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紅茸ゼロサム その4

雛人形を並べたがごとき祝言も無事にすみ、同じ顔が添い寝の毎日。
ある日、先に目覚めた娘が、夫となった男の寝顔を愛しげに見つめておりまして、ふとあることに気付いて嬉しげな声をあげました。
目を覚ました男が何事かと問えば、
我らの掌、同じ形に同じ大きさじゃと申します。
言い忘れておりましたがこの男、色白の美丈夫なれど、さすがに体つきはがっしりと逞しくありましたので、
「首から下が違えば同じ顔も目立たぬわの」
などと召使いたちにも囁かれておりました。
それが掌が同じと言われて、当の男も戸惑いながら見比べてみると、なるほど骨の太さに多少の違いはあるも、合わせてみればピタリと重なります。
何やら皺のひとつひとつまで、同じに見えてまいります。
「我らは出会うたが運命(さだめ)、永遠に離れられませぬ」
と、娘は男の耳元に息を吹きかけました。

とろんと甘い酒の熟すように、
時間の流れもやがてその濃さを増してまいります。
広い屋敷の奥、娘と男の蜜月にあてられたのか、気付けば継母の肚には新しい命が宿っておりました。
実はこの継母、以前、孕んだ折には失敗しておりまして。
不安顔で己の肚の脹らんでゆくを見つめる毎日。
夫は妻の憂いを払おうと、
「良い良い、またおかしなのが出てくりゃあ、くびれば良いだけのことじゃ」
快活な笑いを飛ばします。

さて長いとみるか短いとみるか、それぞれの十月十日が過ぎゆきて、葵鬘に物忌みの祭りが始まる頃、継母の心配もどこ吹く風と、誰が見ても五体満足、元気な男の子(おのこ)が生まれました。
憑き物が落ちたように晴れやかな継母の顔、手放しで喜ぶ父親、家中が安堵の溜め息ついて寿ぐなか、弟が生まれたというのに娘は何やら浮かぬ顔。
産後の肥立ち間もない継母のもとへ、神妙な様子で頭を垂れました。
片眉をしかめて言うには、
男の態度がおかしいと。
前ほどに私を見つめなくなった、
前ほどに私の話を聞かなくなった、
前ほどに、私の腕を撫でて甘えなくなった。
白い腕を寂しげに投げだす娘に継母は、
男とはそういうもの、案ずるほどのことでなし、と笑いかけます。
ところがまたしばらくして、娘が白い顔をさらに蒼くして言うには、夜毎の睦ごとが二日おき、四日おきになり、今では十日をこえてもつれない返事、この上はいかがしたものかと思うにつけ眠れませぬ。
されど継母は微笑んで、
「男とはそういうもの、案ずるほどのことでなし」
と取り合いません。
仕事は熱心にしておりましたので、父親も婿殿を誉めこそすれ、閨の寂しいはお前が足りぬからじゃ、と反対に娘を叱る始末。

やがて、人々の噂が、娘の耳にも届いてまいります。
東に唇の艶めいた女がおれば、夜を忍んで会いにゆき、
西に髪の美しい女がおれば、その後ろをついてゆく。
なんとも婿殿の好き者ぶりには、畏れ入りますのう。

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