コーヒーと物書き

東京のカフェでバリスタをやってます。 作品は全てフィクションです。 「短編小説集 ナ…

コーヒーと物書き

東京のカフェでバリスタをやってます。 作品は全てフィクションです。 「短編小説集 ナポリタンムッシュ 連載中」

最近の記事

  • 固定された記事

「ノルウェーでサバを買っていたはずなのに、気づいたら厨房でビリヤニを作っていたんだ。」 【短編エッセイ】

私は新卒で入社した会社で、ノルウェーの企業からサバの買付をする仕事をしていた。世界を股にかけた仕事。長期の海外出張にも行くチャンスに恵まれ、夢にまで見た仕事だった。 しかし、そこにいた2年間、私はまるで悪魔に取り憑かれてしまったかのような顔で日々を送っていた。理想と現実のギャップ。責任と重圧からの逃避。何より、人間関係の苦しみを耐え凌ぐ術しか日々考えられなくなっていた。 そんな私は現在、東京郊外にあるカフェで働いている。厨房で炊飯器を開けて、クローブやシナモン、ローリエの香

    • バリスタ日記①

      最近スーツを脱いで、バリスタになりました。 前の会社は福利厚生も給料も仕事内容もほんとに素晴らしかったのですが、辞めました。人生ってやっぱり、ただ生きてるだけでも大変だし難しいです。 壁を乗り越えても、すぐまた大きな壁が立ちはだかる。形は違えど、きっと誰にだって色んな困難がありますよね。けど、難が有ると書いて有難い。うん、ありがたや〜。みんな頑張って生きてこうぜ。 上手くいい話にしようとしていますが、簡単に言うと自分は2年間も同じ職場で働いても周りと反りが合わせられなく

      • ナポリタンムッシュ⑦ #どこにでもいる普通のサラリーマン

        そして、ナポリタンムッシュの植木鉢の花が、マゼンダ色からオレンジ色に変わった頃だった。この間福岡へ出張に行った時にお会いしたお客さんに突然呼ばれて、もう一度福岡まで伺うことになった。 「また東京からわざわざ来てくれて、ありがとう。そろそろラーメンは食べ飽きただろ?」 「博多ラーメンは飽きませんよ。けど、自分は今むっちゃんまんじゅうにハマっています。」 美香さんにオススメされたむっちゃんまんじゅうは、地元民に親しまれている素敵なソウルフードだった。色んな種類があって、味を

        • ナポリタンムッシュ⑥ #どこにでもいる普通のサラリーマン

          「へぇ、年齢にしては見た目に貫禄があると思っていたが、なかなか立派に仕事をしているじゃないか。」 自分の仕事内容を聞いた店主に感心された事に、なんだか少し嫌気がさして、それをはね返すように弱音を吐いた。 「最近は焦ってしまって、どうしたら売れるか考えすぎなんですかね?」 「商売ってのはシンプルだよ。それにタイミングってのもあるからな。いい時もあれば悪い時だってある。ただ、悪い時に頑張れる人ってのは、やはり一流だね。」 「今はその悪い時なのかなぁ。頑張ってはいるんですけ

        • 固定された記事

        「ノルウェーでサバを買っていたはずなのに、気づいたら厨房でビリヤニを作っていたんだ。」 【短編エッセイ】

          ナポリタンムッシュ⑤ #どこにでもいる普通のサラリーマン

          しばらくして、思っていたより少し多いナポリタンがタバスコと粉チーズとともに出てきた。それと同時に、店主さんがキッチンから出てきてカウンターでひと休みをしに来た。 「お兄さん、仕事終わりかね。お疲れ様。」 店主さんの朗らかな容姿とナポリタンの香りにホッとしたせいか、思わず会ったばかりなのに愚痴をこぼしてしまった。 「そうです。今日も疲れてボロボロです。粉チーズたくさんかけてもいいですか?」 「なにを遠慮してるんだ。笑 ナポリタンってのは、チーズもタバスコも好きなだけかけ

          ナポリタンムッシュ⑤ #どこにでもいる普通のサラリーマン

          ナポリタンムッシュ④ #どこにでもいる普通のサラリーマン

          郊外の最寄駅に着いたが、家に帰る気になれず、いつもと違う道を歩いた。夏の少しぬるい夜風を浴びながら歩く郊外の住宅街は、家の灯りが心地よく目に映って、なんだか妙に落ち着く。 「ナポリタン…ムッシュ?」 ポップなイラストが描かれた赤と緑の派手な看板が目に入った。ジャムおじさんみたいな人がナポリタンを持っているイラストだ。少し古びているものの、お店は洋風で上品な外装。入り口の横に置かれた普通の植木鉢には、とても綺麗なマゼンダ色の花が咲いている。 小綺麗なのか小汚いのか、上品な

          ナポリタンムッシュ④ #どこにでもいる普通のサラリーマン

          ナポリタンムッシュ③ #どこにでもいる普通のサラリーマン

          相場は変わらず予想通りだったが、ここ数日で為替が一気に円高に振れたのだ。 周りの出方を窺ってから後追いで買い付けた商社が、同じものを安く色んなところに案内をかけたのだろう。 販売を予定していたお客さんからは、他から安く買ったからやっぱりいらないと言われた。買ってくれると言ってくれたじゃないかと話すと「いや、なんの約束もしていなし、特に契約書も書いてないし。」の一点張り。 若手特有の「可愛がられ効果」でこれまではなんとかなっていたようだが、私が決めていた商売はそのほとんど

          ナポリタンムッシュ③ #どこにでもいる普通のサラリーマン

          ナポリタンムッシュ② #どこにでもいる普通のサラリーマン

          営業マンになってそれなりの年月がたった頃だった。私が1人で担当することになった商材ができた。 海外との取引がメインの事務所に所属をしていた為、若手としては異例の早さで大口の商売を任されることとなったのだ。出張を重ねて多くの商売を決め始めた自分は、鼻が高かった。半年後には海外出張も控えており、自分の中の「やり手のサラリーマン像」に向かっていっていると勝手に舞い上がっていた。 最初はとにかく順調すぎた。基本的に大口の商売は、物を買う前に売り先と商談をして、ほとんど商売を決めて

          ナポリタンムッシュ② #どこにでもいる普通のサラリーマン

          ナポリタンムッシュ① #プロローグ

          私の身につけるアクセサリーは大体そこらで買えるウインナーとピーマンだ。 オシャレをしたとしても、熱々の鉄板を履いて薄い卵のコートを羽織るか、頑張ってそこそこプリッとしているエビのアクセサリーをつけるぐらいだ。 瓶に入ったあのタバスコ、緑の容器に入ったあのパルメザンチーズ。この2つは気前よくいつだってかけ放題だ。 あなたに合わせてちょっぴり刺激的にもなれるし、少しだけクセのある包容力だってある。 見た目も中身もいつだって庶民的。 だけど、それでいてちょっぴり大胆。 あ

          ナポリタンムッシュ① #プロローグ

          コーヒーの味はブラックホール

          このカフェに来るまで、コーヒーの味といえば「苦い」とか「酸っぱい」とか「香ばしい」くらいの表現しか持ち合わせていなかった私だが、ここ最近はその違いに触れるたび、わずかながらだが新しい表現も覚えてきた。 苦いと言っても、カカオ感だとか、ロースト感だとか。はたまた、黒糖っぽい甘さを含んだ苦みだったりだとか。 酸といっても、柑橘系だとかベリー系だとか。はたまたキウイをギュッと凝縮したみたいな酸っぱさだったりとか。 香ばしいといっても、スパイス系のシナモンみたいな香りとか。黒糖

          コーヒーの味はブラックホール