見出し画像

2020年8月26日の手紙

いつものようにFBを開いたら、この写真が表示された。
ちょうど2年前のきょう。行き詰まった気持ちのまま、夜、家路につかぬまままるっきり逆方向へ走り、こんなところへ彷徨い出た。
そんなときの写真。
あのときはまだスマホが一代前で、今のようにシャープな夜景はとれなかったんだ。だからこんなに滲んで、灯がボケた写真になってる。
正面に写ってるのだけ、満月だったんだよね。肉眼で見たそれは、煌々と輝いて、それは綺麗だったんだ。

あの日がなんの日だったかは、よく覚えてる。
日曜日だったけど職場の研修でね、休日出勤だったんだよね。朝から夕方6時まで、まる1日。
自分、こんなにも追い詰められていたんだ。って、初めて気がついた、いや、初めて認めることができた、そんな日。
身体に表れるいろいろな症状を、そんなの気のせい、一時的なものとごまかし、誤魔化し、毎日を過ごしていた。
けど、この研修のときは、とうとう自分をごまかしきれなくなって、動悸が激しくなって、何度も過呼吸を起こしてしまった。あとから聞けば、やっぱり、周りの人たちも「あの人、様子がおかしい……」と思ってたみたい。あなたもね。

あのとき、あなたに助けを求めたかっただろうか。
あなたに、大丈夫ですか?って訊いてほしかっただろうか。
今思い返しても、思い出すことができない。
それすらも記憶できていないくらい、たぶん追い込まれていたんだろう。
当時、あなた自身も、かなり追い詰められていて、周りに気を回すような余裕がなかっただろうことは、それは覚えている。
だから、せめて私は折れちゃいけない、へこんじゃいけない、自分の足でしっかり立っていなくちゃいけない、そう思っていたことも覚えている。

普段の私だったら、どうしてそんなにへこんでいるのか、辛いと思っているのか、分析できていたはずだった。
分析することが私の、自分自身へのケアとしての、一つの重要な手段だったから。10代のころからそうして自分自身と対話して、分析して、解析して、客観視して、自分を納得させて、腑に落ちて、自分の今のあり方、あり所、かたち、色、存在を少しずつクリアにして、輪郭を描いて、「今の自分はこうである」を造形して、安心していた。安心させていた。
なのに、この時期は、全くもって自分自身の姿が見えていなかった。見ようとしても拡散し、形がまとまらなかった。言葉で表そうにも言葉が出てこず。自分の見たことない自分、会ったことない自分がそこにあり、なんなのこれは?と自分自身で戸惑い迷っていた。
時間が経った今ならば、それも一時的なことで、一般的な言葉で言えば
『過労と仕事上のストレスで抑鬱状態になり、それに伴う思考力・判断力・記憶力の低下がみられていた』
という状態だったのだと言い切れる。

今、この手紙を書くまで、また忘れてた。
この8月、同じ月のうちに、あなたと2人で話す機会、あったんだよね。
8月のはじめ、少し長いナイトドライブをしながら、あなたの車の中で、話をした。真新しい高速道路のインターを通った。それから、おいしい坦々麺を食べた。
このとき話したことは、完全に私の判断ミスで、判定ミスで、あなたをいわば無実の罪で一方的に傷つけるだけのものだったと今ならばわかっている。
あのときのことは、こんな時期だったこともあってか、かなり記憶が朧げだ。心が健康になって、冷静に記憶をたぐり寄せることができるようになった今、少しずつ思い出してみると、あんなことを真っ正面から言われて、あなたがショックじゃなかったわけがない。どうしてあなたは受け止めることができたんだろう。あんなひどいことを言った私を、私の言ったひどいことを。そのまま全ての信頼が壊れて決裂してしまったも全く不思議じゃなかった。なのに、なぜあなたはずっと、私を見離さずに今までいてくれるのか。あなた自身も、精神の崖っぷちにいて、ぎりぎりだったはずなのに。
今思い出したら、泣きそうだ。ありがたくて。
このときのことは、今ではお互いにほとんど忘れちゃったね、なんだったっけね、っていうことになってて、きっと蒸し返さないほうがいい。
だからここで言うの。
ありがとう。本当にありがとう。黙って私を許してくれて。そして今も私とともにいてくれて。
だから、私はあなたをもっと知ることができたし、もっと篤く信頼するようになれた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?