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朗読劇 くろがね姫の離婚 12

「あなたを正式に、村の巫女としてお迎えすることと相成りました」
「良かったなぁ、クロガネ」
どんどん、と、イザギがクロガネの肩を叩く。
「これ、巫女様となる方に乱暴は…、」
「ここへ来る前にどんな辛ぇことがあったか知らねぇけどよ、これでおめぇも立派な村の一員だ。生まれ変わったと思ってよ、」
「姉ちゃん、もう会えないの? 」
「お籠りのとき以外は、いつでも会えますよ」
「…あれ、おめぇはそうか、生まれ変わりだったよなぁ。ってぇともっかい生まれ変わると、…どうなんだ? 」
「…もう一緒にご飯食べられないの? 」
「立派な巫女様として皆に尊敬されるわけですから、悲しい顔をしてはいけませんよ」
「…うん。…姉ちゃん、遊びに行くね」
「なぁおい、生まれ変わるってぇどういうこった? 」
「自分で考えてください」
「なぁってばよ、」
「では、行きましょうか」
イザギを尻目に、部落長はさっさと歩き出した。

村の中心。
田畑に囲まれて、一軒の簡素な家。
入り口の前で部落長が足を止める。
「代々、巫女様にはこちらで過ごされることが、村の決まりとなっております」
うやうやしく頭を下げる。
側には、大きく枝を広げた樹木。
しばし、見上げてから、
クロガネはひとり、家の扉に手をかけた。
板張りの家のなかには、
歴代の巫女が残した書物と、魔除けの鈴飾りが残っている。
辺りに漂うは、淀みに風穴を穿つがごとき清清しい香り。
胸いっぱいに吸い込んで、クロガネは姿勢を正した。
巫女の仕事など、予想だにつかぬ。
傍らの書物を手にとる。
村で執り行われる儀式の所作が、
こと細かに記されている。
「…。私の、役目」
クロガネは鉄の腕を胸にあて、
村のために心から祈ると、
決めた。

サラサラとお天気雨。
村外れの祠の前で、儀式が行われている。
村の神と巫女が契りを結ぶ、婚礼の儀式。
居並ぶ村人たちが囁きあう。
「イザギの土地にあの腕をさしたらよ、肥料なんかこれっぽっちもやらないのにえれぇ出来が良かったんだとよ」
「一瞬で荒地を耕してよ、田んぼにしちまったんだとよ」
噂が噂を塗りたくり、そしてまた噂を呼ぶ。
クロガネは右手に扇を持ち、ぎこちなく踊っている。
「鉄神の化身じゃという者もおるぞ」
「これで来年も豊作間違いなしじゃ」
儀式の終わりに、
すまし顔の子どもたちが、長い長い、赤いたすきを持って現れた。
端を祠に結びつけ、もう一方の端をクロガネが持つ。
クロガネはたすきを引きずりながら、粛々と巫女の家へ戻っていった。

土が堅く凍える田畑で、裸足になって祈るクロガネの姿が見られるようになった。
滝の水で身体を清め、日々、神に祈る姿。

食べ物は、村人たちが交代で運んできた。
それに加え、ツツジが毎日のように遊びにきては、イモや野菜を置いていく。
「姉ちゃんのこと、みんなに自慢してるんだ」
寒風に頬を染めて、ツツジはにっこりと微笑む。

再び、生きものたちの芽吹く季節がやってきた。

若緑色の苗は、阻むものを知らずどこまでも伸びてゆくかに思われる。
天を仰げば、柔らかな空の色。
今年も、この村は豊かな作物で溢れかえる。
誰もがそう信じていた。

しかし。
突然の異変。
ぽつぽつと赤い斑点。
赤いシミ。
赤錆のような毒毒しい色が、作物の茎といわず葉といわず、
村じゅうの田畑を襲った。
広がる病。
誰も止められない。
やがて、豆も麦も茶色く腐り果て、異臭を放ちだした。
全滅。
うなだれる人々。
イザギの土地も例外ではない。
「…いや、大丈夫だ。まだ蓄えはある」
「こんな年もあるさ」
村人たちは口々に励ましあった。
神からのお告げもなく、悪い気を受けもせずに生きているクロガネを責める者も少なからずいたが、死人の出なかったことだけでも幸いと、部落長がなだめてことは済んだ。

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