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血の繋がらない兄がわたしにくれたもの

わたしには兄がいます。
と言っても、血の繋がりはありません。
親しみを込めて兄さんと呼んでいる彼は、わたしのよき友であり、よきライバルでもあり。
そしてなかなか追いつくことのできない、わたしの理想。

今回はそんな彼との思い出話を聞いてください。


兄さんとは、わたしがまだバンドマンだったころに出会いました。
あの頃のわたしはドラマーで、兄さんはベーシスト。
たまたま知り合って、たまたまセッションして。
気さくで話しやすくて、人見知りのわたしでも緊張せずに話せる人。
初めて会ったはずなのに、なんだか懐かしいような。
遠く離れて暮らしている家族と久々に再会したような。
兄さんは、そんな温かさを感じさせる人でした。


結局わたしは別のバンドへ加入して、兄さんと一緒に活動することはありませんでした。
時間があえばよくライブに遊びにきてくれて、陰ながら活動を応援してくれた兄さん。
結局わたしは1年足らずでバンドを辞めてしまったのですが、いま思えば脱退してSNSのアカウントを削除した時、すぐに連絡をくれたのも兄さんだった気がします。

でも当時のわたしたちを繋いでいたのは、バンドただひとつ。
それがなければ連絡を取り合うこともない、いま思えば脆い関係でした。


バンドを辞めてから2年弱。
その間も、わたしの中にあるエンタメへの想いは変わりませんでした。
背筋がゾクゾクするような。
腹の奥底で何かが疼くような。
自分の中にある、言い表せない何かを爆発させられる場所。
非日常的な空間を生み出せるエンタメの世界に、自分の居場所を見出していました。
いま思えばきっと、兄さんも同じ気持ちだったのだろうと思うのです。

そうやって、必死にエンタメの世界で生き続ける方法を模索し続けた結果。
わたしはイベント会社の正社員になり、兄さんは役者になっていました。

でも、形を変えて久しぶりに再会した兄さんの姿が、わたしには眩しくて仕方なかった。
自らの意思でステージを降りたはずなのに、心のどこかではまだ、かつてステージの上で必死に生きていたあの頃の自分に未練があったのかもしれません。
そして自分でも気がつかないうちに、スポットライトを浴びていた頃の自分の姿を、再会した兄さんに重ねていたのだろうと思います。

手段が違っても目指すべき方向は同じはずなのに、気がつけばわたしは兄さんとは違う場所にひとり取り残されていました。
わたしは前に進んでいるフリをしながらその場で足踏みを続けていて、でもその間にも兄さんはどんどん歩みを進めてしまう。

出会ったばかりのあの頃は、すぐ隣で一緒に音楽を頑張っていたのに。
気がつけば彼は、手を伸ばしても届かない、どこかずっと遠くの方へ行ってしまった。


それでも兄さんはいつだってわたしに、「お互い頑張ろうな」と声をかけてくれるのです。

バンドの夢に向かっていたあの頃と同じ。
ずっと隣にいたような温度感。
いつまでも前に進めないわたしのところにやってきては、わたしが欲しかった言葉だけを置いて、すぐにまた手の届かないずっと先の方へ戻っていってしまう。

出会った頃から何も変わらない、兄さんの優しさ。
その優しさに支えられながら、わたしは少しずつ前に進んでいます。

いまはまだ背中を必死に追いかけるだけ。
でも、いつか兄さんと肩を並べられるよう。
そしていつか兄さんを追い越せるよう。
自分の力で前に進み続けなければ。そう思います。

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