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『始まりの木』私の本棚

『始まりの木』夏川草介 小学館 2020.9

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好きな本であればあるほど、私の文章力で良さを伝えきれなくて、筆が乗らないというハードルがあるのですが、やっと1冊書く気になりました。


民俗学者の卵の主人公と、民俗学者の教授が旅をすることを通して、心とは何か、神とは何か、日本人の世界とはどんなものであってこれからどこへ行くのかを静かに考えさせられる本です。心に留めておきたい素敵な言葉がたくさんあります。


「日本において森や海が世界そのものであったのに対して、西洋においてそれらは世界の境界だった。広大な原生林帯には恐るべき蛮族が跋扈し、白波の立つ大洋の向こうからはヴァイキングの群れがやってくる。安易な解釈に陥ることは避けねばならないが、彼らにとって、森や海は恐怖の対象となることがあり、忌避すべき壁にもなり、取り除くべき敵となることが多かった。だからこそ彼らは森を開き、自然を制圧する営みを積み重ねてきた。そうして、実際に森や海を制した西洋人は自然の中に神を見るのではなく、自らの心の中に、きわめて人間的な神を作り上げることになった」


「どうだい、お嬢さんの心の中に仏様はいるかい?」
「信じるかどうかじゃない。感じるかどうかだよ」
「感じるかどうかってのは、この国の神様の独特の在り方なんだ。例えばキリスト教やイスラム教やユダヤ教ってのは、みんな信じるかどうかってことを第一に考える。そりゃそうだ。神様自身が自分を信じなさいって教えているんだからね。しかしこの国の場合はそうじゃない。神様でも仏様でもどっちでもいいんだが、とにかく信じるかどうかは大きな問題じゃない。ただ、感じるかどうかなんだ」
「神も仏もそこらじゅうにいるんだよ。風が流れたときは阿弥陀様が通り過ぎたときだ。小鳥が鳴いたときは、観音様が声をかけてくれたときだ。そんな風に、目に見えないこと、理屈の通らない不思議なことは世の中にたくさんあってな。そういう不思議を感じることができると、人間がいかに小さくて無力な存在かってことがわかってくるんだ。だから昔の日本人ってのは謙虚で、我慢強くて、美しいと言われていたんだ」


「大切なのは理屈じゃない。大事なことをしっかり感じ取る心だ。人間なんてちっぽけな存在だってことを素直に感じ取る心なのさ。その心の在り方を、仏教じゃ観音さまっていうんだよ」
「観音さまってのは(略)心の中にある自然を慈しんだり他人を尊敬したりする心の在り方を例えて言ってる言葉だ」


大学を経て、人文科学に広く浅く興味があるのですが、ここまでしっくりくる言葉に出会ったのは初めてな気がします。

心の中に観音様を持って生きていきたいものです。

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