犬が闇●をやっていた時の話②

「犬が闇●をやっていた時の話②」


債務者Iとの話し合い当日。
待ち合わせはIの会社に18時。

ネゴシエーターのM爺は自転車で近所を徘徊するのが日課。
朝は喫茶店、それから大正時代より続く商店街。
ビルの陰に太陽が隠れると、バブル崩壊と共に寂れた歓楽街へ。
傍から見ると何とも暇な爺さんなのだが、定職に就かずに専業主婦の奥さんと中学生の娘を養っている。
本人は金になる話を探し、真剣に漫ろ歩きしている。

その日は午前中からM爺の呼び出しを受けた。
交渉に関する特別な打合せもなく、コーヒーと近隣の噂話をご馳走になった。
やはりただの暇な爺さんだ。
それからいつもの商店街へ乗せて行ってほしいとせがまれる。
道中、助手席のM爺は自分が着用している花柄シャツを摘み「ねぇ、これカッコいいでしょぉ?」と不敵な笑みを浮かべ自慢する。
ブランド物だろうか?
ファッションに疎い吾輩は「あぁ、カッコいいね。」と軽く受け答えをした。
商店街へ着きパーキングへ入庫すると、M爺がまた別の喫茶店へ行こうと誘う。
「ここのサンドイッチ有名なんだよぉ」と得意気に注文をする。
隣の席に座る老人2人。
彼等の会話に「わかりますよぉ。私、今度そっち関係のNPO法人やろうと思ってまして。いやね、市長のK、あいつ学生の時の後輩でしてね…」等と割って入る。
初対面の隣人と30分程の談笑を終え、帰りを見送った彼は吾輩に「ちょっとここで待っててぇ」と告げて店を出た。

暫く経ち、席に戻ってきたM爺は片手に紙袋を提げていた。
また洋服でも買ってきたのだろう。
吾輩の予想は的中していた。
彼は「ジャ~ン」という効果音をつけて、嬉しそうに袋から中身を出した。
それを確認した吾輩は目を丸くした。
彼が今着ている物と全く同じ花柄シャツだったからだ。
「洗い替えか?毎日着たいほど気に入っているのだろう」という吾輩の思いを余所に彼は言った。
「これ、ハル君にプレゼントぉ。着てみてよぉ。」
吾輩は心の中で頭を抱えた。
そのシャツが趣味でないのは疎か、何が悲しくて爺さんと中年のおっさんが派手なペアルックで歩かなければならないのか。
しかし大切な交渉当日。
ここでM爺のご機嫌を損ねる訳にはいかない。
吾輩は意を決して彼からのプレゼントに袖を通した。
「似合う、似合う〜」 
M爺が嬉しそうに微笑む。
想像してみてほしい。
爺ぃとおっさんが花柄のペアルックで借金の取立てに来たシーンを。
吾輩ならどんな手段を使ってでも直ちにに返済をする。
闇金の定番みたいな強面が2人やって来るよりも数百倍恐ろしい。

Iとの約束の時刻も近づいたので車へ乗り込む。
向こうも花柄ペアルックが取立てに来るとは微塵も想像していないだろう。
人生は何が起きるか分からない。
債権者も債務者も、大臣も貧民も、毎日がドラマチックでなければならない。

《続く》


P.S.
今回はいつもより、より恥ずかしい過去を記しました。
読んでくださった皆様が少しホッコリして頂けたなら幸いに存じます。

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何卒宜しくお願いいたします。


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