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#講義録・指圧基礎実技 2024.4.10 〜垂直圧を体感する〜

縁あって、今年度も熱海にある 東海医療学園専門学校 で指圧実技を担当させていただくことになりました。私自身、職業としての指圧に携わるようになって20年以上になります。これまでの集大成…と言えば大袈裟ですが、そんな気持ちで一年間の講義録を綴ります。

1年生に最初に伝えること

専門学校に入学した時点で、その人は学生となる。
前職は何であれ、鍼灸師、マッサージ師を目指すことに変わりはない。けれども、入学前までの背景によって、スタートラインは若干、違うと感じている。

まれに看護師や理学療法士の資格を持っていたり、柔道整復師だったという人もいる。それはそれで、医学知識があることはアドバンテージになる。
もうひとつ、アドバンテージがあると感じるのはスポーツをしてきた人たち。
手技療法はみずからの身体を、いわば道具として使うため身体感覚が優れていることは有利に働く。もちろん、それらがなくってもコツコツと技術と知識を磨いていけば一端の施術師になることはできる。

「鉄は熱いうちに打て」と言われる通り、一年生に伝えたいことは山ほどある。まっさらなうちにいろんなことを吸収してほしいと思う。
しかし、解剖学の「か」の字も知らない状況で多くを伝えるのは難しい。
専門学校で最初の1年をかけて解剖学を学ぶため、専門的な骨や筋肉のことをサッと伝えられるようになるのは、秋風が吹き始める頃になる。

それなら、前期の授業では何を伝えたらいいのだろう。
1年生は初対面、まずはおたがいに打ち解けることも必要だ。
【この先生の話を聞いてみたい】
…そう思ってもらえたなら、その時点で半分以上は何かが伝わっていると感じている。

だから、講義の最初には自己紹介を通して、【指圧をしている私という人間はこんな人ですよ】ということを立体的に言葉にするように気を遣っている。
私自身が指圧を始めたきっかけや、以前の仕事のこと、趣味のことなど、人間としての私を知ってもらうことを意識せざるを得ない。
そして仕事に対する熱量が相手に伝われば、自然と【話を聞いてみたい】という流れが生まれてくる。

指圧は何をもって指圧なのか

しかし、自己紹介だけしていてもそれは授業ではない。
ちゃんとした実学を伝えることが講師の使命と心得ている。

実技の授業では、言葉で伝えられることと、言葉では伝えられないことがある。言葉で伝えられることは、教科書にも書いてある。
だから、教科書に書いてない、けれども言語化されていることを伝えている。

「指圧の三原則」というものがある。

・垂直圧の原則
・持続の原則
・集中の原則

たしかに教科書にはそのように書いてあるのだが、言葉は誤解を生む。
文字だけを読んだのでは、解釈が異なってしまうことがある。

例えば、垂直圧の原則。
これは、【皮膚面に対して垂直に押圧すること】とある。
垂直に押せばいいんですね…たしかにその通り。されど、その垂直圧こそが指圧の指圧たる所以と私は理解している。

ヒトはまっすぐ歩けない(※)ように、まっすぐに押すことはかくも難しいのかと感じることがある。それをどうやって感覚として伝えるか。
学生の理解を得るために、そしてあとから自分で復習できるために、風船を使って垂直圧の概念を伝えるようにしている。

(※)ヒトはまっすぐ歩けない
足をまっすぐ前に運ぶ、後ろ足で蹴りだす
この動作は一見、直線的な動きに見えるものの、骨盤と股関節の構造を考えると歩く動作はじつは曲線的である、という意味。
方向としてのまっすぐ歩くは、実際は曲線的な動きの連続性を伴っている。

風船を使って垂直圧の感覚を養う

垂直圧を体感してもらうために、まずは親指で風船を押してもらう。
指圧=親指で押す、という認識なので、このような状況になる。
このとき、親指は重ねていても揃えていてもどちらでも構わない。

腕の構えは、両肩と揃えた親指の3点が二等辺三角形を描くように、肘を真正面に伸ばす。そして風船に親指を当ててしずかに押していく。

最初のうちは押していくにつれて風船がユラユラと揺れたりする。
まっすぐ押しているつもりでも、親指の先を見ると爪の当たり方が斜めになっていたりする。指の第一関節までが広く当たっているのが理想とされる。

初めての授業で緊張していた表情も柔らかくなり、面白がって風船を一生懸命、押している。初々しいっていいなぁと感じる瞬間である。

風船の押し方は人それぞれ。だって、一人ひとり手指の形が違うから。そして、それでいいと私は思っている。
しばらくすると、写真のように押せるようになってくる。
しかし、この【親指だけで押している】状態は十分とは言えない。

親指を安定させるための工夫をせよ!

解剖学をかじったことのある人なら知っていることだが、筋肉には屈筋と伸筋の2種類に分けられる。
身体を操作するうえで、屈筋と伸筋をバランスよく使うことが、疲れないコツ。そしてそれは指圧に限らず、ほかの手技療法でも同じことが言えるし、俯瞰すればどのスポーツでも筋肉を偏らずに使えることが身体に負担を与えずに故障しないために必要なこと考えている。

経験的に知られていることなのだが、親指だけを使って押すことは、体幹の前面にある屈筋を中心に使うことに等しい。
アナトミートレインという本では、ディープフロントアームラインという表現で記載されている。
母指球筋 ⇒ 橈骨骨間膜 ⇒ 上腕二頭筋 ⇒ 小胸筋 という筋肉と筋膜の流れがあるからだ。
親指だけを使っていると偏りが生まれ、いずれは頚、肩がつねに力が入った状態になってしまう。そして、人を癒すはずの施術師が自分自身が肩こりや首の痛みに悩まされるという本末転倒なことになってしまう。

そのような事態に陥らないためには、親指以外の4本の指をバランスよく使うことが求められる。
例えば、剣道の竹刀を握る。
またはゴルフのクラブを握るときのことを思い出してほしい。薬指や小指を意識して使う(締める)ことで、しっかりとグリップできる経験をしたことはないだろうか。

これは指圧にも当てはまる。
そして、腕の中心軸は中指を通っているため、中指、薬指、小指の3本を支えにすることで親指を安定させて押圧することができる。

これを風船でやってみると、こうなる。
中指、薬指、小指の3本も風船に添えられているのがわかるだろうか。

親指が体幹の前面につながっているのに対して、薬指、小指は背中側(体幹の後面)につながっている。この両者をバランスよく使うことが、最初に覚えてほしい手指の操作になる。

押したり揉んだり、という行為は一見、敷居が低く子どもが母親の肩を押すように身近なものだ。
しかし、それを職業として続けていくには、施術師自身が身体を壊さないこと。継続して施術することで受けた人の体調が改善していくことの両者が必要と考えている。

そして、それができる職業人としてのあん摩マッサージ指圧師を育成していきたいと願っている。

physical, mental, spiritual and social well-beingに生きるお手伝いをしています。2020.3に独立開業しました。家族を大切にし、一人ひとりが生き生きと人生を楽しめる社会が訪れるといいなと思いながら綴っています。