日々を歩き続けていても、時に立ち止まり振り返ってみよう。そして...死を想え─。

最近の話なのですが。
自分の知り合いで親族を亡くしたというお話を拝聴したことがありました。
過日の話ではあるのですが、自分も何なら家族よりも親しく、仲良くさせていただいていた友人を亡くしたことがあります。
生前にその友人と交わした他愛も無い会話の一つ一つを思い出すと自然に涙が出てくるのですが、そんな寂しさや悲しさを忘れるが如く、日々の生活に没頭してきました。

─人は死ぬ。いつか必ず。それは決して避けられぬ宿命である。

「死ぬ」ということに対し、自分達(とみに日本人)は普段からあまり触れようとしない"きらい"があると思っていて、それはつまり自分達人間が本能的に有している"死"への恐怖、或いは畏怖が成せる、ある種の防御本能なのだと思うのです。
自分の近しい人が急に亡くなれば悲しく思うのは当然です。ですが、悲しくなればなるほど、そんな時こそ故人を想い、かつ自分にも必ず訪れるであろう"死"に向き合うことが大切なのかもしれません。

─人は死ぬ。いつか必ず。

であればこそ、日々を歩き続けるその最中に僅かでも立ち止まり、畏怖なるべールをそっと捲って"死"
を見つめてみても強ち間違いではないのではと。