【映像シナリオ・1シークエンス】光と闇

明朝新聞社記者の野上純(27)は、整理部に3年所属した後、念願の編集局に移り、京都総局にて記者となり、2年目を迎えようとしている。
東京生まれのアメリカ育ち。不公平なことは我慢ならず、正義感の強い性格は古風な記者像そのものといえる。だが、難関新聞社の就職試験を突破したものの、中に入ると、自分と同じような熱き血潮をたぎらせる記者には巡り合えず、発表ジャーナリズムに甘んじる現実に悶々とした日を送っていた。一見優等生な風貌ながら、気の合わない相手には、いらないひと言をつい発してしまい、味方もいる反面、敵を作ってしまうこともある。
アメリカで人種差別暴動に巻き込まれ父親が殺された過去を持つ。悲しみの底にあったとき、憎しみの連鎖を断ち切るためにペンを使うのだと取材を続ける記者との出会いに救われ、自身も記者を目指す。母親の影響で80年代の日本の歌謡曲が好きな独身女性である。

【登場人物】
野上純(27)   明朝新聞社記者
一色与太郎(53)  純の上司
目黒詩子(28)  純の大学の同級生
横井早苗(46)純の知人、NPO職員
平田常男(41)純の上司
大八木泰志(35)純の職場の先輩
佐伯保(33)純の職場の先輩
野上誠(45)純の父・写真のみ


 ①明朝新聞社京都総局・中(夜)
ワンフロア、5、6名の社員が各々仕事中。野上純(27)が、赤線の入った原稿を手に平田常男(41)の後を追いながら、

「デスク、これじゃ記事の意味ないです」
平田「何年整理部にいたんだ? ニュースバリューの低いものに行数は割けないんだ」
「去年の写真と入れ替えたって代わり映えしない桜のニュースの方が(ネイティブ発音で)”バリュー”が上だって言うんですか?」

平田、やれやれという顔で、そそくさと部屋を出る。
純、溜息をつき、眼鏡の下の眉間を指圧する。
大八木泰志(35)、佐伯保(33)、純の横を通り過ぎながら、純に声をかける。

大八木「飯、行く?」
「あ、どうぞお先に」
   
佐伯、純の手に握られた原稿を見て、

佐伯「野上、京都赴任中に桜の名所ぐらい行ってこいよ。日本人の神髄を知るためにも」
「すぐ隣にある悲惨な光景から目をそらせられますものね。誌面には息抜きも大事だ、でしたっけ?」

佐伯、怪訝な顔で、

佐伯「おまえなー」
「(微笑んで)先輩方、どうぞお食事に。私《わたくし》は仕事に戻ります」
   
大八木、佐伯をなだめ、部屋を出る。

「(大きな声で)佐伯さん、桜の写真、あれ、木村伊兵衛、意識してません? さすがですね!」

佐伯、後ろ向きにピースサインを送る。

「(独り言で)……な訳ないだろ」

純、手にした原稿を見返し、ため息をつく。
 
②カラオケボックス・中(夜)
純、中森明菜の『2分の1の神話』を熱唱。

「♪いい加減にしてー」

歌い終わり、ソファに座る純に、目黒詩子(28)と横井早苗(46)、拍手する。
純、ビールを飲みながら、

「ったく、本当にいい加減にして欲しいよ」
早苗「まあでも、小さくても明朝新聞に載る意味は大きいし、有難いわ」

純、首を振りながら、テーブルの上に置かれている新聞記事に目を落とす。『捏造、従軍慰安婦展へ抗議』の見出しに数行、大きく割いた桜の写真の下にある。

「横井さんたちの主張が削られて、”表現の自由の観点から”って公民館側の言葉で絞められたら……ジー、もう敗北感でいっぱいですよ」
詩子「あらら。純らしくないやん、敗北、なんて」
「今回だけじゃないからさー、たまってんだよね。あー、詩子みたいにフリーになった方が自分の書きたい記事書けるだろうなー」
詩子「お金勘定できるん? 無理解な上司がいないかわりに頭の痛いことはフリーはフリーで山ほどあるんやで。純は明朝絶対辞めたらあかん!」
「やめないよー、やめないけどさー」
詩子「そういえば、局長変わるんやって?」
「ふふ。なれ合いの支局だから誰が来ても同じよ。名誉挽回、いろんな報道が自粛気味だからね、いま、うちは……」

中島みゆきの『ファイト』のイントロが流れ、マイクを握る早苗が嬉しそうに、

早苗「いやー、ゆとり世代の女子は頼もしいわねー」
「あー、私、アメリカ育ちなんで、ゆとりの影響はないんですけど」
早苗「(遮って)一緒に歌おう、ファイト―♪」

③マンション・純の部屋・中(夜)
ドアを開けた千鳥足の純、靴をいい加減に脱ぎ捨て、部屋に倒れ込むように入り、ソファに身を横たえる。暗闇のなか、猫の鳴き声が響く。

「あ、サンマ、ごめん。気づかなかった」

スタンドの明かりをつけると、純の足元にいた猫が部屋の隅に移動する。
純、手招きするが猫はその場から動かない。

「サンマ、あんたいつにになったらなついてくれるのよ。よっぽどひどいことされたのね」

純、上向けに寝転び、天井に向かってつぶやく。

「彼らも? っていう感じでもなさそう。ヘイトスピーチなんて言うからおかしくなっちゃうのよ。あれはヘイトクライム、犯罪なんだから。……ね、父さん」

頭の上に手を伸ばし、写真立てを取る。
野上誠(45)の写真を見つける純。

④明朝新聞京都総局・玄関・中
頭を叩きながらビルへ入る純。大きな欠伸を手で押さえると、一色与太郎(53)が背中を丸めてにこやかかに警備員へ会釈し、歩いてくる。通り過ぎる純に一色が声をかける。

一色「野上くん、記者クラブから?」
「あ、はい」
一色「じゃ、報告聞きながら。食事済ませた?」

首を振る純。

一色「着任早々おふくろが倒れて、迷惑かけたね。一色だ、よろしく」
「あー、明日からいらっしゃる予定の新しい局長のー。(しゃきっとした声で)はじめまして、野上純です。どうぞよろし」

一色、先に歩きだしている。純、後を追う。

⑤商店街
細い道の両脇に小さな店が並ぶアーケード商店街。
一色、店主らに気安く声をかけ、売り物を物色している。
純、時計を気にしながら後に続き歩く。

⑥鴨川の河川敷
花見客で賑わっている。
ベンチに腰掛け、弁当を食べる純と一色。

一色「観光客相手の市場にある店と違って、丁寧に作ってあるな。うん、うまい」

純、半分残っている弁当を脇に置き、

「あのー、もう戻ってもいいでしょうか?」
一色「例えばこの弁当の店について書くとしたら?」
「は?」
一色「10個あげてみて」

とまどう純。

一色「この和食弁当のなかに国産の食材がいくつあるか。コンビニ弁当と比べたっていい」

箸で昆布をつまむ一色、

一色「昆布の気持ちになったっていい」
「それって禅問答かなにかですか」

一色、大きく首を振り、鋭い目になり、

一色「切り口だよ、切り口。対象をバカにしない。愛だな、愛」
「はぁ……」
一色「そのうえで土足で入り込んでいく覚悟がないなら、その善意を他の仕事で使った方がいい。上品ぶってちゃ記者は務まらん」

不愉快そうに立ち上がる純。

「局長。あ、名前でお呼びしても構わないんでしたよね? 一色さん。今日はじめてお会いしますが、私ブラックリストにでも入っているんでしょうか? リストラの対象とか」

ベンチに置かれている純の弁当めがけて、鳶が来て一瞬にして焼き魚をくわえていく。その様子を腹を抱え笑う一色。
飛び散った食べ物を拾う純。

一色「いやー、悪い、悪い。公民館の記事の原稿、掲載前の君の書いたやつ、読ませてもらったよ」
「(小さな声で)ガットイット。(普通の声になり)あー、それで京風弁当について書いた方がニュース”バリュー”があると?」
一色「頭の回転が速すぎるのは時に致命傷になるぞ。記者の心得その1、ひとの話は最後まで聴くこと。(穏やかに)まあ、座りなさい」

純、しぶしぶベンチに座る。

一色「君は確か語学は英語以外にも」
「はい、スペイン語、フランス語、中国語、あと東南アジアの言語も多少は」
一色「ほー、記者じゃなくても潰しはきくね。ま、強味は大事にして。だが、埋もれすぎないように」
「と言いますと?」
一色「情報収集と分析力はあるが、記者はなんといっても足だ。心得その2。より良い記事にするには、1も2もなく現場に行ってだね」
「ということは、あの記事をよりよく”書き直させてもらえる”ということですか?」

少し呆れた顔の一色。

「すみません。また早合点したようですね……」
一色「(首をふりながら)明日あらためて局員全員の前で話すけれど、企画記事をやろうと思う。会社が委縮しているいまだからこそ明朝の真骨頂を発揮しなくては。本局が無理なら地方版からさ」

純、前のめりに一色の話に耳を傾ける。

一色「ずばり、テーマは『憲法』だ」

え? と肩を落とす純を見て、

一色「切り口、切り口。使い古された憲法論は展開しない。条文も法律用語も一切書かない。君の記事も、もっと現場の声を拾ってきてだね。当事者や傍観者、金の動きやー」

ペットボトルのお茶を飲み干し、立ち上がる純。顔が紅潮している。

「外回りして戻ります。記者クラブの記事はすぐ通しますので」

一礼して駆けだす純。ハトが一斉に飛び立つ。近くの花見客が嫌そうな顔をする側を、頭を下げながら急ぐ純。
桜の花びらが舞う中、純の背中を見送る一色、

一色「心得その3。記者にとって大切なスピード感は、ま、クリアしているようだな」

✖ ✖ ✖

歩きながら携帯電話で話す純。

「詩子、在特団の京都支部リーダーとアポ取りたいから折り返し連絡よろしく!」

ファイトー♪と口ずさみながら笑顔になる純。









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