我がベッド

在りし日の母が、二十年前に買ってくれた、我がベッド。
未だに使い使って、捨てもせず捨てられず。
とっくに壊れてゐる。マットレスが沈み込むほど、壊れてゐる。
箱を二つかまして、ファッション雑誌の束もかまして。
マットレスのすぐしたの板なんて、湿気でたわんでいやがる。
なんとか、並行をたもって、私の体重を支えている。

在りし日の母が、二十年前に買ってくれた、我がベッド。
未だに使い使って、捨てもせず捨てられず。
物持ちがいいわけでなく、ただ、捨てるのが億劫なだけ。
一事が万事。使えればそれでいい。問題なし。
掃除と修理したときに、サラダ煎餅があったのよ。
腐ってないのが怖くてね。埃だらけのエロ漫画が哀しくて。

在りし日の母が、二十年前に買ってくれた、我がベッド。
未だに使い使って、捨てもせず捨てられず。
ちょっとした本棚が一体で、電気もついて便利でさ。
フィリップ・K・ディックが並んでる。
東京、音楽、ロックンロール。志村正彦全詩集、中原中也全詩集。
宇野亞喜良「恋の迷宮」、だから何だと言われても、無論閉口。

在りし日の母が、二十年前に買ってくれた、我がベッド。
未だに使い使って、捨てもせず捨てられず。
マットレスのうえに敷布団、ベッドカバーはボロボロで。
買い替えればいいのに、ただ、買うのが億劫なだけ。
なんだか、これは象徴で。なんだか、これは内心の現われで。
いつになったら、あたらしくなるのやら。いつになるのか人知れず。

今日も、この瞬間も私を支えて、そこにある。
かつて川の字、敷布団。横には母が眠ってた。
今はレザージャケットが、壁にかかるだけ。
明日も、私を支える我がベッド。
いつかは、バラバラ燃やされる。
いつかは、ボロボロ崩れゆく。
いつかは、別れがやってくる。
我がベッド、亡き母を思いだす。
どんな声をしていたか、忘却の彼方をたゆたうのみ。
物持ちがいいわけでなく、ただそこにあるだけなのさ。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?