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社会系教科の授業を探究する〜兵庫県高等学校「社会系教科」研究会の軌跡〜

兵庫県高等学校「社会系教科」研究会は、2021年8月に発足し、ここまで100回もの研究会を実施してきました。
今回は、研究会の経緯を振り返るとともに、成果と課題を踏まえて今後の展望を見据えたいと思います。
以下のような、ラインナップでお送りします。

1.コロナウィルスの大流行と科目改編

2019年末に感染が報告されて以来、数年にわたり流行したコロナパンデミックは、日常生活を大きく制限し、学校教育にも大きな影響を及ぼしました。
2020年2月、卒業式や次年度に向けた準備などを控える最中に国より全国一斉臨時休業の方針が示され、新型コロナウィルスの感染流行を早期に収束させるべく、学校現場が迎えた大きな試練の時期となりました。
しかし、この歴史的な感染症の拡大は、その後も現在に至るまで学校現場に現れては、私たちに教育のあり方を問い直し続ける出来事となっています。

対面で授業できることが当たり前で、生徒が友人とともに授業や学校行事を楽しむ風景を一気に喪失することになったこの期間、学校現場は創意工夫によって教育活動を継続する努力を求められることになりました。

転じて、この研究会の活動フィールドに目をむけてみると、高等学校の教育は現場の対応に終われつつも、2022年度に実施される新科目である「地理総合」・「歴史総合」・「公共」という必修新科目の準備を進めていた時期にあたります。
こちらも中等社会科にとって社会科が解体された時期に匹敵するか、それ以上の大改革を控えているタイミングでのパンデミックでした。
また、個人所有の端末を教育に利用するBYODを促進し、一人一台端末環境の実現(GIGAスクール構想)によって、教師・児童生徒の力を最大限に引き出す教育が志向されてもいました。
さらに、観点別評価の導入を期して「何を学ぶかだけではなく、どのように学ぶのか、何ができるようになるか」という学ぶ能力の獲得が学習指導要領に明確に位置付けられ、高等学校では「知識・技能」・「思考力・判断力・表現力」・「主体的に学習する態度」への評価にも対応する必要に迫られることになりました。

2019年〜2021年にかけての時期というのはもちろん、社会的に大混乱の時期でしたが、高校地理歴史科・公民科にとって学校現場が大きく変わることを予見していた時期でもありました。
そして、およそ10年ごとに改訂される学習指導要領にただ受身に対応するのか、能動的に今からあるべき姿を模索していくのかが問われた期間であったともいえるでしょう。

兵庫県高等学校「社会系教科」研究会は後者の問題意識が強く、特に新たに改編され、全ての高校生が必ず学ぶことになる新科目に注目しました。
「『地理総合』・『歴史総合』・『公共』の授業をどのように創っていき、生徒の市民的資質の育成を担っていくのか?」
このような問いをもとに、兵庫県の教育現場への貢献を目指して、兵庫県高等学校「社会系教科」研究会(以後、本研究会と表記)は、2021年8月に産声を上げました。

2.教員の持ち味を奏でるプラットフォームの構築

日本の教育研究会は学会レベル、民間レベルを問わず数多く存在し、社会科教育の学会では東から順に日本社会科教育学会(事務局:筑波大学)、社会系教科教育学会(事務局:兵庫教育大学)、全国社会科教育学会(事務:広島大学)が有名です。
このような学会が蓄積してきた研究がある中で、新たに兵庫で研究会を結成する意義は何なのか?
まさしく、研究会のコンセプトや意義が問われることとなりました。

本研究会は、理論や実践の批判的検討ももちろん視野に入れますが、それだけではなく、いかに研究成果を現場の先生方に活用してもらえるか、役立てることができるのかに焦点を当てました。
このような場のあり方として、理論武装した教員と知識を享受する教員との「垂直的関係」を目指すのではなく、いかに同じ土俵で立場や年齢層を越えて対話し、明日の授業にいかすことができる「水平的関係」にコミットしていけるかが問われました。

この視点を踏まえ、教員にとっての手軽さを重視し、ネットワーク形成にとって敷居になるものを特定し、克服を目指してきました。
いくつか具体例を挙げると、研究会の参加費は無料として、情報提供やイベントの通知も全てLINEグループで行い、研究会の実施はzoomなどを活用したオンライン型を取ることで時間や場所の制約をできる限り、取り除こうと考えました。
様々な観点から公職としてのメーリングリストの方が参加しやすいという先生方もおられるとは思いますが、明日の授業づくりの一助になり、手軽に情報提供や授業研究の機会を持てるならば、という教員のニーズも根強くあります。


本研究会はある種の割り切りを持ち、つながりと共有の拡大を重視して新科目の授業の方法やアイデアを学びあい、ひいては教員の持ち味を活かした授業スタイルや意見交流によって授業実践への視野の拡大を図ることに取り組んできました。
研究会を勤務後の平日の夜間の時間帯に実施し、ほぼ毎週実施することによって参加したいときに参加し、普段は資料だけ閲覧するという参加方法も可能となっています。
事実、本研究会に参加する8割以上の先生方が資料の閲覧のみという参加形態です。

教員は授業の他にも部活動や校務分掌、保護者対応など、多岐にわたる業務があります。
それでも、研究や研修を重ねて自己の教育力の研鑽も図る必要があります。

2024年2月15日現在、LINEグループには287名もの先生方がおられます。
小学校・中学校・高校・大学・指導主事など、多様な立場から意見や提案がなされ、持続可能な形で、お互いの個性も踏まえながら学びを進めています。
ここにも、本研究会が目指した敷居の低いプラットフォームの構築の特性を見出すことができます。

3.分野横断的な視点による学びの場

本研究会は、冒頭でも述べたように必修科目である「地理総合」・「歴史総合」・「公共」の授業研究を進めており、この三科目を相互に関連させる視点も重視してきました。

「三科目とも高校生が学習するのだから、そんなの当たり前じゃないの?」と思われるかもしれませんが、高等学校の現場ではその専門性ゆえに歴史教育、地理教育、公民教育の垣根も根強く感じられる側面もあります。
もちろん、こうした科目固有の論理や視点は学習で効果的に活かされ、尊重されねばなりません。
この専門性と呼ばれるものは、その多くが大学や大学院でどの分野や時代を専門的に学んできたかに由来します。
それが歴史学なのか、人文地理学なのか、経済学なのか、文化人類学なのかによって、学問固有の思考の枠組みが無意識のうちに授業に入り込み、同じ分野を扱ったとしても教員によって全く異なる授業になることもあります。

一方、専門ではない、いわば大学で表面的にしか学ばなかった分野を授業で扱うことも往々にしてあります。
高校の地理歴史科・公民科は地理、日本史、世界史、政治・経済、倫理を扱い、学習内容だけ見ても多岐に渡ります。
全てを授業者として経験するだけでも、相当な修練と期間を要します。

このような広範囲にわたるコンテンツのどこを切り取り、生徒の深い学びを実現し、生徒が学びの意義を感られる授業を実施できるのかが最大のポイントです。
この視点からは、教師がどの必修科目の担当者になっても、「この学習内容は自分の専門ではない」というスタンスで終始することなく、先生方の学びを新たな授業の視点や発見へと転化する方向に誘っていく場が重要となります。
すなわち、各新科目を別個のものと捉えずに、分野横断的に学ぶ視点を持ち、互いのバックグランドから生み出される専門知や問い直しに応えていくことができる学びの場を創造する必要があるといえます。

4.教員による主体的・協働的な教育への参画

ここまで述べてきたような学びの理念を体現する環境構築は、言うは易く、行うは難しです。
資金もなく、しかも毎週実施という状況であれば、それは至難の業と呼べるかもしれません。

ここまでの研究会のリソースや運営について端的に述べれば、それは教員の、教員による、教員のための主体的・協働的な教育参画と表現できるでしょう。
例えば、本研究会の運営委員のメンバーには、noteで研究会のアーカイブを毎回執筆する先生方がおられます。
現に、ここまで毎回のアーカイブが途切れることなく更新され、公開されてきました。
アーカイブは研究会にとってとても重要な武器となっていますが、研究会実施後に会の内容をまとめ上げる労力は大きく、様々な公務と並行して取り組んでいただいています。
このような運営上の負担というものの見返りに、教員の学びをどこまで深掘り、拡大していけるのかが天秤に測られます。

教育への参画とは、授業や学級経営などを通じて大半の教員が日々行なっていることでもあります。一方、日々の多忙な状況は、授業のあり方についてお互いの意見を共有することすら、難しくしてしまう状況もあり得ます。
多くの教師が、目の前の生徒が前のめりになって学び、社会の形成に向けて探究できるような授業を目指していたとしても、その願いが実現するとは限りません。
たとえ、毎日顔を合わせる先生がお互いに、そのように貢献マインドをもって現場で働いていたとしても、それだけでこの研究会が目指すような創造的な授業研究の十分条件を満たすとは限らないということです。

この点を踏まえて、教員のための主体的・協働的な教育参画とは何なのかを問うたときに、それが学校現場だけにとどまることなく、学校から離れた人間関係や学校独自の文脈、勤務校を俯瞰する視点などを持てる場の重要性がより顕在化してきます。

教員は、目の前の生徒のために知恵を絞り、日々挑戦しています。
その理論構築や授業設計のプロセス、あるいはワークショップなどの企画力・行動力も含め、このような教育活動を営む際の意欲は学校外での広範な活動へと派生し、ワークショップの提案や授業ワークシートの共有、対面での研究会の実施などの形で結実していきます。
実際に、本研究会の活動やネットワークの基盤を活用することで、兵庫県下の研究紀要の執筆者を確保するなどの機会にもつながり、新科目の授業実践に資する成果も生まれてきています。
こうした教員の主体性が結集することで得られるチャンスの確保は、若手・ベテランを問わず教員の活躍の場を確保するとともに、教員のアイデアの活性化をいっそう促す役割も果たします。

優れた教育実践を日々こなしている先生方と出会うためには、教育現場の実践知を共有できるプラットフォームを土俵として、相互の得意分野を学校外へと持ち出してくる姿勢、すなわち教員の主体的・協働的な参画意識をいっそう働かせることが求められます。

それは日々の勤務校での授業だけでなく、教員間の緊密で幅広い、ネットワーキングによって刺激されていくと言えるでしょう。

5.未来に向けて

以上、長文をお読みいただきまして、ありがとうございました。
ここまで本研究会の活動の経緯を概観し、いくつかの本研究会の活動の意義を示してきました。
本研究会の継続的な活動は、多くの先生方の参与と尽力、その主体性によってなされたものであったといえます。
高校地理歴史科・公民科の授業へのこのようなあくなき探究心、そして教育への情熱を絶やさないことが今後の希望となり得るでしょう。

国際社会も含め、大きく社会の情勢が変動している昨今、国内では人口減少社会が確実に進行してきています。

戦後教育の花形教科として誕生した社会科は、「平和主義・民主主義の理念を具体化」する教科として位置付けられ、平和で民主的な社会・国家を形成するために必要な公民としての資質・能力を育成することを目指してきました。

社会や時代の変遷、コロナパンデミックや戦争のような突発的な出来事にも向き合いながら、目の前の生徒の未来に貢献するために、どのような授業を創ることができるのか。
授業への批判的な検討に取り組み、先生方の知恵を結集しつつ、今後も新科目の授業理論や実践知を蓄積することで社会科教育のさらなる高みに迫り、新しい視座を切り開くべく邁進していく所存でございます。

今後とも兵庫県高等学校「社会系教科」研究会をよろしくお願いいたします。

・文部科学省(2020)「新型コロナウイルス感染症対策のための小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校 等における一斉臨時休業について(通知)」
・文部科学省のHP「GIGAスクール構想の実現」https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm
・ 和井田清司(2019)「中等社会科100テーマ〈地理総合・歴史総合・公共〉授業づくりの手引き」、三恵社, pp.8-15 , pp.234-235


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