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『「広告主」という肩書』

20230917

 よく駅前を歩いていると、「広告主募集中」という看板を見かけることがある。

「広告主」

「広告主」の人ってどんな人なのだろうか。
なりたくて「広告主」になっているのか、それとも誰かにやらされているのだろうか。

「広告主」

きっと個人の宣伝活動というよりは、会社などの組織の人なのだろう。

「広告を出す人」という意味で「広告主」。
つまり、広告の主で「広告主」。広告の主。広告主。こうこくぬし、こうこくぬし。こうこくぬし、こうこくぬしこうこくぬしこうこくぬし。こうこくのぬし。こうこくぬし。

(今のところ、会話の中で「こうこくぬし」と発声したことはない。)

多分、いくら「広告主募集中」の看板が増えて目に付くようになっても、自分が「広告主」になる日は来ないと思う。
自分が「広告主」になっている未来は全く想像できない。
そう考えると、なんだか悔しいような気もしてくる。

 ただ一つだけ、この広告なら自分でも「広告主」になれるのではないかと思うものがある。
それは、電柱に貼ってある広告だ。駅前の大きな看板に広告を出すとなれば、それはもう多額のお金が必要になることは間違いない。しかし、駅から遠く離れた、人影もほとんどない、どこかの通りの電柱に貼ってある広告なら、なんとかなるような気がする。

 なぜなら、電柱の広告はあまり広告としての効果を発揮していない気がしており、本当にただの推測なのだが、簡単に出せそうだからだ。

僕の家の周りの電柱に貼ってある広告は、歯医者や整骨院のものが多い。以前から僕は、その広告を参考にしている人はほとんどいないと踏んでいる。電柱の広告に書いてある簡易的な地図を頼りに歯医者までの道をたどったり、電柱の前で整骨院に電話して予約している人を見かけたことは、今のところない。

だからこそ、電柱に貼ってある広告の「広告主」になら、なんとなく、頑張れば、いつかなれそうな気がする。

 もし将来、電柱に貼ってある広告の「広告主」になれたとしたら、電柱にこう書きたい。

「特に広告はありません、広告主になってみたかっただけなので。」

白を背景として、ゴシック体の黒い文字で、もちろん電柱に沿った形で縦書きだ。そして、友達や家族に報告しよう。

「ずっと言っていなかったんだけど、実は、僕、あの、広告主なんだ。うん、駅前の大きい看板とかではなくて、電柱に貼ってあるタイプの小さな広告なんだけど。一応、伝えておこうと思って、僕が広告主であるということを。」

きっとみんな、僕に新しい肩書が増えたことを喜んでくれるはずだ。

僕はきっと、ただの友達から広告主の友達となり、ただの息子から広告主の息子となる。

よし、まずは「広告主募集中」の電柱を探そう。
こうこくぬし。


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