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朗読劇 くろがね姫の離婚 11

毎日の日課。
太陽が昇る頃、兄妹は母親の墓へ出かける。
クロガネも連れ立って、野の花を摘みながら歩く。
「母ちゃん、今日も一日、お守りください」
イザギが可笑しそうに、
「おめぇ、ここにぶっ倒れてたんだぜ」
朝露の滴。
クロガネは、こんもりした土の表面を撫でながら、そっと祈りを捧げた。

澄んだ空気を纏った、和らいだ日々。

収穫の日。
イザギの土地からは、一年を過ごすには余りあるほどの作物がとれた。
「すげぇや。こんな大豊作は、おいら生まれてこのかた見たことねぇ」
「…豊作…」
「部落の奴らも羨ましがるぞ、きっと」
ツツジがふと呟いた。
「姉ちゃんがお祈りしてくれたんだ」
「あぁ? …そうか。そうだよな。…クロガネ、ありがとよ」
「いや、…」
ツツジはクロガネにすがりつき、
「姉ちゃんはすごい巫女様なんだ」
「そうだ、これ見たら部落長だっておめぇのことぜってぇ認めるぞ」
思い立ったらすぐ足の動くイザギは、その日のうちに部落長を連れてきた。
「…これはまたえらく出来が良いですね」
「だろ? クロガネが祈ったからよ」
「鉄の腕…。そういえば、西の向こうの国では、鉄の神が『知恵』を授け『豊作』をもたらすと聞いたことがあります」
「だろ? だから言ってんじゃねえか」
「いや、南だったかな」
「どっちだっていいだろ」
「北…?」
「だからクロガネをよ、」
「あれ」
「まだ方角のこと考えてやがったらブッ飛ばすぞ」
「これはまずい」
「あぁ? 」
「今年は村全体で実りが良いのです。あまり良すぎると来年が心配だ」
「なんだぁ? 次は凶作だってぇのか? 」
部落長は頷いて、
「悪い気が流れ込まないように、早く巫女を立てなくては」
「だからおいらがさっきから、」
「今度の集まりで、クロガネさんを推薦してみましょう」
「…お、おう」
では、と誰にともなく会釈をし、ツツジの頭を撫でて、部落長は帰っていった。

誰も気付かない、裏山の繁みがざわつく音。
ツツジがフイと振り返るも、
その影はとうに消え失せて。

生きものたちが、温もりを求めて土深くもぐり始める。

一晩中、霧雨の降った次の日の朝。
湿り気の残る黒土を踏んで、部落長がクロガネを迎えにやってきた。

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