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【ネタバレ注意】『すずめの戸締まり』感想

 新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』を観に行った。

 前半がエンタメ色強めで後半がシリアスという構成は過去作で何度も見た。前半と後半がまるで別作品のようにテイストを変えているのも新海作品の魅力であるが、こと本作においては前半から「地震を止める」というセンシティブにも取れるテーマにも関わらず上手くエンタメに昇華できたのはお見事としか言いようがない。具体的には初めて新幹線に乗るすずめの初々しいリアクションや、行く先々での優しい人々との触れ合いにほっこりする。

 前半でもう一つ思ったのは、SNSの投稿を頼りにダイジンを捜索するという、スマホという現代文明の利器が珍しく合理的に使われた印象を受けた。確かに『君の名は。』でもスマホは地図表示や暗闇での照明に使用されていたが、それらは本来であれば他のアイテムでも代用できるので、スマホって便利だな~くらいの軽い印象しか受けなかった。しかし本作ではそれに輪をかけてITに依拠しており、SNSが無いとダイジンを見つけられないレベルの事態で、スマホがかなり重要かつ今時らしい使われ方をされている。結果的にこの世界が令和の現代日本であることを明確に表すこととなり、それが後半の展開にも響いてくる。

 その後半について。東日本大震災という、新海作品では初めて現実世界の災害を取り扱った本作。話が重い。涙目にならずにはいられない。

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 私の知識不足だったら申し訳ないが、少なくとも震災後の世界を生々しく描いたアニメ作品は他に『Wake up, Girls!』(2014年、以下WUG)くらいしか知らない。

『Wake up, Girls!』1期9話より、震災から3年後の気仙沼の様子。

菊間夏夜かや「私、3年前のあの時、なんか色々大切なものをたくさん失くしちゃって……で、ここで暮らすのが本当辛くなっちゃって、仙台に逃げ出しちゃったんだ。でね、その手紙を貰ってもなかなか帰れなくて、ずっとずっと長い事踏ん切りがつかなかったんだよね。
(中略)
 私、Wake up, Girls!もこのままじゃ終われないって思う。ようやく頑張れるものが見つかった気がするんだよね。だから、ずっと逃げていたこの町にも帰ってこられそうな気がしたんだ。
(中略)
 頑張りたくても頑張れない人の為に何かを頑張る。今はそう思っている」

 WUGに登場する宮城県の「気仙沼市」、そしてすずめの実家があった場所と推測される岩手県南部の「織笠」。2点は約100kmも離れているが、共に震災で津波の被害を受けている。

 WUGではまだ3年しか経っていないこともあり復興があまり進んでいない様子も見受けられたが(それでも「随分綺麗になった」そうだが……)、10年以上経過したはずの『すずめ』の世界ですら、実家に向かう道中は工事中の看板にバリケード、そして重機が随所に存在している。被害の甚大さを改めて痛感する。

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「何が起きるか分からない(から備えておけ)。私はこの言葉があまり好きではない。確かにこの先の未来、どのような災厄に見舞われるか分からないのは事実だ。しかし、だからと言って事前に備えられることには限度がある。2年半前のコロナショックを誰が予想できたか。事前に備えられた人がこの世に一人でも居たのか。あの悲劇を味わった我々が本当にすべきことは「未来への備え」ではなく、逆に「過去を受け入れる」、「何が起きても前に進む」ことではないのか。

錦木千束ちさと「受け入れて、全力! 大体それで良いことが起こるんだ」

『リコリス・リコイル』9話より

 この言葉が全てである。過去を受け入れ、全力で前に進む。WUGの夏夜もそうだし、すずめにも当てはまる。壮大な世界の物語ではあるが、すずめ個人というミニマム単位で考えれば「震災で肉親を失った過去を受け入れ、前に進むこと」がテーマだったのではないか。

『すずめの戸締まり』について私から語れることはそれだけで、それ以上でも以下でも無い。世界観の細かい部分へのツッコミや考察も野暮であり、終盤の4歳すずめの涙を見れば何も言えなくなる(野暮と言いつつも、井中カエル氏の辛口批評は的確すぎて不快にならないから不思議である)。

 1700字以上も書いておいて「何も言えなくなる」で締めるのも変な話だが、そういう感覚も大事だと思う。例えば昨年の『M-1グランプリ』で「錦鯉の優勝に当初は納得いかなかったが、審査員のサンド富澤の涙を見たら何も言えなくなった」と言う人が居た。そういう感覚のことである。


 新海監督の次回作にも期待している。そろそろ鬱全開のやつをまた見たいかも……。

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