えーそうは見えない""そう言われると嬉しいなあ"を1人でやっているに過ぎないと言う。
『面白いって思う人もいるよ。でもまず女の人はあれを面白いなんて思わないよ。面倒くさいもん』
「でもどうしようもないよ。ずっとそう書いてきたし、ずっと"俺って童貞なんだよね"をやり続けてきちゃったんだから。今さら自己紹介で"これは俺が友達に聞いた話なんだけどさ、、"なんて枕かませないよ」
『じゃあなるべく女性ネタを書かないようにすればいいんじゃない?』
「それができたら苦労しないよ。俺は本当につまらない人生なんだよ。ほかの人と比べると尚更。唯一、ちょっと耳を傾けてもいいかな?くらいの話題が女性ネタなんだよ。それがないともう誰も読んでくれないよ」
『そんなことないよ。必ずあるよ興味をもたれること』
「じゃあそれを考えてみてよ。何を書けばいい?」
『そうだなあ…』
彼女は何度かグラスを傾け、正面の店内メニューに目をやりながら少し黙った。
そして何かを閃いたように、私の肩に両手を載せ、目を輝かせながらこう言ったのだ。
『ねえ!行方不明になったM-1の相方!あの人どうなった!?』
◯
小峰遥佳と連絡が取れなくなることは珍しいことではない。
寧ろ通常運行だ。
だいたい1ヶ月から2ヶ月くらい連絡が途絶えて、少し向こうに余裕ができたり逆に限界までしんどくなった時に『来週会えない?』とLINEがくる。
仮に2ヶ月以上連絡がなくても、長い時は2年間音信不通になったこともあるので、こちらが我慢をしていればいずれ連絡は取れるのだ。
『あのね、前言撤回だけど、才能はあるよ。大丈夫』
「ああ、これが日記なら今の言葉が"俺って童貞なんだよね"フォーマットの最後の"えへへ"の部分にあたるわけだよね」
『…ちょっと。前にも言ったけど、私のこと書いてないよね?』
「書いてないよ」
『ほんとに?逆になんで書かないの?』
「そりゃあはるさんは特別だから」
『それも思いっきり"えへへ"の部分っぽい発言だけどな』
はるさんごめんなさい。
いままさに全部書いてます。
あなたのエッセイは"俺って童貞なんだよね"の延長線上でしかないと言われた話を、まさに"俺って童貞なんだよね"手法でいま書いてます。
駅までの帰り道に彼女は念を押すように私に言った。
『勝負することと、コンプレックスをぶつけることは全く違うことでしょ?』
「…そうだね。違う」
『わかっているなら大丈夫だよ。じゃあ明日国分寺ね。必ず見つけよう!相方!』
そう言って彼女は改札口を抜け、ホームへ向かい、そして私の前から姿を消したのだった。
せっかくの話だ。
この話をこうして日記に収めると同時に、相方の行方も探そうと思う。
見つけられたら、なぜこうなってしまったのかを書こう。
見つからなくても書こう。
そして小峰遥佳と次に会ったときのことも書こうじゃないか。
待っててくれよ相方丸島。言いたいこと全部言ってくれていいからな。
今度は2人でまた大勢の前で言おうじゃないか。
「実は僕たち、童貞なんですけどね」
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