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メジャー&マイナーリーグにおける腹斜筋の怪我について

コアマッスルと野球の関係

トレーニング界隈に”コアマッスル”という単語が出てくるようになってから、もうすでに15年くらいが経ったでしょうか。野球界のコンディショニングでもコアトレーニングは欠かせない存在となしました。実際に野球に関わるほぼ全ての動作において、コアマッスルはかなり密接に関わっています。姿勢の維持、投球、スウィング、体の捻転、走る、ジャンプなど例を上げればキリがないです。

一般的にコアマッスルと言うと複数の筋肉の総称ですが、その中でも外腹斜筋と内腹斜筋は下半身から生まれたエネルギーを上半身に伝達するためにとても重要な筋肉です。そのため野球だけでなく様々なスポーツの場面で怪我が発生するリスクが少なからずあります。

過去の研究

MLBの過去の統計では外・内腹斜筋の怪我はシーズン中に起こる怪我全体の4%〜5%くらいだと言われています。怪我の発生メカニズムは一般的には急性的によるものがほとんどです。2012年に行われた研究では、1991~2010年の20シーズンの間に393件の腹筋群の怪我が起こり、競技復帰までに平均で30.6日かかっていたことが明らかになりました。

この論文の著者であるChris Camp氏曰く、当時のMLBには怪我の記録システムが確立されておらず、更に怪我の詳細なども記されていないことも珍しくはなかったので、新しい統計が必要だと思ったそうです。実際MLBは2010年からHealth and Injury Tracking System(通称HITS)を立ち上げ、怪我の情報の公開・シェアも容易になりました。

今回の研究

今回の研究ではMLB・MiLB(マイナーリーグ)で2011〜2015年に起こった腹部の怪我から外・内腹斜筋の怪我の統計を取っています。腹部と怪我というは腹斜筋の怪我以外にも腹直筋や肋間筋の怪我、腹壁緊張、さらには横隔膜やスポーツヘルニアなども含まれます。

腹斜筋の怪我の定義は最低でも1日以上プレーができなかった場合を指していますが、復帰までにかかった日数をより正確に測るために、シーズン中に競技に復帰できなかった場合は統計から外されました。この研究では選手の年齢、利き手、ポジション、プレーのレベル(MLB vs MiLB)を元に、怪我のサイド(利き手側vs反対側)、怪我した際の行動・動作、競技復帰までにかかった日数、MRIの有無、PRPやCortisone治療の有無、怪我の再発率などが調べられました。

結果

今回の統計で2011~2015年の5シーズン中に合計で1515件の腹筋群の怪我が起こり、そのうち今回の研究の基準に当てはまる腹斜筋の怪我は996件でした。意外にも肋間筋の怪我が363件あったことが個人的には驚きでした。このうち79件の腹斜筋の怪我は選手がシーズン中に復帰できなかったので統計から外されています。

この間MLBでは24,298試合が行われたので、大体98.3試合に1件の頻度で腹斜筋の怪我が起きたことになります。マイナーリーグでは選手たちがオフシーズンに秋季キャンプや海外でプレーしたこともあり、頻度の統計が出すことが困難だったと記されています。年間の怪我の発生件数で見ると、MLBでは近年やや下降気味でしたがマイナーリーグでは上昇傾向のようです。競技復帰までにかかった日数は平均で22.2日で、年間で見てもさほど差異がありませんでした。再発率は全体的に見て8.15%でした。

MLBとMiLBの比較

996件の腹斜筋の怪我のうち259件(26%)がMLBで起こり、737件(74%)がMiLBで起こりました。競技復帰までにかかった日数は、MLBが平均23.7日だったのに対しMiLBでは平均21.6日を少し短くなっていました。再発率もMLB(10.48%)よりもMiLB(7.37%)の方が少し低い傾向にありました。怪我をした選手の年齢で比べるとMLBが29.2歳に対してMiLBが24.3歳だったので、個人的には選手の年齢がこれらの数字に変化をもたらしたのではと思っています。

バッティングとピッチングの比較

全体的に見るとバッティングで起こった怪我が(455件=45.7%)がピッチング中に起こった怪我を(348件=34.9%)をリードする形となっていて、これら2つのメカニズム(計80.6%)が他のメカニズムを圧倒しています。ちなみに競技復帰には投手(平均26.1日)はかかり、打者(平均21日)よりも5日ほど長くかかっていました。これはピッチングの方がバッティングよりも動作回数が多いので納得がいきます。しかしがなら再発率でみるとバッティング(8.72%)の方がピッチング(6.58%)よりも若干高くなっていました。

バッティングで起こった怪我の場合、72.3%の確率でリード側(投手に近い方)で起こっていて、ピッチングの場合でも82.5%の確率でリード側(利き手と反対)で起こっていました。ちなみにスイッチヒッターはこの統計から外されています。なお投げるという動作においては投手(88.3%)の怪我の件数が野手(11.7%)よりも圧倒的に多かったという結果になっています。

投手の怪我の場合、先発投手が競技復帰までにかかった日数は平均27.4日だったのに対し、リリーフ陣は平均23.8日でした。怪我をしたピッチャーの年齢で見ると、先発が平均24.6歳でリリーフ陣は26.1歳でしたが、怪我の再発率はリリーフ陣(9.57%)が先発投手(4.9%)となっています。個人的には歳を重ねるにあたって先発がリリーフに回ることもあるので、この数字は妥当かなと思います。

怪我の発生時期

シーズンスポーツで起こり得る怪我の多くがプレシーズン、またはシーズン序盤で起こりやすいとされていますが、腹斜筋の怪我も例外ではなくシーズン前半の方が若干ではありますが発生件数が多かったようです。

診断・治療のオプション

研究期間中に腹斜筋の怪我の診断でMRIも用いたのは全体の18.4%のみで、超音波診断に至っては1.1%とかなり稀だったことが分かりました。怪我の箇所から見ても腹斜筋の診断はさほど難しくなく、僕も経験上MRIが必要だと思ったことは一度もありませんでした。

治療もいたってシンプルで一般的な肉離れと同じように、安静→等尺性収縮→伸張性収縮→ファンクショナルトレーニング→競技復帰といった感じになります。この研究では怪我した選手全体の7.9%が注射による治療を受けており、その際使用された薬物の70.9%がコルチゾンで29.1%がPRP(多血小板血漿)でした。これらのケースでは怪我の発生から注射を受けるまでに平均で6.3日かかっており、注射を受けなかったケースより競技復帰に約9日長くかかっていました。もう少し詳しく見てみるとコルチゾン注射の場合は平均で29日で、PRP注射の場合では平均で40.3日とかなり重症なケースでこれらの治療オプションが取られたものと予測されます。

再発率

5シーズン中、最初の怪我の発生から平均428日後に少なくとも74件の1度目の再発が起こっており、2度目の再発は12件、3度目の再発は3件起きてます。これら再発ケースでは競技復帰までに平均で19.8日かかっていました。同シーズン中の再発は37.8%で、その後のシーズンでの再発が61.2%となっています。ちなみに怪我の再発に選手の年齢に差異は見られなかったそうです。

まとめ

今回は近年注目を浴び始めた腹斜筋の怪我について書かれた論文をまとめてみました。Chris Camp氏はHITSを使って様々な統計を取って論文を書いています。昔はよく腹筋もしくは肋骨周囲の肉離れとかなり広めのカテゴリーされてましたが、腹斜筋の重要性が認識されると共にこの怪我の治療、または予防対策にもかなり注目を浴びてきた感があります。

ホワイトソックスでも近年腹斜筋のコンディショニングに注力していて、特に競技復帰までのプロトコルの作成を徐々に組み立てています。そこで一番の焦点となっているのでプログレッションするために判断基準の作成です。これに関する論文はほぼ皆無で、僕らも手探り状態で行っています。まだ時間はかかるかもしれませんが、これからの楽しみの一つでもあります。

それでは、

参考文献:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5400149/pdf/10.1177_2325967117694025.pdf

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