第1話 男たち、目的が出来る。

「平和だなぁ~。」

男はふっとそんなことをつぶやいた。男の名は熊白 兵六(16)。今作の主人公である。
天気は晴れ!
車も一台も走っていない見渡す限り田んぼと畑!
聞こえてくるのは、涼しそうな風と近隣に住む鳥人間のきれいで優雅なさえずりだけ!
そんなザ・田舎風景の田んぼ道…彼が一人歩いているのには理由があった。
全世界共通の行事に参加しなければならなかったからだ。

「あっ、やべっ!遅刻するっ。急げや急げ~。」

そう言い彼は走り出した。しかし、すぐに立ち止まった。会場直通のバスが出る時間までまだ余裕があることに気付いたのだ。
走る速度を落とし、バス停まで急いだ。
その結果、息を切らすことも、汗を滝のように流すこともなく、バスが着くギリギリで着くことができた。
バスに乗り、兵六が急な眠気を感じ始めた頃、徐々に人の数が増えていくことに気付いた。目的地が近づいてきたのだ。
バスが止まり、会場に降りたとき、その眠気は吹き飛んだ。そして、自然に背筋が伸びた。

「おぉ~これが今日俺が行く会場。チーチデッカ王国の王宮かぁー。やっぱりでっけぇ~なぁ~。王宮ってやつはー。」

独り言がふっと漏れた。すぐに気づき、私はナ~ニも言ってませんよぉ~というような顔でさりげなく周りを見渡した。しかし、見渡した人誰も兵六という男のことなど気にも留めていなかった。
彼ら、彼女らは目を奪われ、圧倒されていたのだ。人生で初めての…人生で最初で最後になるかもしれない…世界で一番でかい国の王宮という景色に。
兵六は少しホッとした。そして、今日ここに来た理由を思い出し、緩んだ気持ちと姿勢を再び正した。
式まではまだ時間があった。それに、急いですることも特になかった。そこで、兵六は童心に帰り王宮内を見て回ることにした。
王宮内は外から見た時よりも広く、この行事があるから急いで綺麗にしました。というような感じもなく、王宮だから普段から綺麗にしています。というような感じもなかった。どうやら、王宮の様々なところは普段から解放しているようだ。
王様の絵が飾られている部屋にはもちろん、王様のでかい絵があった。最近出来た国のようで、絵はまだ二枚しかないようだった。しかし、その下には王様とたぶん城下の子だろう子供達が写っている小さな写真、その子たちが書いたであろう落書きが所狭しと書いてあった。そして、その端のほうに俺もという文字とともにうんこかソフトクリームか怪しいものが描かれてあった。王宮らしからぬ場所だ。兵六はいい意味でも悪い意味でもそう思った。

(面白いところだなぁ俺が今まで見てきた世界っていうのはメチャクチャ狭いっていうのを朝から痛感するぜ。)

そんな独り言が漏れ出しそうなのをこらえ、ふっと隣を見てみると今にもその壁に落書きしますよ~。というような態勢に入っている男が目に入った。兵六はすかさず

「おいおいおいおい。やめとけよ。一応ここは王宮なんだから落書きはダメだろ。それともなにか?私は王宮画家です。とでもいうのか?」

と早口で、でもしっかり聞き取れるスピードで男に言った。

「そうです。」

はっきりした口調で男は返した。
兵六は焦り、色々なことが頭を駆け巡った。

「ぷっ。ははははははは。冗談ですよ冗談。確かに俺は画家じゃないし、王宮の者でもない。なんならあなたと目的は同じ、今日行われる式の参加者ですよ。あまりにもこう…なんですか…あの子たちの落書きを見て、俺の心の中に少しある創作意欲?みたいなものがなんか湧いたんですよ。後、今日の式が終われば大人ってやつに強制的になるじゃないですか?だったら、最後に子供らしく落書きっていうのをやってみたくて…。なんて。」

男は兵六が焦っていることを見透かしたのか笑いながらそう言ってきた。
兵六はぶちぎれた。
彼は短気だ。ちょっとのことですぐに頭に血がのぼる。だから今も男に向かってくそったれぇと殴り掛かろうと思った。しかし、短気なのと同時に冷静な目で見られる広ーい心も持っていた。だから

「あんた、面白いこと言うねぇ。確かにこの広ーくて描きやすそうな壁に落書きしたい気持ちもわかる。うんうん、確かに俺の中にも創作意欲らしきものが湧き上がってきた気がする。でも、俺たち子どもって言っても16だぜ?16っつたら大人のような子供のような歳だ。落書きっていうのはあの写真の子のような歳の子の特権で、俺たちみたいな歳の子の落書きって言ったらなんか…その…今の~世の中?世間への~反抗ぉ。みたいな才能の使い方間違ったような絵のことを言うんじゃないか?もしかして、それくらいの画力があるのか?それなら確かに俺も見てみたい気がする…。」

と一瞬のぼった血を落ち着かせながら男に返すことが出来た。男は確かにという顔をしながら少し笑い、スッと真面目な顔になりながら言った。

「確かに、俺たちの年齢の落書きはそういう意味に捉えられるかもしれないな。一応言っておくと俺の画力は並以下だ。でも、落書きしたかったんだ。童心に帰るとか、創作意欲がどうとか抜きでよ。どうやらこの部屋は落書きしてもいいようだ。っていう安直な考えで…書いてみたら何か明日から変わるんじゃないかっていうふざけた考えで…。絵じゃなくていい。文字でもいい。目標、夢とかをさ、書いてみたかったんだ。このでかい壁に……でも…」

仕方ない諦めよう。そう続けて言いそうなのを兵六は遮るように

「あんたが言いたいこと、やりたいことはわかった。俺も王宮の者でもないし、言う筋合いもない…。それにあんたの気持ちわからないわけではない…。実は俺も童心に帰って王宮を好奇心の赴くまま探検してみようと思って探検してたんだ。そしたら、もっと童心に帰ってる人がいたから…つい実年齢に戻ってしまった。イヤー申し訳無い。さて、そろそろ俺は会場に行こうとするかな。あんたも書きたいこと書いたら急いで来なよ。」

と見て見ぬふりをすることを男に言った。男もいや~申し訳ないというような仕草をして書き始めようとした。しかしその時、兵六の心の中は子供心と、大人になろうとする心で、揺れていた。だが、考える間もなく

「いや…待てよ。すまないがもう一本何か書けるものは持っていたりはしないかい?」

という言葉が漏れていた。

ギャアハハハハハハァ

その部屋にそのバカ笑いが響いたのは男が予備のペンを兵六に渡してからすぐのことだった。最初は二人ともさすがに壁にでかでかと書くのは時間がかかるうえに、少し気が引けてたのか笑いながら枠線を書いていた。
だが、次第にペンも笑いも止まっていた。いざ書くとなると何も思いつかなかったのだ。絵を描くにも何を書く?うんこか?あの壁の奴みたいに?文字を書くにも何を書く?夢?目標?あるのか?俺にそんなもの?二人ともそう考えていた。二人には同じ悩みがあった。それはとても難しく、この年頃にはよく起こる悩みだった。
夢がない、目標がない、決まっていない、ぼんやりと浮かぶものがあるがそれを明確に言語にしてみろと言われると何とも言えない。もし、言語化出来たとしても、それを人に言ってしまうと何か言葉が軽くなってしまったような感覚になる。否定されてしまった時、言い返せない自分がよぎる。そもそもそれで自分は食っていけるかわからない。そんな考えが二人を襲い、悩ませていたのだ。結果、彼らが壁に書いたのは枠線とくだらない言葉達だった。
彼らの落書きが終わった頃、王宮の兵士の一人がたまたま通りかかり彼らの愚行を見つけた。二人は、怒られることを承知で堂々とその兵士の前に立ち、どうだ!王宮の壁に落書きしてやったぜ!というような態度をとった。兵士は一瞬なんだこいつらと思ったが、少し笑顔を見せ二人に言った

「なんだおまえらもっと反省したような顔をしたらどうだ?まぁ、反省しています。って言って泣かれるよりはいいか。
お前ら親に言われなかったか?公共の建造物に落書きするなって。本来ならお前たちの落書きは重罪。刑務所行きだ。覚悟しておけ!…と、いつもならそう言って、すぐに刑務所送りにした。でも、今日のこの部屋だけは特別だ。今日に限りこの部屋の壁に16歳の者つまり、今日の式の参加者は落書きしてもいい。そんなおかしなルールがこの王宮にはある。おまえら~助かったなぁ~。ではなぜそんなルールがあるのか…?気になる?別に気にならないってか?まぁ落書きした罰だと思って聞け。
では、な~んでか?それはね、あのうんこの絵が原因だ。あれは今の王がお前らの年齢の時、そう16のときにあそこに書いたんだ。城下のガキどもが書いてるなら俺もってな。普通だったら消されるはずだった。でも、あいつの親父さん…つまり、先代王は違った。そのまま残したんだ…あの幼稚な絵を。そして、王宮内に一つの特例を作った。それがこのルールってわけだ。先代王が言うには、あの年ごろの者はああいうことをしたがるものだ。ならばそれを好きなようにさせればいい。確かに息子のあの絵は幼稚としか言いようがない。しかし、もしかしたらあそこに自分の目標や夢、自分の才能を誇示することが出来るような作品。そんなものが書かれる可能性があるかもしれないではないか。それは、私としてはチョー嬉しい。それにどんどん絵が増えれば、今日行われる行事…真伝式の影の名物になるはずだ。ってね。なかなか馬鹿げた理由だ。でも、俺はそんな先代王が好きなんだけどね…。まぁそんなわけであそこの部屋に絵が増えるのはこちらとしては大歓迎なことなんだよ。まぁ公に知られてないからいい感じに増えないってのが現状なんだけど…。はいっ俺からの説教おしまい。」

二人は最初、話を半端に聞こうと思っていた。しかし、徐々に自分たちはなんてくだらない言葉を書いたものだ。と恥ずかしくなってきた。こんなことならでかいうんこを負けじと書いた方がまだばかばかしくてよかった…。そんな恥ずかしさと後悔で二人が下を向いていると、王国兵士は自分の腕時計をチラッと見て慌てて言った。

「おいおまえら、そういえばまだ会場の受付してないんじゃないか?してないなら急いでして来い。もう少ししたら、例年通りだと混んできて大変な思いをするぞ!せっかく早めについたんださっさといってこい!
ああ後、体を十分に動かせるようにしておけ。これだけは会場に着いたあとすぐにやることをオススメしておく。まぁここであったのも何かの縁だ、王宮関係者側からのアドバイスとでも思って頭の片隅にでも入れておいてくれ。さあいくぞ、どうせ行く方向は一緒だついてこい!近道を知ってる。」

そういうと、兵士は二人を連れ会場の受付まで連れて行ってくれた。そのあとお礼を言おうと振り向いたら、そろそろ受付をしようと動き始めた集団の波に紛れ見失ってしまった。そのときに落書きをした男ともはぐれ、兵六は一人になってしまった。兵六は思った。

(どちらにも名前聞いてなかった…。)

受付の方は、さっきの集団と合わせて人が増えていた。しかし、運良く第一波がやんだ後でスムーズに人が流れていた。
あの兵士が言う通りにやってよかった。兵六はそう思い、自分の番が来たことを確認し受付へと向かった。

「はい、君も参加者だね。ここに名前と異能力の概要を詳しく書いてください。なぜ詳しく書くのかって?それはこの式の後、好き勝手異能力を使うには国に許可をもらわないといけない。そのためには国が、君の能力の概要を知っておかなければならないからだよ。」

「じゃあもし、それを書かないで能力を使ってしまったら?」

「そのときは犯罪者として真っ先に狙われるだろうね。どんなに能力が強くても16年程度しか磨かれていない能力だからね。今現役で使用している大人たちに勝てるわけがない。若くて悪い芽は早いうちに摘んでおけっ!つってね。まあそうならないように僕とこのめんどくさい作業があるわけだけど。そろそろ書き終わった?」

「では…あの…能力を…持っていなかったら…どう…すれば…?」

「あぁ気にしないで!多分今ここにいるほとんどの若者が無能力者のはずだから。16で使える人なんて、どこかの一族の子か、天才肌の人か、獣人くらいだから。じゃあ今の話、君に長々と話さなくてもよかったね。もし、この式の後能力を使えるようになったら、僕のところじゃなくて近くの申請所に行ってね。ネットとかでもできるはずだから。便利な世の中になったねぇ。じゃあ今はそこの能力欄には能力なしとかでも書いておけばいいから。」

「それなら出来ました。名前書くだけなので。」

「はい。じゃあこの先、進んだところに扉があるから、そこ開けたらもう会場だ。開始時間まではまぁそこでぼーっとでもしてて。」

そんな感じで兵六は無事受付を済ませ会場に向かった。会場はとても広く(まぁ数十万の人が来るのだから当然だろう…)端から端まで走ったら疲れてしまいそうだった。兵六は、時間もあるので、さっきの男を探すことにした。
会場にはたくさんの参加者がいた。もちろん人間がほとんどだった。しかし、その参加者の中に何人か獣人がいるのがわかった。どうやら機械人はいないらしい。

(ほ~やっぱり、獣人ってのはたくさんいるんだなぁ。俺の近所じゃ朝元気に歌っている鳥人間しかいないもんな~。機械人はやっぱり、オンライン参加なのか?)

兵六は再び自分の知る世界の狭さを感じながら男を探していると、第二波が来たのだろう扉からどんどん人が押し寄せてきた。

(これじゃあどうやっても一人の男を見つけるのは無理だな。)

兵六はそう思い、ストレッチを始めることにした。あの兵士のアドバイスをおとなしく聞くことにしよう。そんな考えもあった。とにかく暇だったという考えもあった。それに、あの男もあの兵士のアドバイスを素直に聞いて体を動かしているかもしれない。そしたら少しは見つけやすくなるかも…。そんなことを考えながら兵六は時間をつぶしていた。
人が密集しているはずなのに会場は意外と快適だった。

(体を動かしたから少し暑いな。でも、今から殴り合いをしろといわれてもすぐ動けるくらいには体は温まったな。)

そんな事を兵六は考えながらボーッとしていると、さっきとは違う兵士が壇上にあがり

「では、真伝式を開催する。いいか?今から来る人は一応この国の王だ。殺そうなんて物騒なこと考えるなよ。まぁそう簡単には殺せないはずだけど..。なーんて。緊張はほぐれた?じゃあ王様のご登場だ。」

と言った。どうやら開始時間になったようだ。

「この国の兵士はおかしな人が多いな」

兵六はそんな事をつぶやきながら、壇上に立つ王の顔を見て驚いた。たぶん、会場のどこかにいるもう一人も同じような反応をしただろう。
なぜなら…

「やあやあ、若人の諸君。大人の仲間入りおめでとう。この国の王、強だ。世界一でかい国の強大王って覚えておいてくれ。よろしく!これから、堅苦しくて長ーい話をするからよーく聞いておけよ。寝るんじゃないぞ。」

さっきの兵士だ…。俺たちにアドバイスをくれたあの兵士だ。兵士だった時は鎧を着ていたせいで気づかなかった。大人と普通に会話している。そんな感じだった。だが、今はどうだ…もう普通には会話できない。所々敬語を勝手に話してしまいそうになる。本能がこの人は王様だ!敬意を示さなければ!と訴えてくる。そんな感じだ。そう思うほど今のあの兵士…王は偉大に見えたのだ。
強大王はさっき言った通り、今日は天気も良く~や、大人ってやつは~など、堅苦しくて長い話を始めた。兵六は、こりゃあ確かに立ちっぱなしでつまらない話を寝ずに聞くには体を動かしていたほうがいいな。と感じ始めた。すると、王は急に話をやめ

「あ~あ聞くのも退屈そうだし、話すのもめんどうだ…。なあそうだろ?若者たち…。
なんかもっと体を動かしたとは思わないか?
でも、体を動かすって言ってもこの集まりはラジオ体操するために、集まったわけではないからな~。どうしようか?
よし!決めた!お前ら、この国の王になりたくないか?なりたいだろ?金!酒!あっでも未成年か…じゃあ食べ物!異性!どれも選び放題…遊び放題。王になる条件は実に簡単!今から、俺は椅子に座る、その椅子を俺から奪い取る。そうすれば次の日からその座った人が王になる。なっ簡単だろ?
でも、王一人のわがままだとは思われたくないなぁ、よし、兵士に許可をもらおう。どうだい?北?」

「いいですね。つまらない話を聞くよりそっち方が楽しそうです。」

「ありがとう。じゃもう一人くらいもらっておこう。どうだい?西?」

「おもしろそうですね。まあ王を出し抜ける者などいませんけど。」

「よく言うよ。まあ俺強いし、あたりまえか…。でも、制限時間は決めよう。無制限にして毎日相手をしてあげられるほど俺、暇じゃないし。というわけで、北の開始の合図があってから一時間…いや、30分でいいか。30分経ったら強制的に北!西!容赦なく止めてくれよろしく!」

「「了解!!」」

とそんな話を兵士と始めた。兵六は…いや、この場にいる参加者全員が思った。こいつら何を言ってるんだ?王になる?そのために王と椅子取りゲームをしろ?制限時間は30分?
会話の内容は理解できた。しかし今、自分たちの意見を聞かず勝手に進む非現実的な出来事に頭が追い付いてこなかったのである。それを王は見透かしていた。というか毎年同じ反応に笑いがこみあげるのを抑えるのに必死だった。

「(親父の言う通りだ。毎年この式のこの瞬間が一番楽しい!あぁ笑いが止まらん…。)あぁみんなすまない。俺たちだけで話を進めてしまって、そろそろ心の準備は出来た?一応言っておくと、私をボコボコにしても、死ぬのは嫌だが、殺してしまったとしても死刑にはならない。そのために兵士二人に許可をもらったんだ。それに、この話はマジだ。マジで王になれる。俺もマジで、相手する。座ったままっていうハンデはあるけどね…。マジなことにはマジで来い!そろそろ行くぞ!」

王はそう言い、椅子に座った。
参加者全員、最初はいきなりのことに困惑した。だが、不思議と心に火が付くのを感じた。その火は、やる気、欲望、夢、十人十色人それぞれだろう。でも、標的は一緒…あの王の椅子。北は彼らの目つきが変わったのを見逃さなかった。双方、戦いの準備は万端。始めるなら今!

「では、真伝式恒例:玉座取りゲームはじめ!!」

合図とともに最初に動いたのは異能者や獣人達だった。それはそうだ、彼らは自称天才の集まりなのだから…。天才たちは各々得意な攻撃法をとった。しかし、王は、それをすべて両手だけで払いのけ、天才達を次々と拳で彼らを元居た場所に吹っ飛ばした。兵六を含め能力を持っていない者たちは、その現状を見て、立ち尽くし、手を出せなかった。彼らの能力に巻き込まれないように…邪魔にならないように…そんな理由もあった。だが、本当は王が立ったときにすかさず座れるよう息を殺して隙を窺っていたのだ。王は一通り能力者、獣たちをぶん投げた後、一度大きく深呼吸をして

「なるほど、なるほど。わかった、わかった。今年の参加者も例年とあまり変わらない。能力者は皆ばらばらに攻撃をし、ほかは、俺が立つのを待っている。でも、それじゃあいつまでたっても俺は倒せない。そして、いつしか30分たってゲーム終了…。これじゃあこの王の座は譲れないなぁ~。
よし!そろそろ15分…。一発…!一発だけ能力を発動する。それに耐え切れたやつは俺に殴りかかって来い!その時、俺は能力の発動はしない。でも、もし発動してしまったらこの王座を譲ってやろう。さあここまでハンデをやろう!
さぁさっさと始めようか!
え?それで得る王座は少し価値がないように感じる?それはまぁ気にするな!今までの15分だって使ってないんだから。じゃあいくぞ!!」

そう叫んだ。自称天才どもは絶望した。体からどんどんと力が抜けてくる。あんなに全力を出したのに…今までで一番いい攻撃が出来たのに…。でも、そんなこと考える間は…気持ちを切り替える間はなかった。

パンッ!!

強大王は空中をたたいた。それは波となり会場全体に波紋のように広がっていった。兵六は音と同時に少し跳んだ。しかし、間に合わなかった。足に少し当たってしまった。地面に足がついたとき、兵六は全身が動かないのを感じた。少し動く目で周りを見ると…

全滅…。

その言葉が頭をよぎったのは兵六だけではないだろう。実際、何人かは兵六と同じようにギリギリで避けようとして、当たってしまい動けず立ちつくす者、堂々と受けてそれでも立っている者はいた。だが、自分の視界で見える周りの現状に絶望し、皆、戦意が…心の火が消えかかっていた。一人を除いては…。

「どうした?もう終わりか?誰一人殴りかかってこないか?あぁ拍子抜けだ。堂々と受けて立てている者もいるというのに…。あと10分もあるのか…仕方ない、座りながらぼーっとするか…。」

王も戦意がなくなってきていた。それは例年通りのことだった…。一度だけ能力を発動させて全員の戦意を削ぐ。そして、残りの10分ぼーっとして静かにゲームが終わらせる。それが例年通りだ…例年ならばそこで終わっていた…だが…

「おい!おい!やっと見つかった。受付ではぐれた時以来だな。」

その声に兵六は喜びと消えかかった火が再び灯りだしたのを感じた。

「おぉはぐれたぶりだな。えーと…そういえばお互い名前聞いてなかったな。俺は熊白 兵六だ。よろしく。」

「俺は、魚水 心だ。よろしく!兵六、まさかあの時の兵士が王様だとは思わなかったな。人は見かけによらないってのは本当のようだな。
で、どうする?足はまだ動きそうにないか?俺はもう少しで動きそうな気がするんだがどうも足がしびれたようで、そのあともう少しがなかなか動かない。」

「確かに、あいつが王だとはね、足の方は俺もあと少しってところだ…。
なあ…心?俺…実は目標や夢が今までなかったんだ。何を急に今?とは思うだろうが聞いてくれ。なぜなかったのか?それを今の間に考えた。そして出た答えが、今まで見てきた世界が狭かったという事、狭いという事は選択肢も少ないという事だ。今までの俺ならその中からいつか渋々一つ選んだのだろう。
だがどうだ!今日で俺の世界はどのくらい広がったか?いくつ選択肢が増えたか?
心!俺はこの式の後、世界一周をしてみようと思う!そして、それが終わった時、一体いくつ世界が…選択肢が…広がり増えているのか俺は見てみたい!将来の夢なんて、それが終わってからいくらでも探せる。そうは思わないか?」

「兵六…それいいな!実は俺もやりたいことがなかったんだ…俺たちの年頃のあるあるなのかもな。よし!兵六!その旅、俺もついて行っていいか?お前といたら退屈しなさそうだ。なぁに心配するな。まだ見ぬ世界ってやつを見れば一つくらいは俺にも、おまえにも見つかるだろうよ。」

「心配?そんなものないさ。よし!決まりだ。これが終わったら一緒に夢でも探しに行こうじゃないか!じゃあ…まずは、あいつを!」

「おう!」

「「一発殴る!!」」

このときにはもう二人の足のしびれは消えていた。能力なんて二人にはなかった。ただ単純な考えだけで足を動かしていた。あいつを一発殴る!ただそれだけ…ただそれだけで、二人は王の前に立ち、王を殴る構えをとったのだ。
しかし、この瞬間を一人、戦意喪失している人々の中でずっと火を絶やさずに待っていた男がいた。男は知っていた。王の不意をつけるのは王が馬鹿ども相手にくぎ付けになるこの時だけだという事を。男は走った。効果音をつけるならビュンッってところだろう。

「その腕、足場にさせてもらうよ。王座は俺がもらった!クソ大王!」

二人が気付いた時にはそいつは二人の腕を足場にして飛び上がり、手に持っていた槍で王に奇襲をしかけていた。しかし、王はその槍をつかみその男を殴り飛ばしていた。奇襲失…いや、そのはずみで王は立ち上がった。奇襲としては上出来だ。

(しまった!立ってしまった!席が取られる!)

王はそう思った。しかし、二人は殴り飛ばされた男の足をつかみ、王とは別のことを考えていた。

((殴りはやめだ!!こいつよくも邪魔を!!よし!こいつをハンマーにして、王に一発…!!))

たぶんそれが、王の唯一の誤算だった…。目の前の二人はもう玉座に全く興味がなく、二人の真の目的は自分!そのことに気付くのが少し遅れたのだ。

(やばい!能力で、守らないと間に合わ…!!)

「「おどりゃあああああああ!!!」」

「そこまで!!」

次の瞬間、王の前に二人の兵士が壁となり、謎の男ハンマーを防いでいた。30分たったのだ…。つまり、ここで玉座取りゲーム…終了である。




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