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紅茸ゼロサム その1

 ずりずりと、人間の姿をした『何ものか』が歩いてくる。

「…はじめまして。
紅茸と申します。
キノコです。
…ああ、今ご覧になってるこの人は、…さっきそこで借りまして。つまり端的に言うと乗り移らさしてもらいました。…キノコのまんまやったら、しゃべられへんでしょ?
キノコいうて、いわゆる傘の形を思い浮かべた方。
残念。
あれが本体ちゃうの。
(手でキノコの形を作って)これはなぁ、胞子いうてつまりは卵やな、をバラまくためのモンで。つまりは子どもを残すとき、初めて土の上につくりますねん。
普段の私は糸みたいな、…人間さんの目には見えへんやろなぁ。
菌類。
ちっちゃいちっちゃい糸みたいな姿で、土の中をうようよしてるんです。
キノコかて動けます。
こんな風に人間さんに乗り移ったら、もっと速う動けるんで便利。
けど、人間さんの身体にもいろいろ菌がいてますでしょ。あかんのですわ。
乗り移った身体ん中で呑気にしてたら喰われてしまいますねん。
せやからねぇ、わざわざ危険をおかしてまで他の生きてるモンに乗り移るゆうことは、まぁ滅多にしません。
だいたいキノコちゅうのは、自分ら以外の生きモンが何考えてるかとかはあんまり興味ないんですわ。
私?
私は変わりモンです。
仲間うちでも嫌われてますねん。お前と合体すんの嫌やて。
人間さんに乗り移ったり変なモン喰ったり面倒くさいことばっかりしたがるやろ、せやからかなんわゆうて。
…あいつら人間さんに乗り移ってしゃべってみたことないからわからへんねん。いっぺんこのしゃべりちゅうのんやってみたら、
…あ。 合体て、な。
くっつくこと人間さんは合体て言わはるでしょ。昔、テレビで観たことありますねん。
あの、私ら土の中をうようよしてますでしょ、ほんで仲間に会うたらくっつくの、会うた順にくっついてくっついてどんどん網の目状にでかくなっていく、ほんでそこら辺の栄養をガーッと吸い取るんです。
効率ええですよ、つまりは定置網か地引き網かいう感じで。
栄養、端的に言うと食いもんですわ。
…食いもんてこれ結構大事やなぁ。何喰うかで生き様変わるで。
いやほんま。
あのな、私らの食いもんて、土ん中にいてる他の植物とか、動物の死骸なんです。…それは学者さんもよう知ってはりますなぁ。
けど、そんときにその食いもんの『記憶』も取り込んでまう、いうことは、あんまり知られてないみたいやな。
わざとやってるんと違いますよ、なんや知らんうちに、勝手に入り込んできますねん。
(胸を押さえて独りごつ)あ。この人。京都に縁があんねんな。
(我にかえり)あ。なんやったっけ。
そうそう記憶。
『記憶』いうても鹿とか猫とかレンゲとかヒマワリとかの記憶はな、なんやしゃべりではよう説明でけへんもんですわ。…奴ら自分自身いうもんにあんまり自覚が無いですから、なんかこっちに入ってくるモンも感覚的いうか。いや私らはわかるんやけども、人間さんの言葉にするいうんが難しい。
人間さんからももちろん栄養もろてきました。
正しくは人間さんの死体さんからやね、おおきに。
けど最近は、少なくなりましたなぁ。
焼いてしもうたらもうあきまへんね。
灰は不味いし、骨とか髪の毛は消化に悪いでしょ。
…まあ、却って良かったのかもしれまへん。
人間さん喰うとな、たまにその記憶がえらい強いんで難儀することがありますねん。
想いの強い記憶ですわ。
…執着心、いいますか。
悪い毒がまわったみたいなもんで、『熱にうかされる』いいますでしょ、『記憶にうかされる』んですわ。
実は、私がここに来たいうか、連れてこらされたいうか、こんなんなってんのもそれが原因ですねん。
…長い時間をかけて、とうとう、見つけてもうた。
その面倒くさいいうかアホくさい話、聞いてもらえます?
実名は出されへんよ、言霊て言いますやろ。
しらぁっとな、なんや作り話みたいに話させてもらいますわ」

 脇腹の辺りから引き摺り出される物語。

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